第45話 29年前より強い
魔王の魔力が広間を満たした。
ただ立っているだけなのに、床が軋む。空気が震え、遠くの壁に亀裂が走った。
「……これ、本当に同じ相手?」
カレンが顔をしかめる。
「同じだよ」
レイが剣を抜いた。
「でも、昔よりずっと強い」
その言葉を聞いても、魔王は笑わなかった。
「当然だ。敗北したままの力で戻るほど、我は愚かではない」
次の瞬間。
姿が消えた。
「来る!」
ルークが叫ぶより早く、バルクが前へ出た。
拳と拳がぶつかる。
轟音。
広間の床が円状に砕けた。
「ぐっ……!」
バルクの身体が後ろへ滑る。
ルークたちが息を呑んだ。
今まで、バルクが力で押し戻されるところなど見たことがない。
「へえ」
当の本人だけが、少し楽しそうだった。
「本当に強くなってるな」
「笑ってる場合か!」
ダリオが叫ぶ。
魔王が再び踏み込む。
レイの剣が迎え撃つ。
一閃。
二閃。
三閃。
人の目では追えない速さで斬撃が交差する。
それでも魔王は退かない。
腕に傷を受けながら、力任せに剣筋を潰し、そのままレイを弾き飛ばした。
「レイ先生!」
エマが駆けようとする。
「来ないで!」
レイが空中で体勢を整え、そのまま着地した。
傷は浅い。
だが、表情は完全に戦う者のものへ変わっていた。
「アルド」
「分かってる」
複数の術式が同時に展開される。
炎、雷、氷。
魔王が腕を振る。
魔力の塊が正面からぶつかった。
爆発。
アルドの魔法が相殺される。
「うわ」
アルドが珍しく声を漏らした。
「正面から消された」
「そんなことあるの?」
ミナが聞く。
「昔はなかった」
その答えだけで十分だった。
魔王が腕を上げる。
今度は広間全体へ黒い魔力が降った。
「散開!」
全員が動く。
ルークが前へ出ようとした瞬間、脇腹に淡い光がまとわりついた。
「ノア?」
「そのまま行って!」
意味を聞く暇はなかった。
ルークが踏み込む。
魔王の爪が脇腹を裂いた。
「ぐっ!」
だが、傷が開くと同時に治癒が始まる。
血が止まる。
痛みは残る。
傷も完全には消えない。
それでも足は止まらなかった。
「おおっ!」
ルークの拳が魔王の腹へ触れる。
内側へ衝撃が走った。
魔王の身体が僅かに揺れる。
「……今のは」
「効いた!」
ルークが離れる。
ノアはすでにエマへ治癒を飛ばしていた。
エマが踏み込む先。
そこへ魔王の魔力刃が飛ぶ。
肩を斬られる。
しかし傷が深くなる前に治癒が食いついた。
「ノア、これ……!」
「治しきれない。でも動ける!」
エマは止まらない。
崩された姿勢から剣を返し、魔王の腕を浅く裂く。
セリアがその様子を見て、小さく笑った。
「なるほど」
「何が?」
ユナが聞く。
「私なら、傷そのものを残さないようにする」
セリアの視線の先で、ノアが次の治癒を準備している。
「あの子は違う。治しきることより、仲間を止めないことを優先してる」
同じ治癒。
だが、使い方はもう違っていた。
ミナの魔法が飛ぶ。
魔王が正面に障壁を張った。
火球は途中で風へ変わり、障壁の側面を回る。
だが魔王は腕で払い落とした。
「軽い」
「じゃあ、もっと重くする!」
風が土へ変わる。
足元から岩柱が突き上がる。
魔王がそれを踏み砕いた。
その瞬間、エマが低い姿勢から斬り込む。
さらにルーク。
ノアの風刃も混ざる。
4人の攻撃が初めて同時に重なった。
それでも魔王は倒れない。
むしろ。
「悪くない」
魔王の魔力が膨れ上がる。
衝撃波。
4人まとめて吹き飛ばされた。
アルドが障壁で受け止める。
「大丈夫か?」
「……まだ行ける」
ルークが立つ。
エマも、ミナも、ノアも立ち上がった。
だが全員が理解した。
ゼルガとは違う。
今の4人だけでは、まだ届かない。
魔王はアルドたちへ視線を戻した。
「29年前の我なら、今の一撃で傷を負っていただろう」
そして静かに笑う。
「やはり、集めて正解だった」
アルドが前へ出た。
「なるほどな」
「何がだ」
「お前、本当に力だけは馬鹿みたいに上げたんだな」
魔王の眉が僅かに動く。
アルドは杖を構えた。
「じゃあ次は、こっちの29年を見せるか」




