15・“ハーレムの主”
大広間への扉が開かれる。中には招待客が所狭しと詰めかけ、明かりはふんだんに灯されて、すでに宴会が始まっているようだった。
エレナがサッと横にきて、デルフィナの手を取った。いつの間にかエレナも婚礼に相応しい晴れ着へ着替えていた。
「姫様…この世で一番、お美しいです」
「まぁエレナ。あなたもたいがい、美人なのよ。でも今日だけは、わたくしが一番。皆、良い仕事ぶりで、誇らしいわ」
それを聞いた侍女たちはさざなみのように伝えていく。
「皆、また後で」
その言葉を受け、侍女達はみな膝を着いて挨拶する。
エレナはニコニコしたまま大広間へ、デルフィナを導き入れた。
「エレナ、嬉しそうね」
「はい。世紀の瞬間に立ち会える特権に、感動と喜びを抑えきれません」
「?そうなの?」
「さぁ、花婿殿がいらっしゃいましたよ」
こちらでは、花婿が迎えに来るらしい。中に数歩入ったところで、花婿の手に渡される。
これが息子を35人も儲けた人の手…意外にゴツゴツしてるのね。そっと顔を上げて、初めて会うハーレムの君主の顔を見るーー。
「アルベルト。お前ここで何をしているの?」
「我が姫君、この世で最も光り輝く愛しい我が花嫁、あなたの花婿です」
「花婿?」
「ええ、我がデルフィナ姫」
そう言って祖国からずっと一緒だった筆頭護衛騎士は、うやうやしくデルフィナの手を持ち上げ、口付ける。
周囲の招待客がザワザワと感嘆の声を上げる。「さすが麗しのサービト殿。一段と男振りが増しましたな」「あれも遊学で身につけられたのですかな。いやはや、我が息子も伴に出せば良かった」
そのざわめきを耳に流しながら、デルフィナは手を握る護衛騎士の悪い笑顔から目が離せない。
「お前…いつ35人も息子を儲けたの?」
そんな暇、夜しかなかったはず。
お前がハーレムの主なの?
アルベルトーーこの世で最も美しく力強い男だと常々思っていたーーは、ニヤリと笑って言った。
「それは我が暁の伯父上のことです。私は今日まで独り身でありました」
「熟女趣味は?」
「あれはカルロス副官のウソです。」
「そう」
デルフィナは冷静に答えたが、もちろんフリである。
そう。熟女趣味はウソだったのね。ハシントのご夫人方が聞いたら、どんな騒ぎになることやら…。
あれ?わたくし、彼に嫁ぐの?
さっき…さっき、愛しい花嫁、って言わなかった?え?
アルベルトは騎士服ではなく、招待客と同じような造りの服を着ていた。ふんだんに金糸の刺繍が上から下まで施された白い長衣の襟なし上着、普段見ることの無かった首元がさらけだされている。中に着ている長服も凝った織物だ。長服の上に締めた帯も手の込んだ刺繍で彩られている。
初めて見るこの国の出立ち…服を着こなすどころか、今までより一段、光り輝いて見える。
「さぁ、我が花嫁。我らが君主に目通りしますよ」
毎日見ていた顔が、笑顔で手を引いていく。
我らが君主?
大広間の真ん中を歩くほどに、詰めかけた招待客から歓声が上がる。
数段高い、上座に座るのがこの国の君主だろう。
「我らが君主、道を示す欠けの無い月よ。我らアーディルの子サービト、イーケルの娘デルフィナは、我らが君主の恩寵の元、婚姻を結ぶことをここにご報告いたします」
アルベルトの伯父だという君主は鷹揚に頷く。
え、アルベルトって王族なの?
「我が誠実なる弟アーディルの息子サービトよ、お前の善き日が巡りきたことを喜ばしく思う。過去の悪しきは忘れ去られ、今日の喜びが永久に続くように。
各地より名のある友が馳せ参じてくれた。皆、この幸いを共に分かち合おう。サービトの名が、ナフサの家が、星の如く変わらない光で満ちあふれるように」
招待客も召使いも皆が一斉に歓声を上げる。
アルベルトことサービトは伯父と抱擁し合い、祝福への感謝を述べている。
デルフィナは皆の熱気の中、アルベルトの笑顔をただただ眺めていた。
アルベルトは伯父から離れ、デルフィナの所に戻ってきた。
「それでは我が輝く星の花嫁。もう一度お手を…左手を」
アルベルトの瞳はいたずらっぽく笑みを含んでいる。
あぁ、あの目。共犯者の目だわ。私たちが嫌いなヘノベバ親娘や変態貴族との昼食会を脱走する時とかの。
「お前、悪い顔をしているわ」
「元からですが」
「何かの片棒を担がせる時の顔よ」
アルベルトは破顔した。鮮やかな笑顔に、デルフィナの胸はドキリとする。
「ええ、人生の片棒を担いで頂きたく」
「…正気なの?」
アルベルトが懐から取り出したのは青い宝石が煌めく、金の指輪だった。首飾りと同じ色合いである。デルフィナはようやく思い当たる。この色、アルベルトの瞳の色だわ…。
「本気です」
アルベルトはデルフィナの左手薬指にゆっくりと指輪を滑らせる。
「ぴったりだわ」
「当然です。では我が麗しの姫、私にもお願いしたく」
アルベルトは首元に手をやり、鎖を引っ張り出した。その先に光るのはーー。
「偽装結婚用の指輪!」
「……本日より偽装用ではなくなります。我が愛しのつむじ風なるデルフィナ姫、あなたの夫に嵌めてください」
鎖から外して渡される。あのしょっちゅう襟元から転げ出ていた指輪。
金で出来た指輪は槌目だけで何の飾り気もない…いや、何か呪いが刻んである。幸運の祈り…かしら?
「素っ気ない指輪だったわね…あら、内側に何か…」
何か文字が彫ってある。読もうと目を凝らしたところでアルベルトに阻まれる。
「姫、皆が待っています。お早く」
デルフィナは黙って今日から夫だという元・護衛騎士を見上げた。
耳が赤いわ。
いつも手袋をはめていた左手に、直に触れるのは初めてかもしれない。アルベルトがしたように、大きな手、長い指にゆっくりと指輪を嵌めた。
「“私のデルフィナ”、ね」
情熱的ですこと、と揶揄おうとして顔を上げて、デルフィナは何も言えなくなる。
「“私のデルフィナ”」
溶けそうな瞳のアルベルトに唇を攫われたからだ。
周りのおじさん兄さん達は大声で囃し立て、手を打ち鳴らして祝福した。
食べられそうな初めての口付けの後も、アルベルトはデルフィナを抱きしめて離さなかった。




