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第十八話 二人の聖騎士

 撤退戦を成功させるには二つの方法がある。

 一つは、敵に損害を与えて隙を作り、それに乗じて距離を取ることである。先程エルフ軍によって行われたのはこの方法であり、短距離を移動するだけであったため十分な効果を得られた。

 もう一つは、殿軍部隊を捨て駒にしてその隙に本隊が撤退する方法である。この場合、殿軍の生存率は皆無であり、死ぬまで敵を足止めする事を要求される。大を生かすために小を切る。戦においてはよくあることだ。

 さて、モルドレッド軍の退却は敵に損害を与えることなく開始された。ならば、通常殿軍部隊を設けて足止めを行う必要がある。

 しかし、すでにモルドレッド軍の統制は取れておらず殿軍部隊も無かった。各部隊が独断行動をしており、組織として成り立っていないからだ。


「何をしている!? 殿軍を命じた部隊はどうした!?」

「デニス卿の部隊はすでに我々の先を行っています!」

「馬鹿どもが……! どいつもこいつも勝手な行動を!」


 悪態をつく指揮官であったが、この各隊の独断行動には理由があった。この軍の構成が地方貴族たちの私兵の集まりであるからだ。

 もともと、一個の独立した軍隊を一つにまとめているのが今回のモルドレッド軍である。

 それぞれが独立した部隊だからこそ初戦のような各隊の競い合いから戦果が上がっていたものの、現状の様な他の部隊のために犠牲を出すようなことは避けたがるのである。だからこそ、連携が取れなくとも戦果をあげることが出来るが、連携が取れずに犠牲が出るのである。

 そして、その犠牲は増え続けている。殿軍の無い撤退戦はもはや命をすり減らしながら逃げるしかない。地獄の撤退戦である。


 そして、撤退戦は終わりを迎えようとしていた。


「閣下! 味方の陣です! 何とかたどり着きました!」


 伝令の兵士が指揮官に伝える。

 すでに、モルドレッド軍千五百は、その数を三百まで減らしていた。死んだ者、投降した者、逃走した者。部隊を離れた理由は様々であるが、損害は大きい。


「陣に入ったら迎撃態勢を取らせろ! すでに先についた者から話は通してあるはずだ!」


 指揮官の隊が最後尾というわけではないが、彼らよりも先に逃げた者たちは大勢いる。彼らはすでに陣地のある港町に入っており、知らせを聞いた守備隊が迎撃準備をしている筈である。

 だが、その期待は裏切られる。


 守備隊の総数は五百、撤退してきた部隊を合わせれば八百となる。

 追撃してきたエルフ軍は約四百強である。しかし、追撃戦の為に兵は疲労しており、モルドレッド軍の守備隊は万全の状態である。加えて、ドレーク艦隊の水兵を合わせれば兵力は更に多くなる。

 負ける訳がない。その筈だった。


「どういうことだ……これは?」


 港町ではすでに戦端が開かれていた。離反したサミュエル・レインウォーターとフランシスカ・ドレークが結託して捕らえられたエルフ軍を解放してモルドレッド軍守備隊に反抗していたのだ。

 その数、およそ千人である。

 軍艦の運用には下士官だけで数百名単位での人員が必要となる。その水兵たちが反旗を翻したのである。


「いくよ野郎ども! 水兵の恐ろしさ、お偉い騎士どもに見せつけてやりな!」

「アイ、マム!!」


 フランシスカは船の舳先に立ち、サーベルとラッパ銃を持ち兵を鼓舞する。


「撃てぇぇええ!!」


 海上での戦闘は、船を接舷しての近接戦闘よりも大砲、マスケットによる銃撃戦が基本となる。揺れる船の上でのマスケットの取り扱いに慣れた水兵たちは、マスケットの扱いは抜きんでているものがある。

 捕らえられた民間人を救出しながらの戦闘であったが、屈強な水兵たちはモルドレッド軍の騎士たちを圧倒していた。


「モルテシュ卿、後退します!」

「キンメル卿も戦死!」


 追いつめられるモルドレッド軍の中央に、その男は居た


「スケアクロウ様、ご指示を!」


 スケアクロウこと、ジェラルド・ブレイスフォードである。


「フハハ! やってくれるなドレークにレインウォーター。これならば、アイツが居なくても多少は楽しめそうだ」


 高笑いと共に、ガラティーンを構えて敵集団に向かって走り出す。狙うはミスリスメイルの騎士十人。離反したサミュエル・レインウォーターの部隊である。


「貴様、スケアクロウ!?」

「遅い!!」


 ジェラルドの魔力を帯びたガラティーンが騎士の剣を両断する。


「ミスリルの剣を!?」


 ミスリル製の武器の性能は使用されるミスリル合金に左右される。ミスリルの純度、合成する金属の種類によってその強度も、魔法力に対する親和性も変わってくる。

 ミスリル合金の精製に正解は無い。混ぜる金属、工程、固溶体か共晶か。無限の選択肢と可能性がある。

 しかし、一般的にはよりミスリルの純度の高い合金が強靭である、というのが一般的な認識である。

 純ミスリルは硬度は高いが同時に脆い。それを補うための合金化である。ガラティーンに使用されているミスリル合金は、現在では精製不可能なモノが使われている。

 失われた技術(ロスト・テクノロジー)の産物。人はそれを聖剣と呼ぶ。そして、聖剣を筆頭に強力なミスリル武器を振るう騎士を“聖騎士”と呼んだ。


「バカな……。こんな……」


 サミュエルはミスリル剣を折ったスケアクロウと呼ばれる騎士を見る。ミスリル剣を破る剣は、聖剣以外にあり得ない。ならば、それの持ち手の聖騎士はおのずと限られてくる。そして、サミュエルには心当たりがあった。


「お前は……ジェラルド卿か!?」

「だったらどうした!?」


 ジェラルドは、王室親衛騎士団内では良くも悪くも有名であった。


「死んだはずでは!?」

「死にそこなっただけだよ!」


 ジェラルドの剣撃は速く、そして重かった。


「何だ、この力は……!?」


 常人を遥かに凌駕した膂力から繰り出される攻撃に、サミュエルは防御すらままならない。数回打ち合っただけでサミュエルは大きく後ろに下がっていた。


「ジェラルド卿……!」

「副隊長! 援護します!!」


 若い騎士が三人、援護に入る。彼らも王室親衛騎士団の一員、騎士としての能力に不足は無い。だが、相手が悪かった。


「ザコが何人居たところで! 俺様に敵うわけねぇだろ!」


 ガラティーンの性能を抜きにしても、ジェラルドは強かった。繰り出される攻撃の一つ一つが速く、そして正確だった。


「これは!?」


 そして、無敵と例えられるミスリル鎧すらガラティーンの前では無力だった。


「ふはは! ようやく魔力が馴染んできたんだ!見せてやる!」


 ミスリル武器は、魔法力を込めることでその真価を発揮させる。だが、闇の魔力は制御が普通の魔力と異なる。


「ダメだ、逃げろ!」


 サミュエルの言葉を聞き、若い騎士達が実行するより早くジェラルドは動く。


「悪魔の剣身(ディアブロ・ブレイド)」


 銀色に輝くガラティーンの剣身が闇色に染まる。


「くそ!」


 騎士達は、ミスリル盾の防護術式を展開する。マスケットも、魔法も通さぬ堅牢な守りである。


「意味ねぇよ!!」


 しかし、ガラティーンの刃はそれを容易く両断する。


「死ねぇぇぇ!!」


 そのまま、立ちはだかる騎士三人のうち二人を切り伏せると、三人目に襲いかかった。


「三匹目ぇぇええ!!」

「くっ――――――!!」


 だが、その剣が届くより先に別の剣に弾かれた。


「それ以上はやらせん!」


 サミュエルが乱入してきた騎士の姿を見て、言う。


「サリヴァン卿!? 何故、卿がここに!?」


 サリヴァン・カルヴァートである。

 その姿を見たジェラルドは邪悪な笑みを浮かべ、言った。


「やっぱり居やがったな!」


 サリヴァンもまた、ジェラルドを見て言う。


「ジェラルド! ここで決着をつける!」


 かつての友を互いを見据え、向き合う二人。


「ふん! それは俺様の台詞だ、死に損ないが!」

「それこそ俺の台詞だ!」


 騎士二人が同時に動く。

 速さは同じ、しかし装備に差があった。かたや、聖剣を構えミスリルメイルで身を守るジェラルド。かたや、鹵獲したミスリル剣に即席のレザーアーマーのサリヴァン。

 互いの剣を打ち合えばサリヴァンの剣が折れる。圧倒的不利な条件での勝負であった。


「サァリヴァァン!!」

「ジェラルドォォ!!」


 互いの剣戟が交差する。しかし、どちらも相手の体を掠めはするが、その身を裂くには至らない。

 幾度かの攻撃を経て、ジェラルドはあることに気付いた。


「サリヴァン、その義手戦闘用じゃねぇな!」


 口に出す意味はない。むしろ、何も言わずにその弱点を攻撃すべきと言える。だが、ジェラルドはあえて言った。言った上で弱点を攻める。


「左側への集中攻撃……。この腕では捌き切れない!」


 反応は出来た。しかし、両手に持った剣がついていかない。反撃すらままならない。


「どうした!? こんなものか!!」

「ジェラルド……!」


 サリヴァンの足が後ろに下がり続ける。押されている。誰の目にも明らかである。


「行くぞ!!」


 そして、ジェラルドの腕に黒い光が集まる。サリヴァンの左腕を奪った時と同じであった。


「悪魔の(ディアブロ)―――――!」


 しかし、ジェラルドはそれをサリヴァンに放たなかった。否、放てなかった。


「衝撃(ショット)!!」


 ジェラルドは自身の死角、後方から飛んできた矢に放った。


「邪魔すんじゃねぇ!!」


 そう言った先に、一人のエルフの少女の姿があった。


「大丈夫ですか!? 援護します!」


 シルフィアーナである。魔法弓を構えた彼女は、続けざまに矢を放った。


「小娘がぁぁ!!」


 ジェラルドは、魔力を帯びた矢を切り伏せながら、サリヴァンから距離を離した。

 ジェラルドが離れると、シルフィとサミュエルら残った騎士がサリヴァンに駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「すまない、助かった」


 駆け寄って来たシルフィアーナにサリヴァンはそう答えた。そして、義手の左腕を見る。魔法力の過負荷で故障したようにも見える。


「サリヴァン卿。卿がここに居るという事は……」


 サミュエルがアルトリアについて尋ねた。


「サミュエル卿、その話は後ほど。今は……」


 そう言い、サリヴァンはジェラルドを見据えた。

 以前、対峙した時よりも魔法力が明らかに向上しているのを感じたサリヴァンは改めて剣を構えなおした。


「以前よりも強くなっている……」


 その呟きを聞いたジェラルドは言った。


「まだこんなもんじゃねぇぞ!」


 ジェラルドの身体から、禍々しい魔法力が溢れ始める。魔法力の暴走に似た現象であった。


「この魔力は……!?」


 ジェラルドの魔法を知らないサミュエルから驚きの声が上がる。


「さぁ、お前も見せてみろ! 俺様はあの時より強くなった! 全力のお前にも負けねぇ!」


 ジェラルドは、サリヴァンが水精霊の力を使う事を要求する。しかし、サリヴァンは自由にそれを使う事は出来なかった。


「なんだよ? 俺様をなめているのか? そっちがそのつもりなら!?」


 球状の闇の魔法がサリヴァンに襲いかかる。

 サリヴァン達はすぐに回避行動を取ったが、ジェラルドはサリヴァンに迫る。


「おらぁ!!」


 剣戟が繰り出される。


「くっ……!」


 レザーアーマーが切り裂かれるも、自身は何とか避けきる。しかし、剣戟は続く。


「な……、しまった!?」


 サリヴァンの動きがとうとう捕らえられる。よけきれぬ一撃が、左腕に襲いかかる。


『危なっかしくて見ておれぬわ』


 ガラティーンに切り裂かれる寸前。左腕に水精霊の力が宿り、刃を弾き返した。


「これは……!」

「やっとやる気になったか!?」


 ガラティーンをはじいた左腕を見る。皮の張られた義腕には、水の様なモノが纏っていた。


『くふふ。孫の喧嘩に割って入りたくはなかったんだがのう』


 そして、頭の中に声が響く。それは、乙女の湖で契約を交わした相手の声。水精霊ヴィヴィアンの声だ。


(ヴィヴィアンか!?)


 声の主に、口に出さずに返事をした。


『うむ。苦戦しておるようじゃから、力を貸してやるえ』

(苦戦するさ……。前回より強くなってやがる)

『闇の魔法に適応しているようじゃえ』

(詳しいのか!?)


 サリヴァンは、闇の魔法に詳しくは無く知る機会も無い。


『多少はの。あれに対抗するにはそれなりの力とそれを行使する器が必要だえ』


 それを聞き、サリヴァンは思い浮かべた。以前、対峙した時に己が振るった剣を。


『今のお主では力のすべてを引き出すのは無理だえ。じゃから多少は手伝ってやろう』


 すると、加護を纏った左腕に剣が握られた。


『精霊剣アロンダイト。奴の持っておる聖剣に対抗出来るのは同じ聖剣でなければの』


 銀の剣身の剣から、魔法力が感じられた。


(この剣も失われた技術で生み出されたミスリル合金か……!?)

『これでやっと勝負の場に上がることができるえ。有利不利かは別の問題だがの』


 右手のミスリル剣を捨てて、両手でアロンダイトを構える。それに魔法力を籠めると、銀色の剣身が青白い光を放ち始める。


「やってやるさ!!」


 水精霊の加護を纏い、青白く輝く聖剣を持った騎士。その姿を見たサミュエルが呟いた。


「まるで、湖の騎士……」


 聖剣を携えた二人の聖騎士が、相まみえる。


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