第十二話 エルフの長
一行は、エルフ自治領、領都キャメロットの族長の館に到着した。
到着後、すぐに族長のもとへと一行は通された。
「アルビオン王国第二王女アルトリアです。族長閣下、本日は私のために貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます」
「何をおっしゃられますか、第二王女殿下。こちらこそ、ろくなおもてなしもできず、申し訳ありません。エルフ族代表マナウィダンです。では、早速……」
族長の部屋にてアルトリアと族長マナウィダンの会談が開始される。
だが、その席にサリヴァンの姿はなかった。サリヴァンは別室にて族長の娘であり、エルフ自衛軍少尉と会っていたのだ。
「いやはや、まさかこんなに早く再開できるとは……。あの時は本当に助かりました」
「いえいえ。困った時はお互い様です」
そう、エルフ自衛軍シルフィ少佐に。
「まさか少佐殿とは知らず、あの時は失礼した。許してもらいたい」
「いえそんな。わたしの方こそ、王家の騎士様とは知らず失礼を……」
サリヴァンが謝罪の言葉を述べると、シルフィもまた困惑した表情で恐縮する。
「自分などまだ若輩。そちらこそ少佐とは頭が下がる」
「いえいえ、王家に使える騎士といえば大変名誉なことです」
「いや、そんな」
「こちらこそそんな」
お互いに一歩も譲らぬ譲り合いをしていることに気付いた二人は、どちらともなく笑いをこぼす。
「はは、収拾がつかないな」
「そのようですね、ふふふ」
微笑ましいやり取りを終え、サリヴァンは少しシルフィについて考えた。
(しかし、意外だな。以前あった時は、年相応……何歳かは分からんが、少女の様な印象を受けたが、なかなかどうして)
そこで、サリヴァンは彼女の容姿を改めて見てみる。黄金色に輝く、腰まで伸びた長い髪は癖などなく美しい。整った顔は、美形の多いエルフの中でも際立って綺麗だと、サリヴァンは思う。深緑の都のエルフに相応しいエメラルドの様な瞳。胸は控えめで、奥ゆかしい雰囲気の彼女には相応しい。
そして、サリヴァンが一番目を引いたのは、やはり耳だった。曲がりなく、ピンと横に伸びた耳は、先端がとがっておりなんともいえぬ神秘性を感じさせる。ある種の、芸術作品の様な印象がある。
しかし、作られたもの独特の不自然さは無く、それがあるべき姿、自然なのだと言い切れた。
(やはり、興味が惹かれるのはその感触である。おっぱいの事じゃない)
垂れることなく、ツンと自己主張するそれは、やはり一定以上の硬さを有しているとみても良いだろう。
しかし、その見た目は何とも言えぬ柔らかな印象がある。
(やはり大きさもまたこれが最良なのか。大きすぎず、小さすぎず。掌では少しもてあます程度がやはり……。しかし、個体差はあるのだろう。同じものは二つ存在せず、いや本人には二つあるがそれは置いといて、いやそう考えると左右でバランスが微妙に違うかもしれない。しかし、俺の見たところそんなようには見えない)
サリヴァンは、遠近の確かな距離で確認してもやはり違いは感じられなかった。
(ジルほどで無いにしろ、俺も射撃にはいささか憶えがある。その目を持ってしても左右で違いはない)
「あのー、大丈夫ですか?」
真剣な表情で考え事をしているサリヴァンを不思議に思ったシルフィが問うた。
サリヴァンは一瞬、はっとした顔を見せるがすぐに戻して答えた。
「あ、いや。大丈夫だ」
サリヴァンは、気持ちを切り替え、話題を振った。
「ところで、エルフの事について教えてもらいたいのだが」
「わたしも、人間族についてしりたいことがあるんですよ」
そういって、彼女は羊皮紙とペンを取りだすとにっこりほほ笑んだ。
「答えられる範囲で」
大量の質問を浴びせられることを予想しながら、サリヴァンは言った。
このあと、二人はお互いに質問を交えながら交流を深めていった。
一方その頃。
まだ幼さの残るアルトリアと、見た目以上の年を重ねたマナウィダン。二人の長の会談は一時中断するところであった。
「以上が、現状とモルドレッドの野望です。モルドレッド打倒のため、ぜひ閣下とエルフ族の御協力をお願いしたいのです」
持ちえている情報から、可能な限りモルドレッドの脅威を伝えたアルトリアであったが、マナウィダンは目を閉じて険しい表情をしている。
「われわれも、モルドレッド陛下の情報は得ております。その身内にのみ発表されている政策も心得ています」
マナウィダンは閉じていた目を開き、真剣な面持ちで語る。
「事は重大です。エルフ族のみならず、亜人族全体の脅威ですからね。だからこそ、わたしの一存では今すぐの返答は致しかねます。このうえは、十分な協議の後に御返答したいと思います」
それを聞いてアルトリアは思考を巡らせる。
(今は、時間が惜しい。先手を取られる前に地盤を固めたいところです。さらに、敵の動きが鈍っている今なら、逆に先手を取れる可能性だってあるのだから)
そんなアルトリアの考えを知ってか知らずか、
「時が惜しいのは理解しております。しかし、だからこそ素早い行動のために十分な準備が必要であります。つきましては、翌日ないしその翌日に御返答したいと思いますが……」
マナウィダンは申し訳なさそうな言い方と表情こそしているが、アルトリアは彼の目は別のところを見据えていると感じていた。
「そうですね。では、それでお願いいたします」
「申し訳ありません。迎賓館の方に部屋を用意してあります。そちらの方でお待ち下さい」
「心遣い痛み入ります。それでは、また後ほど」
部屋を退室すると、ジルとガブリエルの二人が出迎えた。
アルトリアはサリヴァンの姿がないことに気付く。
「ジル。私の筆頭騎士の姿が見えませんが?」
「はっ、それなのですが姫様。先日、サリーを救っていただいたシルフィ嬢に会っております」
それを聞いたアルトリアが考える。
(ふぅ。主の守護を疎かにして女性と逢い引きですか。いえ、これは言い方に悪意がありますね。命の恩人との再会と言い変えましょうか)
「ならば、先に私たちだけで迎賓館に向かいましょう」
アルトリアは、使用人のエルフに、サリヴァンに先に行く旨を言伝た。
「よろしかったのですか? サリーを一人にして。まだ義手も無く、かつての彼とは比べるまでも無く弱くなっています」
「問題ないでしょう。我が騎士ならば」
そして、アルトリアらは館を離れた。
アルトリアの去った族長の執務室には、いつの間にか数名のエルフ族が集まっていた。全員、身なりの良い服装からそれなりの役職の人物である事が察せられる。
「どうみますか、みなさん? アルビオンの姫君は……」
口を開いたのは族長マナウィダンである。見た目四十代前半と言ったところであるが御歳350歳である。エルフ族でも特別若々しい彼であった。
「モルドレッドはエルフ族、亜人族全体の脅威であり、彼女らにとっても同じである。というのは、こちらが得た情報からも間違いは無いですね」
そう言う彼は、エルフ領における経済の実権握っていると目されるエルフ族商人ヘルメスである。エルフ族らしい、実直で信頼のおける人柄でアルビオン王国の商人たちからも一目置かれている人物であり、職業柄国内情勢に詳しいこともありこの場に招かれている。
「問題は、モルドレッドおよびアルトリア姫に対してどのように対応するか。その判断材料を我々に問いたいのですね? 族長閣下」
続いて発言したのはエルフ族の女性軍人、アテネ少将である。見た目二十代後半の線の細いエルフらしい美人であった。エルフ族最年少女性将官であり、エルフ屈指の才女と言われている。
「そうです。事は亜人族全体に影響を及ぼす重大事項です。我々の対応しだいで他の種族の動きも変わってくるでしょう」
族長は、そう言うとゆっくりと部屋を回り始める。何かを考えるとき、彼はじっとしていることが出来ず、意味も無く歩き回る癖があった。
「我々の行動が一つの指標になるのですね。だから、迂闊な事は出来ないと。いいでしょう、族長閣下の一助となるならば、わたしの商人としての見解を申し上げます。はっきり言ってアルトリア姫は信用できませんね」
真面目な商人の率直すぎる意見に驚いた表情をするアテネだった。
「何か彼女の話に嘘でもあったか? 貴公も知っているだろう、アルトリア姫の噂を。わたしの見たところ、騎士姫の名に違わない誠実な人物であると思ったのだが」
「言い方が悪かったですね。アルトリア姫の陣営はまだ信頼に足ると判断できません、と言いなおしましょう。確かに、わたしの目にも外見と先程の話だけならそう判断できます。しかし、人間族とはそれだけで信頼できる訳ではないのですよ。にこやかな顔で握手を求めながら、もう片方の手は何をしているのか、その腹には何を抱え込んでいるのか分かったものではありません」
それは、彼の商人としての経験から出てきた言葉であった。
「彼女は、モルドレッド打倒のために我々に協力を申し出に来ましたが、それは彼女たちの独力ではモルドレッドに勝てないからです。アルトリア姫の陣営は、現在我々が把握しているのはカルヴァート家とカルヴァート家が懇意にしている改革派貴族だけです。それだけの戦力ではモルドレッドと争うのは厳しいでしょう」
ヘルメスの言葉にアテネが続く。
「確かに、王国全体でも劣勢であり、南部の戦力もモルドレッドが勝っているな。カルヴァート家の戦力だけでは、ロンデニオンの兵力に勝ち目なんてない。でも、それは我等も同じ。モルドレッドは共通の敵と言え、独力では勝ち目などない。だからこそ協力し合うべきじゃないのか?」
そこで、部屋を回っていた族長が口を開いた。
「我々の戦力が使い捨てられるかもしれない、という可能性があります。さらに、アルトリア姫が勝ったとしても、彼女が我々を虐げる可能性もあるかもしれない」
難しい表情を見せるアテネにさらにヘルメスが言う。
「あくまで可能性ですよ。前者はともかく後者は無いと思いますけど。でも、どちらにせよそういう可能性も考慮して行動する必要があるんですよ」
そして、族長がその歩みを止めて言った。
「我々は、王家に多大な恩義があります。しかし、それによって我々のすべてを捧げる必要はないのです。そして、今回の騒動は転機です。王家の内乱に乗じて、亜人族が力を合わせれば独立も不可能ではないでしょう」
「しかし、族長閣下。それは長老様が……」
「もちろん、お伺いを立てる必要があるでしょうし、そんな事は出来ればしたくない。王家の恩をあだで返すような事はしたくありません。しかし、今回のモルドレッドにロバート二世、三世の事もあります。だからこそ慎重に考える必要があるのです」
それを聞いてアテネは黙ってしまう。
「商人としての意見を言わせてもらえば、とりあえず乗ったふりをする。こちらに害が及ぶようなら手を引く、が無難だと思いますが」
「それでは礼を失しますし、これからの信頼も失うでしょう。なんにせよ、もう少しアルトリア姫の人となりや、思想を知りたいところです」
それを聞いて、アテネが何かを思い出したそぶりを見せると言った。
「だから、ご息女をあの騎士に近付けているのですか?」
「いえいえ、それは娘の方が望んだことです。もっとも、わたしはそのつもりですけどね。あの騎士殿を通してアルトリア姫について調べるようには言ってあります」
この人も存外人が悪い。そう感じる二人であった。
「どちらにせよ。決断はもう少し後ですね。ヘルメスは情報収集を、アテネは戦の準備をお願いします。まだ猶予はあるでしょうけど、戦は避けられませんからね」
そういった族長であったが、戦いの始まりは彼らの予想よりもずっと早く訪れるのであった。




