第十四話 始まりの夜
一行は、シルフィの案内で魔法具技師の工房に来ていた。
「クレーニュさん、こんにちは」
「ああ、いらっしゃい」
クレーニュと呼ばれた見た目は壮齢くらいに見えるエルフは、華奢なエルフ族ながら体格がよく長身のため若干威圧感を感じる者の優しい笑みを浮かべている。見た目、気のいい親方といった印象だ。
「お客さんだね。人間族の方たちかい? ここには見知った人間族しか来ないから新顔は久しぶりだよ」
工房内はやや雑然としているものの、一応といった感じの販売スペースが確保されていた。
「この騎士様の義手をあつらえて欲しいんです」
そういって、シルフィはサリヴァンを見る。つられてクレーニュが見ると、視線は失われた左腕に向かう。
「うーむ、これはまた……。狩狼の仕業かい?ちょっと待ってくれ」
そういって、クレーニュは工房内に引っ込むと何やら探し始める。
「何年か前から狩狼の数が増えてねぇ。腕を持っていかれる事が多くて、こうして義手を扱うようになったんだよ。基本は受注生産なんだけど、貸し出し用や既製品も一応おいてあってね」
説明をしつつ目当ての物を探る親方の姿を、アルトリアは物珍しそうに眺めている。
「あったあった。お兄さんくらいだとこれが合うかな」
そう言って取りだされた義手は、全体を動物の皮で覆われた品だった。
「まぁ、汎用品だから戦闘用じゃないんだけどね。日常生活程度ならこれで十分だよ」
サリヴァンは、手渡された義手を眺める。
「よかったら戦闘用に調整した専用のやつを作るけど、どうかな?」
「いや、あまり時間が無いのでな。ここもすぐに離れることになるだろうから」
一から作るとなると時間がかかるだろうとの判断だった。
「そうかい。まぁ気が変わったら言ってくると良いよ。じゃ、調整するから騎士殿はこちらへ。お連れの方は……時間もかかるし、どこかで暇をつぶしてくると良いですよ」
そう提案されるアルトリアだったが、工房に興味津々だったため丁重に断る。
「いえ、ここで見学させていただきます」
それを聞いた店主は、小さくうなずくと作業を開始した。
時は少し戻り。
ロンデニオン、テムズ川河口付近の海軍港にて。アルビオン海軍の軍船と輸送船が集結し、物資搬入作業が行われていた。その作業全体を見渡せる場所にて、二人の女性が会話を交わしていた。
「ドレーク提督。貴公の決断を嬉しく思う」
そう言う女性は、元第三王子親衛隊隊長、現国王親衛隊隊長兼王室親衛騎士団副団長となったグロリアーナ・ブラックソーンである。
「ふん。脅しておいて何を言う……」
もう一人の女性はアルビオン海軍中将、騎士候フランシスカ・ドレークである。平民出身の彼女は、かつて彼女の父が率いるアルビオン王国私掠船団に乗り込み、途中病没した父に代わり十代の少女ながら生き残った船団の司令代理として王国に帰還させることに成功させる。その時、王国にもたらした莫大な利益により騎士候位を叙勲し、アルビオン海軍に迎えられる。その後、数々の武勲を立てて、若くして海軍中将となった。
「何かおっしゃられましたか?」
「いえ、何も……」
そんな彼女も、当初はモルドレッドに与する事をよしとしていなかったものの、元私掠船乗りの部下たちの身を守るためモルドレッドにつくこととなった。
「では、作業が完了次第すぐに動きます。それでは」
その場を去っていくグロリアーナの背中を見送っていると、離れた場所から見守っていた部下の一人がやってくる。
「姐さん、すいやせん。俺たちがあの時間違ってなければ……」
彼女の父親がまだ健在であった時、彼らはアルビオン王国の商船を誤って襲撃した事があった。その時の一件を蒸し返され、彼女らは脅されていた。
海賊行為は重罪であり、極刑は免れないからだ。
「あのときのミスはあたいの親父の責任だ。てめぇらが心配することじゃねぇよ」
「姐さん……!」
彼女と男の年齢は親と子ほど離れている。もちろん、フランシスカが子の方だ。年下の小娘ながら、彼女は艦隊の部下に全幅の信頼を寄せられている。
「裏切ろうにもあんだけ騎士が乗り込んできちゃねぇ……。まぁ、何とかするさ。だから、さっさと作業に戻りな!」
「へぃ、姐さん!」
「ここでは提督と呼びな!」
「アイ、マム!」
走り去っていく水兵を見送りため息を吐く。
「どうしたもんかねぇ。正直、新しい王様はどうもいけすかねぇ。だいたい、この騎士どもは何をしにあんなとこへ向かうんだ?」
作戦の詳細を聞かされていない彼女は、目的地のみを聞かされていた。
「とりあえず、与えられた仕事をこなすしかないかね。それと、いざという時の事を考えとかないとね。あー、めんどくせ」
数百人の部下の命をその方に乗せ、フランシスカは身の振り方を考えた。
再び、エルフ自治領のクレーニュ技師の工房にて。
「はい、終わったよ。動かしてみて」
サリヴァンの左腕に義手がバンドで固定されていた。そのため、上半身が裸であり、シルフィアーナはそれを見て少し頬を染めていた。
「バンドでも固定してあるけど、魔力結合だからバンドが切れても大丈夫だよ。少し、動かしてみて」
「こんな、感じか?」
指を動かすよう念じてみる。すると、閉じたり開いたりの動作が行われた。
「そうそう、そんな感じ」
指の感覚がないため、サリヴァンは違和感をぬぐえなかった。なれるまで時間を要するのは明らかだった。
「動かすのに魔法力を消費するからね、消費量は日常用ならたいしたことはないけどね」
「軍用は魔力消費が大きいのか?」
サリヴァンは、クレーニュの言葉に気になる点があったのか質問する。
「性能によるね。当然出力も上がるし、攻撃魔法や防御魔法を組み込む事もあるからね。まぁ、君なら問題ないだろう?」
「なぜ、言い切れる?」
二人は初対面であり、クレーニュはサリヴァンの保有魔力を把握していない。なのに、そう言い切ったクレーニュをサリヴァンは不思議に思った。
「精霊と契約しているんだから、精霊から魔法力を得られるだろ? エルフは精霊に触れる事が多いから君が契約していることが分かるんだよ」
思いがけないところで精霊の話題が出たため、サリヴァンは詳しく話を聞くべく質問をする。
「なるほど。丁度いい、俺は精霊についてよくわからない。出来れば、教えてもらいたいのだが……」
それを聞いたシルフィがクレーニュに代わり応える。
「わたしが、説明します」
「そうしてくれ、お連れさんたちはこっちへ。代金と、その物欲しそうに見ている商品を説明しよう」
そう言われたアルトリアが、少し恥ずかしそうな様子を見せる。
アルトリアたちが売り場の方に行き、作業場には、サリヴァンとシルフィアーナだけになる。すると、シルフィアーナが説明を始めた。
「精霊との契約自体は珍しくは無いです。でも、契約をする種族はエルフ、ドワーフくらいですね。人間族が契約をするのは聞いた事がありません」
エルフは、自身の魔法を高めるために契約をする。ドワーフは、魔法に劣るため精霊の力を借りるために行う。それが、一般的な認識だった。
「しかし、魔法力に劣るドワーフも契約が可能ならば、人間族にも可能に思えるが……」
「そうですね。詳しいことはわたしにもわかりません。精霊に聞いてみないと」
精霊に聞く。その言葉にサリヴァンの関心が寄る。精霊との会話が可能となれば、自身の力を制御する術がわかるのではないかと考えたためだ。
「と言っても、精霊と会話が出来るのは難しいのです。熟練のエルフで無いと……」
「君も聞けないのか?」
「少しなら……」
そこで、サリヴァンはあることに気付く。
「それなら、どうやって精霊から魔力を得るのだ?そもそも、契約の時に会話したと思うのだが……」
それを聞いて、彼女は驚いた顔を見せる。
「会話したのですか?契約の時に?」
シルフィアーナのその様子に、サリヴァンは己の経験は異例であったことを自覚する。
「契約の時も声は聞けず、祈りを捧げて認められると体に入ってくるんです。それは、対等な契約ではなく、どちらかというと精霊の庇護をうけるのが正しいのです」
「じゃあ、俺のあれは……」
サリヴァンは、これまでの精霊との経緯を説明した。
「やはり、それは通常行われる契約とは異なります。その内容だと、対等な契約に思えます」
精霊と五分の契約。この手の知識に疎いサリヴァンだったが、それが異常な事がだというのはわかった。
「となると、わたし達のやり方とは異なるのかも知れません……」
「一応参考までに聞かせてくれ」
サリヴァンの問いに対する、シルフィアーナの答えは簡単であった。
「祈るんです。力を貸して下さいって」
「それだけか?」
予想より、単純な内容に拍子抜けする。
「ええ、強い祈りを捧げることで、精霊は応えてくれます」
サリヴァンは、複雑な呪文を予想していたが、これはこれで奥が深いのかもと納得することにした。
「ありがとう。今度試してみる」
「お役に立てたでしょうか?」
サリヴァンは、心配そうに己を見るその視線に、胸が高鳴るのが分かった。
「う、うむ。助かったありがとう」
すると、シルフィアーナは笑みを浮かべる。この変化にサリヴァンの胸の鼓動はさらに早くなる。
(緊張しているのか? 少女一人に俺が? 敵地に一人で放り出されても大丈夫だったこの俺が?)
サリヴァンの様子がおかしいことに気付いたシルフィアーナが、その顔を覗き込みながら言う。
「ん? どうかしましたか?」
「あ、いや……問題ない」
そういいつつも、サリヴァンはシルフィアーナの視線に耐えられず顔をそむけた。
(だめだ、顔を直視できん。翼竜にすら立ち向かった俺が、翼竜と眼光を飛ばしあいをしたこの俺が。なぜ、こんな少女に顔をそむけるのだ!!)
若き騎士が自身の体験したことのない緊張に戸惑っている一方、エルフの少女も別の戸惑いをしていた。
(いけません。こちらを見てくれません)
サリヴァンが、自身から顔をそむけたことに不安を感じていた。
(わたし、やっぱり何かまずいことを言ったのでしょうか? お力になれなかったからでしょうか?)
シルフィアーナは、自身の無知を悔いた。
(ああ、こんなことなら事前に勉強してくれば良かった。騎士様が精霊と契約しているのは気付いていたのに。人間族なんだから、精霊には詳しくない事くらい分かったのに。せっかく昨日は眠れなかったから時間が空いていたのに……)
シルフィアーナは思う。
(そういえば、どうして眠れなかったのかしら? こう、胸が高鳴るというか、楽しみを翌日に控えている時の気分と同じような。でも、今日は案内の仕事だけで、別に楽しみな事なんて……)
そこで、彼女はあることに気付いた。
(え? もしかして、これが楽しみ? この仕事が楽しみだったの?)
生じた疑問を自答する。
(確かに、生まれ育った町を知ってもらうのはうれしいけど、何か違うような……。というより、案内していた時より、今こうして騎士様とお話している時の方が楽しいような? あれ? もしかして、これが楽しみで眠れなかったの?)
「――――――――!!」
顔が、頬と耳が熱くなるのが分かった。
(もしかしてわたし、この騎士様を……)
とある感情が彼女のうちに生じる。
(ダメです! わたしには将来を約束した人が! うー、でも何でしょうかこの感覚は!! ダメですダメです!)
しかし、一度自覚した感情のあふれは止まらない。
(ここは落ち着きましょう。さながら、水精霊のごとく心を落ち着かせるのです。波紋のない水面のごとき心を……。そうです。水面です。揺らぎのない水面を思い浮かべて……)
だが、彼女の心の水面は揺れ続ける。
(うー……ダメです。水面が揺れてます。誰ですか揺らしているのは!? わたしはいま真剣なんです! 邪魔するなんて、ぷんぷんです!! あれ……。水面を揺らしている影が……、魚? あれは、鯉? え、コイ!? 違います、間違ってます! ダメですよー! 心の揺れがコイなんて違いますよー! うー、いけません。心を落ち着かせるどころではないです。余計に混乱してきました……)
傍から見ても、何やら気まずくも微笑ましい二人は、この後クレーニュ技師が呼びに来るまでお互いもじもじとしたままであった。
その日の夜。すでに、迎賓館にて皆が眠りに落ちた時間。
アルトリア一行は衝撃の一報によって目を覚ました。
「モルドレッドの軍が、侵攻してきただと!?」
予想をはるかに上回る速度で、モルドレッドの軍がやって来たのであった。
そして、これが王国を巻きこむ内乱の開幕となるのであった。




