第十三話 初心な二人
サリヴァン・カルヴァートは困惑していた。
彼は、かつて己がこれほどまでに思考が混乱したことがあっただろうかと自問する。憶えがある限りでは騎士学校時代のある日、一人の女生徒から愛を語られた時だ。
その女生徒とは彼女が馬上槍試合、ジョストの槍と標的を一人で片づけていた際に手伝ったのが最初の会話だった。
すると、その数日後に行き成り呼びだされ、校舎の裏で迫られたのだ。性的に。
さらに、そこにたまたま通りかかった他の女生徒二人組が乱入して大変なことになったと思っていたら、告白してきた女生徒の婚約者を名乗る男子生徒が手に槍を持ち、馬を駆って突入してきてサリヴァンもいよいよ死ぬのかと思ったらジルがマスケットを持って助けに来たと思ったら火に油を注いで女生徒がヒステリーを起してなんやらかんやらでサリヴァンが教師に怒られることになるという異常事態のときより、困惑していた。
「へー、では騎士様は国外に出たことがあるのですね!」
「ああ、任務でな……」
その原因は、シルフィの質問攻めもそうであったが、己がこれほど人と話すのが苦手だったかと自覚したからだ。それというのもサリヴァンはまだ、己の名を名乗っておらず、彼女の本名、シルフィは愛称と思われる、を聞いていなかったからだ。
そんなサリヴァンであったが、このまま流される彼ではない。名前を知るきっかけを作るため、まずは会話の主導権を握ろうと話題を振る。
「えーと、ガリアで新しいマスケットが開発されたのだが……」
「はい?」
しかし、出てきた話題はあろうことかマスケット関連であった。おそらく、一日の異性との会話量の多くをジルが占めていたことに起因する。
「じゃなくて、以前ガリアに言ったことがあるのだが……」
サリヴァンは話題を改める。
「そこで食べたガリア料理が美味くてね、俺が普段食っていたモノは果たして料理なのかと思ったくらいだったよ」
「まぁ! ふふふ」
(そのあとアルビオン人だとばれて憲兵に追いかけまわされたがね……)
憲兵に正体が判明した理由についてはアルビオン王国の料理が不味いことが起因であるが、今は関係のないことである。
「騎士様は色々な体験をなさっているのですね。わたしはエルフ領から出ることは稀ですからもっとお話を伺いたいです」
そう言うシルフィの耳が、小さく縦に振っているのがサリヴァンにはわかった。
(うむ、まるで犬の尻尾のようだ。あれは感情を表現する器官も兼ねているのか? ともかく、動くというのは非常に興味深い。何より、可愛らしい)
「いや、たいしたことは……。あー……それより、エルフの事について教えてくれないか? この街を見ても、俺たちの様式とは異なるみたいだし」
いらぬことに気を取られたサリヴァンは、再び会話の主導権を渡してしまう。
「そうですね。えっと……」
エルフの生活について語り始めるシルフィに対し、サリヴァンは別のことを、さまざまな要素内包したエルフの耳が織りなす相乗効果により、視覚的に多種多様な変容を相手に知覚させる可能性について考えていた。
「それでですね、エルフの食事はですね……」
思考はさらに飛躍し、相手に対して心理的効果が期待され、警戒心ないしは敵対心を減退させることにより相互が誤解なく対話を行うことで無用な衝突を回避できるという効果が期待でき、それにより平穏な日常を甘受するに至り、最終的には世界平和に直結するという推論を導き出していた。
「……なんですよ、とっても美味しいのですよ。こんど、機会があれば……」
やはり、世界平和を目指すに当たり、エルフの耳は非常に大きな効果を期待できるのではないかというのがサリヴァンの見解であった。
また、各国が外交官にエルフを登用すれば、各国の国交は正常化され、争いが無くなるに至るのではないだろうかという超現実的結論に至っていた。
(しかし、いざ戦いとなった時のエルフの魔法力もまた驚異的ではある。それもやはり、あの長い耳がもたらす恩恵であるのか。つまり、あれには魔力を収集する効果があるのか?)
サリヴァンの妄想は止まらない。シルフィは気付かずに語り続ける。
「……といっても、わたしはあんまり料理が得意というわけでは……でもでも、それなりには作れるんですよ!」
(うーむ、魔法を使う時もあの耳は動くのであろうか? であれば、あの耳の動きには別のパターンが存在し、それぞれを分析することによりエルフの感情を読み取ることで優位性の確保が、しかし、やはり個体差が気になるところである。先程のエルフとシルフィには僅かな差があった。シルフィの方が少し長い。うむ、少し長い)
ここで、サリヴァンは個体ごとの差異に着目する。また、シルフィもようやくサリヴァンの様子がおかしいことに気付く。
「あの……、どうしたんですか? そんなに難しい顔して……」
(やはり、種族的平均値が分かれば何かしらの結論に至るまでの過程においての進展が期待できる。そのためにも多くの情報が必要になるだろう。だが、そもそも俺はエルフの耳について何も知らないではないか)
サリヴァンは己の無知を知る。
「あの……。そんなに見つめられると……」
シルフィは恥ずかしげに訴えるが、サリヴァンは聞いていなかった。
(うーむ。視覚的にはやはり人とは違う何かを感じられる。見た目ではなく、こう心に訴えるような、惹かれるような魅力が……。あ、赤くなった。美しい白も良いが、赤い色が映えてこれはこれで良い。白い肌に耳の赤。魅力的である)
「あの……照れます。恥ずかしいです……」
恥ずかしさのあまりにシルフィは顔をそむけるが、サリヴァンはそれさえも気に留めない。
(これは、視覚だけでなく触覚でも感じる必要性が……。そうせねばならぬ使命感が湧いてくるものである。ふむ、では)
「ひゃん!? ど、どうしたんですか?わたしの耳に何か付いていますか!?」
サリヴァンの暴走はとうとう物理的接触に及ぶ。
(や、柔らかい。想像以上に柔らかい。しかし、奥には確かに張りがあり、俺の指を僅かに押し返すような……。うむ、確かな張りと柔らかさ、形も素晴らしい。おっぱいの事じゃない。耳の事である)
「あ、あの……そんなに、揉まないで……あ、ん……」
シルフィが艶かしい声で訴えるが、サリヴァンには聞こえない止まらない。
(なんとも、癖になるような感触だ。すばらしい。かつて俺はこれほどまでに心地よいものを触ったことがあるだろうか? ジルの胸か? ジルには悪いが完敗だ。シルフィの耳の圧勝である。しかし、我を忘れそうだ……我を忘れて……)
「はっ!?」
そこで、ようやくサリヴァンは己の愚行に気付いた。
「もう……許してぇ……これ、以上は……ダ……メ……」
サリヴァンは見た。シルフィの上気した頬、赤く染まった耳、恥辱に染まった表情を。
サリヴァンは、己の胸の鼓動が速くなるのを感じる。顔に血が上ってくる。
「すすす、すまない! 俺は、何を……あ、いや、えと、すまない!」
サリヴァンは、すぐに手を放すとひたすら平身低頭した。
「あ、いえ。大丈夫ですよ……。少し驚いただけで……」
「本当に申し訳ない……」
サリヴァンは、謝罪するとともに己の愚行と愚考を恥じた。
「………………」
「……………………」
二人の間に沈黙が訪れる。
先程、我を忘れて奇行に走ったサリヴァンは申し訳なさそうにしている。一方、耳を触られたシルフィは戸惑っていた。耳を触られた事にではない。それをされたのに、どこか喜んでいる自分にである。
シルフィは自分に言い聞かせるように心の中で言う。
(いけません……どうも調子が狂います……。料理のことだって、自信がないからあんまり人には話したくないのに……。どうして、こんなにわたしは緊張しているのでしょう?)
シルフィは、一つ思い当たる感情があったがすぐに否定する。
(ダメですダメです。わたしには、お父様にも言っていませんけど将来を約束した人がいるのですから。二十年くらい前でしたかね。乙女の湖で……。あの時の男の子は元気かしら?わたしはこんなに大きくなったけど、あの子はどうかしら?)
エルフの成長は、やはり個人差がある。
人間の子供にくらべ、エルフの成長は三分の一程度と言われている。これは、一説には個人の保有する魔法力と精霊の影響であるとエルフたちには考えられている。魔法力のより大きい者は成長はより早く、老化はより遅くとなる。
現在、シルフィは43歳である。人間に置き換えると14歳程度となるが、彼女は魔法力の保有量が多く、二十年ほど前より成長が早くなった。人間で言うところの18歳程度の成長であるが、彼女の見た目はもう少し幼く見える。また、保有魔法力とそれによる精度の高い魔法を扱う事から、一部のエルフからは天才と呼ばれ、族長の娘でもあるため、“プリンセス・オブ・ウェールズ”などと呼ばれる事もあった。
さて、生きた年数に不相応に幼いエルフの少女と、生きた年数以上に苦労を重ねて成長してきた若き騎士の二人は、お互いに初めての感覚に戸惑いを隠せないでいた。
傍から見たら初々しい様子に微笑ましさを感じるが、双方結婚して子供の一人でも作っていても可笑しくはない年齢であるため、このやり取りは少々幼すぎるモノがある。
いまどきの学生ですら、もう少し大人のやり取りをするであろう。しかし、色恋沙汰に関心のなかった二人には限界なのだろう。
しばらく、互いをちらちら見ながら沈黙は続くのであった。
翌日、エルフ族長より今後の方針を決めるためにエルフ族で会議を行うため、返答に関してはもう少し待ってほしいとの連絡が入った。
「仕方ありません。彼らにも事情があるのですから」
そう言うアルトリアに対して、ジルは少し不満げな様子で言った。
「しかし、王族からの要請に返答を渋るとは……」
「ですが、仮にもモルドレッドは王を自称していますし、それを認める者が多数派です。対して、私は逆族の汚名を着せられている身ですからね」
納得はいかずとも、もはやそれが国内の認識である。事実か否かは関係なく。
納得できない、したくないという表情のジルと、目が笑ってない笑顔を見せるガブリエル、何か別の事を考え込んでいるサリーと、三者三様の反応である。
「さて、エルフの方が街を案内して下さるとのことです。非常に興味深いのでぜひお願いしたいと思います」
アルトリアは目を輝かせてそう言った。
あまり、このような時にうろつくのは得策ではないが、エルフの街は確かに惹かれるものがある。為政者として良い経験にもなるのは明らかだった。
意気揚々といった様子で迎賓館から出ると、案内人のエルフの少女が立っていた。
「おはようございます。本日、キャメロットの案内を務めさせていただきます。シルフィアーナです」
そう、よく知っているエルフの少女シルフィだ。
「シルフィさん、あなたが案内役を務めて下さるのですね」
アルトリアは、見知った相手に嬉しそうな表情を見せた。一方サリヴァンは、意外なところでシルフィの本名を知れたということに喜びを感じていた。
「先日は王女殿下と知らず失礼をいたしました。改めて謝罪を……」
「謝らないで下さい。あなたは我が騎士の恩人なのです。では、早速ですが案内をお願いいたします。昨日は見て回る余裕はありませんでしたから」
そして、一行は街へと繰り出していった。
街に出て数時間が経った。
シルフィアーナの解説付きということもあり、見学は有意義なものであった。
「区画整理が素晴らしいですね。効率を考えながらも、木々を多く取り込んで心理的にも空間的にも余裕を作っているのですね」
「市壁が無いのが大きいですね。街の拡充や、再編で市壁の有無は変わってきます」
サリヴァンは、感嘆するアルトリアと補足を続けるシルフィアーナのやり取りをやや後ろから眺める。
「そういえば、騎士様は義手をお作りにはならないのですか?」
唐突に、話題がサリヴァンに飛んできた。
「あ、いや。作るつもりだったのだが。時間がなかったのでそのままにしている」
「よろしかったら、知り合いの魔法具技師を紹介しましょうか?」
エルフの魔法具という単語に、サリヴァンらには惹かれるものがあった。
魔法具とは。
物品に魔法術式を組み込むことで、魔法力の消費だけで魔法を行使できる法具である。例えるなら、魔法を使用することの出来ない未熟な魔法使いが灯りを得たいとする。魔法使いならば、魔法で火を出すことが出来るが未熟なためそれが出来ない。その代わりに、魔法具のランプを用いて、ランプに掛けられた術式に魔力を送り込むことで術式が発動し灯りを得る事が出来る。以前使用された雷撃短剣も魔法具に該当する。
魔法具技師は、その魔法術式を施す物品の製作とそれに魔法術式を施す事のできる技能を持った職人の事である。
「私も気になりますね。良い機会です、義手を作りに行きましょう」
なぜか、義手を使う本人よりもアルトリアが一番楽しそうにしていた。
「こちらです。腕も確かですし、義手以外もたくさん魔法具が置いてありますよ」
サリヴァンは、己の懐事情を考えつつ案内に従った。




