12・待ちに待った輿入れ
デルフィナ姫の努力の甲斐あって、輿入れは結局、三月延びた。
だがひと月を過ぎた頃からーー。
「姫様、この生地はどうされますか」
「まぁ素晴らしい手触りね。ぜひ刺繍して…」
「刺繍は仕立てが決まってから入れるものです。このまま持って行きましょう」
「承知しました、アルベルト様」
「姫様、南の伯爵から宝石の贈り物です」
「まぁ凄く大きいのね。これはネックレス向きかしら、いろいろ作れそうね、職人を呼んで…」
「隣国に腕利きの人気職人がいます。少し研磨も要りそうですので、このまま持って行きましょう」
「ではアルベルト様の仰る通りに」
「姫様、ドレス用のレース、もう少し時間が掛かりそうとの知らせが入りました」
「まぁ。あのレース、ぜひとも使いたかったのよ。出来上がるまで待つと…」
「レース使いのドレスは今の流行りではありません。輿入れ用ドレスは真珠の髪飾りと合わせて作るとご指示されています。後からレースのみ送らせましょう」
「…お前、いつから侍女になったの」
全ての進行に護衛騎士が口出しするようになった。
どうしてそんなにも把握しているの。どうして誰も止めないの。そんなに早く行ってほしいの?
思い切り睨みつけるも、筆頭護衛はどこ吹く風だ。
あまりの把握ぶりに、今や筆頭侍女まで頼りにする始末。覗きに来た王妃も、アルベルトの采配ぶりに、にっこりして立ち去るのみ。
「アルベルト様、宝飾職人から材料が少し余りそうだと連絡がありました」
「分かりました。では耳飾りに回すように…こんな感じで…」
さらさらとその辺の書き板に書き付ける。侍女見習いのエレナは、それを両手で受け取ると、外出の許可を得て飛び出していった。
エレナが受け取る際にチラ見したが、髪飾りと調和してかつ、動きのある可愛らしい耳飾りだった。一瞬で描けるなんて…アルベルトって何者?
そういえば初対面が衝撃すぎて、彼の出自のことを何も知らない。まさか服飾系の文官出身だとか?さもありなん…。
エレナはニコニコ笑顔で帰ってきた。なんでも、たまたまそこに金細工職人がいて、話を聞くなり自分もお祝いに加えてほしい、材料は持つから、と声を掛けてくれたとのこと。
「小柄で豊かなおヒゲのオジ様でした。アルベルト様のこと、よく知っておられるようでしたよ」
アルベルトは青ざめた顔でエレナを問い詰めていたが…。エレナの笑顔は深まるばかりだった。
アルベルトが青ざめるなんて、珍しいわね…。
その光景をぼんやり観ながら、デルフィナは胸の内でつぶやく。
エレナは素晴らしい贈り物だった。
最初はハーレムへ送り込めるかと思ったものの…。あまりにも穏やかに育ってきたことに拍子抜けしたのだ。
確かに後ろ指差されるような出自ではある。だけど本人は愛されて伸びやかに育った若木だった。ハーレムへ押し込むのは苦痛を与えることと同じに思えて、デルフィナは躊躇い、そして手放した。
ハーレムへは、わたくしが独りで行くしかないのです。
デルフィナは、侍女の誰もハーレムへ伴う気は無かった。彼女達は良家の子女達で、城には行儀見習いに来ている娘が多く、ほとんどに婚約者や想い人がいる。
そんな娘たちを生涯独身で、自分の側仕えとして連れて行くなんて可哀想すぎる。
ところが、エレナはデルフィナと一生を共にすると、自ら宣言した。ハーレムへ着いて参ります、と。
「エレナ…ハーレムに出会いはないのよ?」
「元より覚悟の上でございます。姫に掛けて頂いた恩義に比べれば、何のこともございません」
「恩ごときで人生を決めてはいけないわ」
「敬愛しますデルフィナ姫様、人生を決定付ける恩義もございます」
デルフィナはそれ以上何も言わずに受け入れた。顔には出さなかったが、ものすごく嬉しかったからだ。
デルフィナの無言の喜びを、侍女達は全員気付いていた。着いていけない不甲斐なさと、着いて行かなくて良い安堵とから、侍女達は心を込めて輿入れの準備に励んだ。
そんなこんなで、王命が出てから三月で、デルフィナの抵抗空しく用意は全て整ってしまった。
お別れの晩餐会などもあっさり終わってしまい、いよいよ明日朝には出立だ。
侍女達を集めて労う。
「皆、今日まで良く勤め励んでくれました。明日、わたくしが出た後は、いったん王妃付きになるわ。それから大体が希望通りの所に配属されるはず」
斜め後ろで護衛騎士が頷いて賛同を示しているのが、癪でしか無い。
侍女達から聴き取りと再配属の手配までまとめたのだ。やはり前身は出来る文官…でも有能と認めたくない…。
その夜は両親に挨拶をして軽く飲み交わし、大人しく部屋に戻る。
最後の夜なんて、そんなものよ。ちょっとだけ特別、でもいつも通り過ぎていく。
そばに控える護衛も、いつもと同じで変わらない。ただ心の奥底に想い出として沈めるだけ。
残りあと5話、毎朝7:00に更新します。
最後までお楽しみ頂けますように!!




