第十五話 高貴なる者の務め
アルトリア一行にモルドレッド軍襲来の一報が入る数時間前。
艦隊を率い、目的地に到着していたフランシスカ・ドレークは眼前に広がる光景に驚愕していた。
彼女は、モルドレッドの駒となり反乱分子の鎮圧に加担したのだと、そのような認識をしていた。しかし、今彼女の目の前で繰り広げられている光景はそんな生易しいモノではなかった。
「なんだい……これは……」
それは、鎮圧などではない。戦争でもない。
狩猟であった。
日も沈みかけた穏やかな港町に、突如海から現れた騎士の集団。エルフたちが想定していた侵攻の時期も場所も裏切る形で行われた侵攻に、彼らは成す術もなかった。
港町には多くの民がおり、それを守る自衛軍は少なかった。そこに押し掛けたのはモルドレッド軍元反乱軍派の騎士と従士、予備役を合わせた総数約二千、新生王室親衛騎士団第二騎士小隊が率いる軍団であった。
さらに、その軍団にもう一人騎士の姿があった。
「うまくいっているようだな」
ジェラルド・ブレイスフォード、通称“スケアクロウ”と呼ばれる男である。
「なんなんだい、こりゃあ……あたいはこんなこと聞いてないよ!」
不敵な笑いを浮かべるジェラルドに、フランシスカは怒りの声を上げる。
「これは狩猟だ。奴らが忠誠を示すための狩だ」
「何だと……!!」
これは、予想以上に進まない軍の掌握に一石を投じるための進行であった。
「元反乱軍の連中は自分たちの長が責任を取らされ粛清を受けたことで士気が下がっていた。そこで、今回の侵攻だ。王国への、モルドレッド陛下への忠誠を身を持って示すためにエルフを捕らえろと命じられているんだよ」
それは、戦争ですらない。武器を持たぬ民は捕らえられ、抵抗する者は打ち取られる。
元反乱軍の騎士たちは、自身の身の安全のために今回の作戦に参加していた。また、彼ら保守派の者たちは亜人族に対する偏見が強いため、成果を上げる以外にも公然と亜人族狩りが出来るからといった理由で士気も高かった。それに加えて、彼らが出発する直前、モルドレッドは自身の政策を正式に発表していた。これにより、モルドレッド派の中では亜人族に人権は無い、という事が共通認識となり彼らの暴挙は激しさを増していた。
「今回、元反乱軍の奴らが戦果をあげれば、いまだ渋っている奴らも焦ってくるだろう。それに、アルトリアがエルフと結ぶ前にそれを叩く。各個撃破は戦の常套手段だ」
「戦だと……こんなものが……戦争だって言うのか……!」
フランシスカの目に映る光景。逆らうものは殺し、武器を持たぬ民を捕らえ拘束している。モルドレッドの政策を真剣に聞いていなかったフランシスカは、この光景に自信が犯した愚を嘆いた。
「さて、では俺様も言ってくるかな。まだ抵抗している奴らもいるようだしな」
そう言って、ジェラルドは異常な跳躍力で船から飛び降り、狩場に向かって行った。
「姐さん……」
ジェラルドが去ってから、水兵の一人がフランシスカに話しかけた。
「何も言うな……。あいつらがいる以上、あたいらには何もできねぇ……」
そう言って、彼女が見た方向にはミスリルメイルを着込んだ騎士たちの姿があった。約三十人の騎士からなる第二騎士小隊である。
「でも、こんな……これじゃ、まるで……」
「ああ、海賊だな……。私掠船やってたあたいらが言えた事じゃねえが、これは軍隊のやることじゃねぇ……」
彼女らも、王国の名のもとに敵対国の民間船の拿捕を行っていたものの、人命や必要以上の略奪は避けていた。それでも、海賊行為に代わりは無いのだが、そんな彼女たちでも目の前の惨状は見るに堪えなかった。
「裏切ろうにもミスリル鎧の騎士が見張ってて下手なことはできねぇ。そもそも、裏切ってどこへ行くってんだ……」
何も出来ない己の無力を嘆きつつ、目の前の出来ごとをただただ見届けることしかできなかった。
モルドレッド軍襲撃の知らせを聞いたサリヴァンたちは、領主の館へと来ていた。門番に引きとめられたが、マナウィダンが面会を許可してくれた。
「族長、何故彼らをここに招き入れたのですか!?」
彼らを迎え入れたのは歓迎の言葉ではなかった。
室内には族長を筆頭にエルフの有力者と思われる方たちが7名ほど集まっていた。
「今、我々は人間族から侵攻を受けているのです! その対策を決める場に、何故人間を!?」
「落ち着きなさい。その人間族に侵攻を受けているから、このお方に来ていただいたのです」
数人のエルフを制止し、マナウィダンはアルトリア達を見る。
「族長閣下、モルドレッドの蛮行は道すがら聞きました。我々も微力ながら、お力添えをしたくこの場に参上いたしました」
アルトリアの言葉に、怪訝そうな顔をするエルフが三人ほどいた。
「ありがたいお言葉です」
そういうと、マナウィダンが自身の机のまわりをゆっくりと回り始めた。
「あらためて、状況を確認しましょう。現在、敵軍はラネリー港と市街地を占拠しております。突然の襲撃のため、自衛軍はほぼ壊滅状態で民間人、軍人問わず多くが捕虜となっているそうです。伝令の兵の話では、市街地に陣を構えているようです。その総数は約二千ほどで、その中にはミスリルメイルの騎士団の姿も確認されております」
王国内でミスリルメイルの着用が認められている部隊は限られている。その筆頭が王室親衛騎士団だ。
「斥候を出しておりますが、おそらく敵軍は明朝にはこちらに攻め込んでくると思われます。この脅威に対して、我々は対抗せねばなりません」
二千の兵にミスリル鎧の騎士団、その戦力は脅威であった。
「我々は、ミスリルメイルの脅威は理解しておりますが、その対処法を知らない。そのため殿下のご協力を得たいのです」
ミスリルメイルは王国の権能を維持するのに大きな役割を担ってきた。鋼を凌駕する強度ながら、非常に軽く魔法との親和性も高い。防護魔法術式を施したミスリルメイルはまさに鉄壁。これを打ち破る方法は少ない。
「姫様、僭越ながら自分が……」
そう言ったジルにアルトリアは小さく頷いた。
「王室親衛騎士団のミスリルメイルを打ち破るのは、実戦では難しいでしょう。物理攻撃は対象より高純度のミスリル製の武器を持ってしなければ破壊は不可能です。また、施された防護術式により魔法攻撃にも耐性が備わっています」
実質、ほぼ無敵ということになる。
「それは、倒す事は不可能だと言いたいのか!?」
声を荒げたのは軍服を着た見た目四十代のエルフだった。
「一対一で倒すには魔法を使わず、剣術で鎧の隙間を狙うしかないでしょう。その場合、王室親衛騎士団に所属する騎士と正面から戦って圧倒できるほどの剣術の使い手という条件が付きますが……」
つまり、一対一では勝算はほとんど無いということだ。
「ならば、どうすればいいのだ!?」
サリヴァンは、エルフ族には物静かな印象を持っていたのだが、声を荒げるエルフを不思議に思った。その者の性格か、それとも、種族的な特徴を超えるほど追いつめられているのかと。
「倒すのは無理でも、無力化は可能です。集団で襲いかかり、網なり縄なりで押さえ込めば良いのです。一対一での戦闘、準備なしでの戦闘を避け、集団で各個無力化する。これが最善でしょう」
もはや、騎士というより竜を相手している様なものであった。
「アテネ少将」
「はい。すぐに準備をさせます」
マナウィダンの呼びかけに答えたのは軍服を着たエルフの女性、見た目は二十代くらいだった。長い耳と爽やかな緑髪の女性だ。エルフらしいしなやかな体と、それに似合わぬ豊かな胸が特徴的である。
「軍の準備も整えております。しかし、数が……」
「どれくらい集まりましたか?」
「領都の防衛を考えると、動かせるのは五百です……」
論外だった。その程度の数ではまともな勝負とはなりえなかった。
「防衛部隊を含めれば。千は動かせますが……」
サリヴァンは、思考を巡らせる。
数倍の敵を寡兵で打ち破るにはどうすればよいか、と。
「敵の旗は?」
サリヴァンはは、アテネに問いかけた。
「連隊旗と貴族の私兵の旗のことだ。伝令の兵は確認していなかったのか?」
「しばし待て……」
そう言って、アテネは手にした資料をめくった。
「これだ。兵が見たものの覚書だ」
「すまない」
そんなものを見てなにをする気だ、という目で見てくるのは男の軍人で、アテネ将軍は何かを期待する目をサリヴァンに向ける。
(この旗、これも、これも、そうだ。全部元反乱軍だ。この布陣には何か理由がある。なにか引っかかる)
サリヴァンはまず敵の目的を考えた。
(まず、敵が何故エルフ領に侵攻したかだ。ロンデニオン付近で敵対の可能性の考えられる大きな勢力はバーミンガムのカルヴァート家、リバプールの伯爵家、ウェールズのエルフだ。バーミンガムとリバプールは領地も近く、街道も整っており連携も取れている。総兵力は合わせて二千ほどになる。エルフは千、しかし街道も狭く連携も取れていないため孤立に近い。しかし、陸路を通るにはバーミンガム領が脅威となる。ゆえに、エルフ領侵攻の可能性は低いと判断したが、現実は陸路ではなく海路から侵攻してきた。ロンデニオンのモルドレッド軍は四千だ。その半数の二千、しかも元反乱軍が主力で侵攻か……。エルフとカルヴァート家が結ぶ前に各個撃破を狙ったか。それはいい)
そこで、一つの疑問が生じる。
なぜ元反乱軍が主力として進行してきたか、である。
(反乱軍は率いていた貴族が粛清されて士気も下がっているはずだ。それをあえて採用した理由か……。モルドレッド軍は、民間人、軍人を問わずエルフを捕獲していたと聞く。さながら狩猟のごとく。士気も高かったと聞く。元反乱軍は保守派だ。亜人族を人もどきと呼ぶ者たちも多い。狩猟か……)
そして、敵軍の真意にたどり着く。
(元反乱軍に亜人族がりをさせて戦果をあげる場を設ける。指導者が粛清された元反乱軍には忠誠の意志を示す絶好の機会だ。公然と亜人族狩りをさせることで士気も高まる。王都に残った騎士たちも、元反乱軍が戦果をあげたと聞けばやる気も出よう。それが狙いか)
導き出された結論から、対抗策を練る。
(兵は五百、敵は陣の維持も考えると千五百で攻めてくるのが妥当か。街道も狭く、道の両側は妖精の森が広がっている。敵に土地勘は無く、地の利はこちらにある。しかし、士気は敵の方が上、装備も練度もこちらが劣る。そして、それは敵も承知している。そこから導かれるのは……)
「ならば、この策で……」
サリヴァンのつぶやきに、全員の注目が集まる。
「なにか、思いついたのですね」
机のまわりをまわっていたマナウィダンが立ち止り、そう言った。
「はい、族長閣下」
「お聞かせ下さい」
そいったマナウィダンに男の軍人が抗議した。
「閣下! 人間の考えた策など!」
「採用するかどうかは別です。彼らは敵を良く知っている。ならば、良い案もあるのでしょう」
そして、サリヴァンは自身の考えた策を説明した。
反応は様々だったものの、代案となる案も無く勝算もあるということで採用されることとなった。
「しかし、これではかの部隊は全滅の可能性も……。部隊の指揮官が統制を取らねば、作戦そのものが失敗の可能性も……」
そうだった。サリヴァンの策は一部隊の動きが重要になってくる。それを率いる指揮官には部隊の統制にかなりの負担をかける。
「しかし、有効と判断しますよ。問題は、誰がそれを率いるのか、ですね」
マナウィダンの言葉に、男の軍人は言葉を詰まらせた。それに代わり、アテネが答える。
「現在、部隊指揮官の多くが自治領各地で軍の整備のために領都を離れております。領都に残っている実戦経験のある指揮官で、前線部隊の指揮官を任せられるのは……」
そして、男の軍人は言う。
「小官は、領都防衛の士気と前軍の統括があります。となると、能力的にはアテネ少将が適任かと思いますが、彼女は実戦経験が……」
「実戦経験が無いのは多くの将兵が同じ事です。しかし、今回の作戦は指揮官の経験は大きな要因となってくるでしょう。どうでしょう、こちらの騎士殿に補佐をお願いしては?」
その言葉に、数名のエルフが声を荒げた。
「彼らは人間族ですぞ! それを軍の指揮に関わらせるなど……」
反発の声が上がる中、その中の一言にアルトリアが反応する。
「これはエルフ族の問題だ、人間族は関係ない!」
それを聞いたアルトリアが勢いよく立ち上がる。
突然のことに、騒いでいたエルフたちは静まりかえり、その場の全員の注目が集まった。
そして、アルトリアはその思いを語る。
「こうしている最中も多くの民がモルドレッドに囚われています。いま、虐げられているエルフは、エルフ族であると同時にこの国の民でもあります。そして、私は王家の者、その二人も貴族出身であり騎士です。我々には民を守る義務が、責任があります。我々はそれを果たします。ぜひ協力させてください。一兵卒でもかまいません、我々に戦う機会を与えて下さい」
人の上に立つ者には、責任が生じる。そのことを改めて実感させられたサリヴァンは覚悟を決める。
(そうだとも、エルフも人間も関係ない。モルドレッドが奴隷階級に落とそうとしているのはこの国の民だ。ならば、俺は騎士の務めを果たすのみ)
「…………」
アルトリアの言葉に、その場にいた全員が黙り込む。
「お願いします。我々にエルフ族を救うために協力させてください。そして、民を守るために協力して下さい」
アルトリアの真摯な態度が、その場にいた全員を納得させた。
「こちらこそ、お願いいたします」
ここに、エルフとの協力関係が成り立つのであった。




