16・絶対に初夜るから!
結婚式はたちまち、ただの宴会になった。君主やアルベルトの父を囲んで入れ替わり立ち替わり、何杯も飲み交わす。
アルベルトが招待客に挨拶している間、侍女達はデルフィナを取り囲み、鉄壁の守りのごとく側に控えていた。
「やりすぎではない?」
「習慣でございますれば」
そう笑顔で言われると何も言えない。これがハーレムの流儀なのかもしれないと思うことにする。
他の侍女達が宴会の料理を少しずつ運んでくれる。祖国では見ないものばかり。調理法の違いだろうか。
いろいろ問いながら食べるが、宴会はまだまだ終わりそうにもない。
「これはいつまで続くの?」
「この度は5日間です。本当は3日が普通なのですが、我らが君主の特別なご意向でございます」
5日間…!?その間の食事やワインは、一体どこから…!?
ひと口頂いたワインも、さっきから摘む食事も、味が良くて高級品だと分かる。
さすがアサフラン…。
「みな、5日間このまま過ごすの?」
「はい、いえ昼には起きて風呂に入ります。その後また夕方から…」
「…みんな、タフなのね…」
そ・ん・な・こ・と・よ・り!
「エレナ、近くへ」
「はい、我が君」
エレナの頬はバラ色に染まり、瞳はこの世で最も尊いものを見たと言わんばかりに潤んでいる。
うっ…かわいいわ、この子…。マルガリタやローサを越えるかもしれない…。
デルフィナは、出来るだけ冷たい声で言った。
「あなた、アルベルトが君主の一門だったこと、どうして黙っていたの?」
「アルベルト様より、口外を禁じられておりました」
「わたくしを差し置いて?」
「どんなお咎めも受ける覚悟でございます」
床に両手をついて深々と平伏すエレナに、強い態度を取り続けるのは難しい。もう妹級にかわいいし、ここで唯一の同郷なのだ。冷たくしたい訳ではない。
だけど…だけど…。
「言い訳を述べなさい」
エレナが輝く顔で起き上がる。
「全ては、アルベルト様の秘めたるお想いのためでございます」
「秘めたる…想い?」
「はい」
そう言ってエレナは、はにかむ。
「事情がお有りなのです。一度は諦めたデルフィナ姫様を娶ることが許され、喜びを心深くに秘め、不退転の燃えるお心で準備を進められました。
全ては、全ては、愛する姫を妻と迎え入れるために…!」
エレナの熱い語りに周りの侍女たちは、うっとりとため息を吐く。「素敵ですわ…」「女の夢見る最高峰ですわ…」
よく見れば、その周りの男性陣も聞き耳を立てている。
そんなそぶり、ほんとに無かったわ。
アルベルトがわたくしを?確かにさっきも…そんな感じのことを言ってはいたけれど。
本当に?これは、夢ではなくて?
侍女がひとり、戻ってきた。デルフィナの側に跪く。
「我らの輝く白き大輪の花嫁、女主人様、そろそろ帰館の頃合いでございます」
「帰館?」
「ええ、花婿殿が自分の館で初夜を迎えたいと切望されていますので」
自分の館…。ここは君主の宮殿ということね。え、何を迎えたいって?
「ずいぶん遠いし、もう夜中よ?」
「私たちは問題ありません」
えええええ?問題しかないのでは?
しかし内心の叫びを蹴散らすように花婿殿が戻ってきた。
「ええ、そうです。我が侍女達は優秀ですから問題ありません。
我が君主には、明日また私がご挨拶に上がります。さぁ、帰りましょう」
さっきのやり取りを思い出すと、アルベルトの顔が見れない…。いろいろ、問いたださなくてはならないのに!
「アルベルト。少なくともエレナは慣れていないのでは?」
「エレナ?」
アルベルトがニコリとしてエレナに問う。エレナは両手を握りしめて、元気いっぱいに即答した。
「私も問題ありません!!」
「エレナひとり、ここに置き去りにするとでも?」
アルベルトは涼しい顔を装っているが、瞳の奥に熾火を見る。
むむむ。エレナをひとりで置いて行くなんて出来ないし…。これは不可避な成り行きかも…。
「分かったわ…」
アルベルトはニッコリした。その輝きに広間中の視線は攫われる。
アルベルトは内心、感動していた。
姫が今までになく素直だ…。明日、世界が終わるかもしれない。今夜、絶対に連れて帰る。何が何でも口説き落とす。
「ご心配なく。来た道より近道を通りますので、思うより早く着きますよ」
デルフィナは再び輿に揺られ、アルベルトの館へ戻ることになった。
確かに帰りは早かった。今夜は満月だったので、そんなに暗くもなかったようだ。もちろん明かりは手元足元、道なりに数多く灯されていたが。
館に帰り着くと、残しておいた半数の侍女達が迎えに出てきて、同行した侍女達と交代した。エレナが暇乞いするのを見て、安心する。
「ありがとう。おやすみ」
「はい…どうぞ良い夜を」
……こういう時、何て返せばいい?
一瞬、気を呑まれたデルフィナだったが、堪らず叫んでしまう。
「エレナ、モジモジしないでちょうだい!」
「は、はい!………。やっぱりダメです姫様!キャー!」
「早く寝なさい!」
デルフィナの人生で一番長い夜は、まだまだ続く。
次回、最終話
8/9 朝7:00 更新します




