第一九話 闇に魅入られた騎士
球状の魔法がぶつかり合う。闇の魔法力と水の魔法力。
そして、二人の聖騎士の剣が交差する。純粋な力のぶつかり合い。
しかし、それを振るう者の片方は純粋とは言えなかった。
「サリヴァァァァン!!」
闇を纏った騎士が跳躍する。魔法力ではない。純粋な膂力による跳躍だった。その力は常人のそれでは無かった。
『闇の魔力に適応しておるえ』
上からの一撃がサリヴァンを襲う。
空中からの攻撃は動きが限られる。地を蹴ることができず、着地地点が限られるからである。サリヴァンは待ち構え、剣を振るう。
『あれに対抗するには並みの魔力ではむりだえ』
互いの剣を打ち合う。
ジェラルドは攻撃の衝撃で後方に飛び、距離を取る。着地の瞬間、シルフィアーナとサミュエルの援護攻撃が行われるが、そのすべてがジェラルドの纏う闇の加護に飲み込まれた。
『お主はランスロットに似ておるが、違うところが一つある』
再びジェラルドと剣を交わす。お互いに掠りもせず、剣は交差するのみ。
『妾が育てていない。妾の魔力に適応しておらぬ』
ジェラルドの剣戟に押されるサリヴァン。後退をしつつ、距離を離そうとするも喰い付かれ離れることは出来ない。
『今のお主では妾の魔力を使いこなすのは無理だえ』
「だとしても!!」
身体を捻り、重心をずらして地を蹴りジェラルドから距離を取る。
「サリヴァン、逃げてばかりじゃ俺様は殺せねぇぞ!」
ジェラルドは強かった。
堕ちたとはいえ、王立騎士学校を首席で卒業し王室親衛騎士団に迎えられたほどの人物である。サリヴァンが騎士学校時代一度も勝てずにいた相手であり、天才の名を欲しいままにした事もある。
その実力は本物であった。
「俺に、奴の攻撃を捌きながら反撃するほどの余裕はない……。サミュエル卿、援護を頼みます!」
「と、言われてもね……。あの防護術式を抜けないんじゃ、援護の意味がない……」
しかし、何もせずに見ているだけでは勝利を得る事は出来ない。
騎士達の苦しい戦いが始まる。
一方その頃。
アテネとアルトリアの率いるエルフ軍はドレーク艦隊の水兵と合流し、モルドレッド軍を追いつめていた。
「フランシスカ・ドレーク卿ですね!?」
アルトリアが水兵たちの戦闘で指揮を取っているフランシスカに近付き、声をかけた。
「あんたは――――くっこの! 近寄るんじゃねぇ! ……誰だい!? あたいになんか用事かい?」
斬りかかって来た敵の騎士にラッパ銃の鉛玉を浴びせながら、フランシスカは応える。
「私はアルトリア。ドレーク提督、助力に感謝します」
その名前を聞いたフランシスカは慌てた様子で敬礼をする。
「その名前は、姫さん!? あ、いえ殿下! 無礼をお許し下さい! 自分がモルドレッド軍を連れて来たばっかりにこのような……」
「その話は後ほど聞きましょう。民間人を解放します。避難経路の確保と援護を頼みます」
それを聞き、フランシスカは近くの水兵に命令を飛ばす。
「お任せを! 野郎ども。エルフを船に逃がす! 下衆どもに指一本触らせるんじゃねぇぞ!」
「アイ、マム!」
マスケットを構えた水兵たちはモルドレッド軍に照準を合わせた。
「撃てぇぇええ!!」
銃声と共に鉛玉が飛び出し、騎士達を撃ち抜いていく。
「あたいに続きな!突撃ぃぃぃぃ!」
マスケットを放り投げ、サーベルに持ち替えた水兵たちが騎士達に突撃していく。
「やっぱ戦いはこれだよ!」
「騎士がそんなに偉いか!」
「いくぜ、ドレーク艦隊の恐ろしさ、味あわせてやるぜ!」
元私掠船乗りの屈強な男たち。
私掠船とは実質は海賊であり、国の許可を得て敵対国の商船や軍船を攻撃し積荷を奪う事を生業とする。ドレーク艦隊の前身は私掠船団であり、その収益を献上したことで騎士候位と海軍中将に任じられている。
ドレーク艦隊の水兵は派私掠船団時代の部下たちが多く、大海原で鍛えられた海の男たちは軟な貴族の子弟である騎士達を圧倒した。
「これがドレーク艦隊のやり方だ!」
フランシスカそう言うと、右手のサーベルで鎧の隙間から敵を斬りつけ左手のラッパ銃で群がる騎士達を撃ち払った。
ラッパ銃の名称はその見た目から来ている。ラッパのように銃口が広くなっており、揺れる海上でも装填が容易に出来るように設計されている。口径も大きく、小さな鉛玉を多く装填し、散弾のように撃つことも出来る。
「この成り上がりがぁ!!」
騎士の一人がフランシスカに斬りかかる。もとは平民であった彼女は保守派の貴族たちから目の敵にされていた。
「ふん、舐めんな!」
ラッパ銃を投げ捨て、サーベルで剣を受け流す。
「ははははは、おらぁ!」
騎士を蹴りつけ、腰に携帯していた短銃を引き抜き顔に向ける。
マスケットの銃身を短く切り詰めただけの短銃は、威力の低下こそ微々たるもので、近接戦闘時の取り回しに特化された銃であり装填方法も発射方法もマスケットと変わりない。しかし、片手での使用を考慮して火薬を減らした場合は威力の低下に直結する。
しかし、フランシスカは火薬の量を減らすことなく片手で使用している。
「もってけ!」
顔に突きつけた短銃の引き金を引いた。爆音と共に騎士は地に倒れた。
「やりますね、ドレーク提督」
フランシスカの戦い方は騎士のそれとは異なる。
騎士姫の異名を持つアルトリアの戦い方は騎士そのものである。彼女にとってフランシスカの戦い方は興味深いものであった。
「これがドレーク艦隊の真骨頂! 行くぞ野郎ども!」
「了解でさ!」
数と気迫に押されて騎士達は後退していく。
市街地での戦いはエルフ・ドレーク艦隊連合の優勢であった。
しかし、ジェラルドと戦うサリヴァン達は新たにジルが加勢するも一方的に防戦を強いられていた。
「死ねぇぇぇ!」
「下がれ!」
サリヴァンは、ジェラルドの放った魔法球をアロンダイトで斬り伏せる。
すかさず、ジルがマスケットを構える。
「これならば!」
ジェラルドに鉛玉が放たれるも、命中する前に闇の障壁に飲み込まれる。
「効かん! こんなもので俺様は倒せん!」
そう言うと、ジェラルドはジルにゆっくりと近付いていく。
「さぁ、ジル。俺様と来い」
シルフィアーナが矢を放つ。
「俺様は強くなった。サリヴァンよりも!」
放たれた矢が命中する前に、ジェラルドが掴み取り、二つに折る。
「ジル!」
ジェラルドがどんどんジルに近付いていく。
「ジェラルド……」
ジルは考える。ジェラルドが闇に堕ちたのは己が原因であると。
「ジェラルド! これ以上はやらせん!」
ジェラルドとジルの間にサリヴァンが立ちふさがる。
「サリヴァン、貴様はいつも俺様の邪魔をする!」
「ジェラルド、お前は俺が!」
二人が向かい合い、剣を構えた。
「まってくれ、サリー!」
ジルがサリヴァンを制止し、ジェラルドと向き合った。
「ジル!? 何をする気だ?」
「ジェラルドはわたしが止める」
ジルは、マスケットを置くとジェラルドに言った。
「ジェラルド、もうこんなことはやめろ」
「ジル……」
ジルの言葉に、ジェラルドの動きが止まった。
「お前は高潔な騎士だった。昔のお前に戻ってくれ!」
ジルの言葉を、ジェラルドはその場で立ち止まったまま聞く。
「ジェラルド……。もう、やめろ……」
ジルが涙を浮かべながら言った。そして、ジェラルドは応えた。
「ジル……。俺様はもう、昔とは違う。昔より強くなった!」
ジェラルドは再び剣を構える。
「俺様と来い! ジル、俺様のモノになれ!」
ジェラルドが手を伸ばす。しかし、サリヴァンが立ちふさがる。
「サリヴァン……! また貴様は邪魔をする! 貴様は俺様の……!」
ジェラルドを包む闇の障壁が濃くなる。
「ジェラルド……!」
『いかんの。闇の魔力が強くなっとるえ』
障壁は黒い霧となり、周囲に広がっていく。
「俺様は……。俺は……ジル! お前が……」
『闇の魔法は代償を必要とする。あやつは、闇の魔力に飲まれようとしておるえ』
ヴィヴィアンの言葉を聞き、サリヴァンはジェラルドを悲しげな表情で見た。
「ジェラルド……」
「見るな! そんな顔で、そんな目で俺を見るなぁ! 俺を見下すなぁ!」
強くなりすぎた闇の魔力が、使用者であるジェラルドを蝕んでいく。
「お前さえ居なければ! お前さえ、居なければ……! ジルは俺の……」
苦しみだすジェラルドについて、サリヴァンは心の中でヴィヴィアンに尋ねる。
(ヴィヴィアン、ジェラルドはどうなる?)
『闇の魔力に魅入られた者は、闇に飲まれるえ』
「ぐ……ジル……!」
闇が深くなり、とうとうジェラルドを飲み込む。
「ジェラルド!」
その姿を見たジルが近寄ろうとするが、それをサミュエルとシルフィアーナが止めた。
「やめろ、ジル卿!」
「そうです、あなたまで飲まれます!」
闇の塊から、ジェラルドの腕が伸びる
「ジル……! サリー……!」
かつての友の名を呼ぶ。
昔と同じように。
「ジェラルド!」
サリヴァンとジルが手を伸ばす。サミュエル達の制止を振り切って。
「ジル……ジル……」
しかし、その手はジェラルドに届かなかった。
「――――――――――!!」
声にならない悲鳴と共に、闇はジェラルドを飲み込むとそのまま消え去った。
「消えた……?」
サリヴァンは心の中でいう。
(闇に飲まれたのか……)
『いや、転移魔法だえ』
(転移魔法……? そんな魔法……聞いたことが無い)
『どこへでも瞬時に移動する魔法だえ。失われた魔法だったはずじゃ。大昔の……神々が戦っていた時代の魔法だえ』
サリヴァンは思考を巡らせた。
(そんな魔法があれば、戦争が変わる……恐ろしい魔法だ……)
『ふむ。妾が見たところ、あれはあやつが制御しておったわけではないえ』
(どういう事だ?)
『闇の魔法に飲まれておった。闇の魔法にしろ精霊の魔法にしろ過ぎたる力は身を滅ぼす。一朝一夕で操れるモノではないえ』
ヴィヴィアンの言葉を聞き、サリヴァンは言った。
(俺もああなるのか?)
『そうならんように、徐々に慣らしていくんだえ。闇の力も、精霊の力も、天才でも無ければ簡単に操れるモノではない。ランスロットもそうであったえ』
それを聞いたサリヴァンは、王城から脱出した時の事を思い出す。
(ならば、モルドレッドのあれは……。いや、考えて分かるものではないか……)
「助かった……のか?」
突然の出来事に周囲を見渡しながら呟くサミュエル。
「ジェラルド……」
ジェラルドの立っていた場所を見つめジルは呟く。
『ふむ、どうも違和感があるえ……』
(どうかしたのか?)
『なんでもないえ。くふふ、そろそろお主も限界じゃ、ではの』
アロンダイトが消え去り、左腕の水の加護も無くなっていく。
「ヴィヴィアン……。くっ……確かに……限界か」
サリヴァンは急激な疲労に襲われその場にへたり込んだ。
「騎士様!」
シルフィアーナがサリヴァンの身体を支える。
「すまない……少し休む……。サミュエル卿!」
「なにか?」
「後は頼む……」
その後、モルドレッド軍は降伏し戦闘は終結した。
モルドレッド軍は死者八百名弱を出し、逃亡者は百名程、残りはすべて降伏し、エルフ軍の大勝利であった。
その後、キャメロットに帰還したアルトリア達は寝返ったサミュエル・レインウォーターとフランシスカ・ドレークを伴ってエルフ族長マナウィダンとの会議の場に来ていた。
「殿下! 我らを罰して下さい!」
開口一番、サミュエルがそう言い、フランシスカと共に頭を下げた。
「自分がモルドレッドに与したが為に今回の様なことが……」
「あたいがあいつら連れてきたから……」
その言葉を聞き、アルトリアは考える。
「どうか自分を罰して下さい! ですから、部下達には寛大なるご処置を……」
「部下たちはあたいの指示に従っただけなんだ! だから姫さん、いえ殿下! どうかあいつらだけは……」
二人のその姿を見て、アルトリアは決断を下す。
「分かりました。処罰を下します」
「姫様!」
慌てた様子でジルが声をかけるが、サリヴァンはそれを制した。
「サリー!」
「大丈夫だ……見ていろ」
そして、アルトリアは言った。
「サミュエル・レインウォーターを王室親衛騎士団より除名。フランシスカ・ドレークをモルドレッド軍から退役処分とします。そして、レインウォーター卿には私の騎士に、ドレーク提督には反モルドレッド軍中将に任じます」
それを聞いた二人は一瞬戸惑ったもののすぐに敬礼で返答する
「ありがとうございます!」
サミュエル・レインウォーターとフランシスカ・ドレークが新たに仲間となった瞬間であった。




