第40話 超えられた
ゼルガは黒い鎧についた血を一度だけ見て、構えを変えた。
もう様子を見る気はない。
「来い」
声が低くなる。
ルークたち4人にも分かった。ここからが本気だ。
「ノア」
「見てる」
ルークが前へ出るより早く、ゼルガが間合いを潰した。拳が顔面へ迫るが、ルークは紙一重でかわす。
「右!」
続く魔力刃はエマへ向かった。
「エマ!」
攻撃が届く前に、ノアの治癒が飛ぶ。
次の瞬間、魔力刃がエマの腕を裂いた。
「っ!」
だが、傷は開いたそばから塞がっていく。
「今のも先に!?」
「来ると思ったから!」
エマは止まらない。崩れた姿勢のまま身体を沈め、低い位置から斬り返す。
ゼルガがかわす。
「ミナ!」
「もうやってる!」
火球が飛ぶ。ゼルガが横へ動くと、火球は途中で風へ変わって軌道を曲げた。さらに着地点の直前で土へ変わり、地面が盛り上がる。
「またか!」
一瞬、足が止まる。
そこへルーク。
拳が黒い鎧へ触れた。
派手な音はしない。鎧も砕けない。
それなのに次の瞬間、ゼルガの胸の奥で衝撃が爆ぜた。
「がっ……!」
巨体が大きく揺れ、口元から血が落ちる。
「……何だ、その一撃は」
「まだ名前ない」
「今そこ!?」
エマが叫ぶ。
ゼルガは笑わなかった。
すぐに反撃へ移る。
狙いはノア。
治癒も先読みも、こいつを止めれば崩れる。
だがノアは逃げず、短剣を投げた。
狙いはゼルガではない。
何もない右前方。
「……?」
ルークの剣を避けたゼルガが、そこへ踏み込む。
ザシュッ!
「っ!」
短剣が太腿を裂いた。
「そこに来ると思った」
さらに風刃。
今度も、ゼルガが動く先へ先に置かれている。
肩口から血が飛ぶ。
ゼルガが方向を変える。
「ミナ、左!」
「了解!」
土壁が立つ。
「エマ、下!」
ゼルガの一撃で体勢を崩されたエマは、立て直さない。そのまま倒れ込む勢いを回転へ変え、地面すれすれから剣を振り上げた。
ザシュッ!
「ぐっ……!」
脇腹に深い傷。
ゼルガが大きく下がる。
まだ自分の方が上。
そう思っていた。
だが、攻撃するたびに対応される。
崩しても止まらない。
追えば先に攻撃を置かれる。
魔法は途中で別物に変わる。
そして、ルークの拳だけは受けても駄目だった。
「……ふざけるな」
ゼルガが一気に速度を上げる。
ルークを抜き、エマの剣を弾き、ミナの術式を力ずくで破る。
ノアへ一直線。
「2秒後、右」
ノアが静かに言った。
ゼルガが拳を振るう。
ノアは半歩だけかわす。
その先。
ルークが待っていた。
「おおっ!」
短い拳。
ゼルガは両腕を交差して受ける。
鎧は壊れない。
その直後。
ドンッ!!
腹の奥で衝撃が爆ぜた。
「がっ……!」
膝が落ちる。
エマが斬り込む。
ミナの術式が火から風、風から雷へと変わり、逃げ道を削っていく。
残った方向へゼルガが踏み込む。
そこには、もうノアがいた。
「……!」
先回りされている。
短剣が肩へ深く入り、続けて至近距離の風刃が炸裂した。
ゼルガの身体が大きく傾く。
それでも立った。
「まだだ……!」
ルークが正面。
エマが右。
ミナが左。
ノアは、次の動きを見ている。
数日前まで。
確かに自分の方が上だった。
それが今は、攻撃を通すために考え、逃げ道を探し、4人の動きを警戒している。
「……そうか」
ようやく分かった。
追いつかれたのではない。
もう、超えられていた。
ゼルガは最後に踏み込んだ。
ルークも前へ出る。
拳が黒い鎧へ静かに触れた。
次の瞬間。
ゼルガの身体の奥で、これまでで最も大きな衝撃が爆ぜた。
「――っ!」
黒い鎧に亀裂が走る。
ゼルガの膝が地面についた。
「終わりだ」
ダリオが低く言う。
ゼルガは答えない。
立とうとする。
だが、もう身体が動かない。
やがて黒い鎧の隙間から、淡い光の粒がこぼれ始めた。
ルークたちは黙ったまま見ていた。
ゼルガがゆっくり顔を上げる。
「29年前」
低い声が響く。
「俺が魔王殺しの4人から退いた理由を、教えてやる」
4人の表情が変わる。
「魔王が討たれた場合、魔王城の中枢封印を解除できるのは、王から直接力を与えられた四天王だけだった」
光が少しずつ強くなる。
「他の3人が生きている保証はなかった。俺まで倒れれば、王が戻る道は閉ざされる」
だから退いた。
あの時だけは、生き残らなければならなかった。
ゼルガの身体が、足元から崩れ始める。
「だが」
その口元が僅かに歪んだ。
「もう遅い」
ミナが息を呑む。
「まさか……」
「封印は、とっくに開いている」
誰も言葉を返せなかった。
ゼルガは最後にルークたち4人を見る。
「……29年前の4人も、厄介なものを残したな」
その言葉を最後に。
魔王軍四天王“黒将”ゼルガは、光の粒となって消滅した。
勝った。
確かに、4人はゼルガを超えた。
だが同時に。
魔王復活への道は、すでに開かれていた。




