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『伝説の英雄たちは田舎で静かに暮らしたい ~25年前に魔王を倒した俺たち、村の子供を普通に鍛えたつもりが全員規格外になっていた~』  作者: オレンジペコ


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第21話 ヴェルガ

 砦から戻ったのは、夕方だった。


 救出した7人の魔族は、そのままギルドの治療室へ運ばれた。


 少女は廊下で待っていた。


 扉が開く。


 最初に出てきたのはノアだった。


「みんな生きてる」


 その一言で。


 少女の肩から力が抜けた。


「……そう」


「重傷だった2人も大丈夫」


「本当に?」


「うん。ユナさんもいるし」


 少し遅れて。


 救出された年配の魔族が出てくる。


 少女が立ち上がった。


「……無事だったのね」


「ああ」


 男も少女を見る。


「お前こそ」


「私は大丈夫」


 短い会話。


 それだけだった。


 だが。


 少女の目は少し赤くなっていた。


 会議室。


 再び地図が広げられる。


 今度は。


 古い砦の内部。


 今日確認できた範囲。


 排水路。


 広間。


 地下へ続く3本の通路。


 捕虜がいた部屋。


「ここまでは確定」


 ダリオが印をつける。


「問題はこの先だ」


「ヴェルガ?」


 ルークが聞く。


「ああ」


 救出された魔族が頷く。


「奴が砦にいるのは間違いない」


「どんなやつ?」


「昔から前線にいた」


「強さは?」


「正面からなら、当時の俺たちじゃ話にならなかった」


「今は?」


「知らん」


 男は正直に答えた。


「29年経っている」


「魔族は人間より長く生きる」


「年を取って弱くなったとも限らん」


 少女も頷いた。


「むしろ強くなっててもおかしくない」


 ルークが少し笑う。


「先生たちみたいに?」


 少女が顔をしかめる。


「比較対象がおかしい」


「最近そればっか言われるな」


「当然よ」


 フィンが聞く。


「ヴェルガは四天王ではないんだよな?」


「違う」


 救出された魔族が答える。


「ただし」


「当時の魔王軍で、名もない兵士が気軽に口を利けるような相手でもなかった」


「つまり幹部」


「そう考えていい」


「戦い方は?」


「近接も魔法も使う」


「得意は?」


「指揮」


 ダリオの表情が少し変わった。


「戦闘力だけじゃない?」


「ああ」


「自分より強い相手とも、正面から戦わない」


「兵を使う」


「地形を使う」


「罠を使う」


「逃げるべき時は逃げる」


「……嫌なタイプだな」


 ダリオが呟く。


「強いやつより?」


 ルークが聞く。


「強い上に頭使うやつの方が面倒だ」


「なるほど」


「だから納得するな」


「何で?」


「お前、ちょっと楽しそうだから」


「そんなことないって」


 エマが横から言う。


「楽しそうだよ」


「……ちょっとだけ」


「やっぱりじゃない」


「それと」


 少女が口を開く。


「ヴェルガが“王が戻る時”を待ってるって話」


 全員が静かになる。


「それ、たぶんただの比喩じゃない」


「根拠は?」


 ダリオが聞く。


「昔の魔王軍には、魔王様を信仰に近い形で見てた連中もいた」


「復活を?」


「そう」


「本当に蘇る方法がある?」


「分からない」


 少女は首を振る。


「でも、魔族の中には昔からそういう話があった」


「魔王は完全には死なない」


「条件が整えば戻る」


「そういう話」


 フィンが眉を寄せる。


「伝承?」


「私はそう思ってた」


「今は?」


 少女が少し黙る。


「旧魔王軍が集まり始めてる」


「ヴェルガみたいな幹部まで動いてる」


「それで“王が戻る時”を待ってる」


 少女の顔が硬くなる。


「全部ただの噂ならいいけど」


「そうじゃない可能性もある」


 ダリオが腕を組む。


「厄介だな」


「先生たちに聞いた方が早くない?」


 ミナが言った。


 一瞬。


 全員が黙る。


 ダリオがミナを見る。


「……それは」


「魔王を倒した本人たちだよ?」


「分かってる」


「なら聞けばいいじゃん」


「分かってるんだが」


 ダリオが頭を掻く。


「何か負けた気がする」


「何に?」


「知らん」


「じゃあ聞こう」


 ルークが立った。


「今から?」


「まだ明るいし」


「村まで遠いだろ」


「明日でいい」


「なら座れ」


「はい」


 ルークが座る。


 少女が小さく笑った。


 翌朝。


 ルークたち4人。


 ダリオたち4人。


 少女。


 合計9人で村へ向かった。


「ダリオさんたち、村来るの初めて?」


 ルークが聞く。


「ああ」


「緊張してる?」


「してない」


 カレンが横から言う。


「してるじゃない」


「してない」


「さっきから剣の柄3回触ってる」


「癖だ」


「嘘ね」


 ユナまで笑う。


「レイさんに会うの怖いんでしょ」


「怖くない」


「じゃあ何で昨日からレイさんの話になると黙るの?」


「剣聖だぞ」


「怖いんじゃない」


「尊敬してるだけだ!」


 エマが少し嬉しそうにする。


「レイ、すごいからね」


「お前は何でそんな普通にしてられるんだ」


「先生だから」


 ダリオが額を押さえた。


「その感覚、未だに分からん」


 村へ着く。


 最初に見えたのは。


 バルクだった。


 屋根の上。


「おー!」


 手を振る。


「帰ったか!」


 ダリオが止まる。


「……勇者」


「屋根直してるね」


 ルークが言う。


「そういう問題じゃない」


 次。


 レイ。


 薪を割っている。


 カレンの足が止まる。


「……剣聖」


「薪割ってるね」


 エマが言う。


「だからそういう問題じゃない!」


 さらに。


 セリア。


 畑の端で。


 転んだ子供の膝を治していた。


 ユナが呟く。


「……聖女」


 ノアが言う。


「今日は軽い怪我だから普通の治癒だと思う」


「普通の治癒って何?」


 最後。


 アルド。


 畑。


 普通に土を触っていた。


 フィンが遠い目をする。


「……大賢者」


「今日も畑だね」


 ミナが言う。


「お前ら本当に慣れすぎだろ」


「お」


 アルドが気づく。


「客?」


「そう」


 ルークが手を振る。


「ダリオさんたち」


「いつも世話になってます」


 ダリオが頭を下げる。


「こちらこそ」


 アルドも普通に返した。


「で」


「何かあった?」


 ダリオが少女を見る。


 少女が頷く。


「ヴェルガって名前、知ってる?」


 空気が。


 少しだけ変わった。


 アルド。


 バルク。


 レイ。


 セリア。


 4人の顔が。


 止まる。


「ヴェルガ?」


 バルクが屋根から降りてくる。


「懐かしい名前だな」


 ルークが聞く。


「知ってる?」


「知ってる」


 レイも薪割りの手を止める。


「前線指揮官」


「面倒な男だったわ」


「強かった?」


 エマが聞く。


「それなりに」


「それなり?」


 少女がレイを見る。


「あなたたちの“それなり”信用できない」


「そう?」


「そうよ」


 ダリオが深く頷く。


「俺もそう思います」


「ダリオさんまで!?」


 ルークが驚く。


「お前らに感染したくないからな」


「何が?」


 アルドが聞く。


「どこで名前が出た?」


 砦。


 捕虜。


 旧魔王軍。


 “王が戻る時”。


 全部話した。


 アルドたち4人は。


 途中から一切ふざけなかった。


「なるほど」


 アルドが言う。


「ヴェルガが動いてるなら」


「噂だけじゃないかもしれないな」


「魔王が戻るって話?」


 ミナが聞く。


「ああ」


「可能なの?」


「分からない」


「先生でも?」


「俺は魔王研究家じゃない」


「倒した本人なのに?」


「倒したことと、生態全部知ってることは別だろ」


「それはそうだけど」


 セリアが少し考える。


「あの時」


「魔王の身体は確かに止まってた」


「生命反応もなかった」


 ノアが真剣に聞く。


「完全に死んでた?」


「少なくとも、私が知ってる生き物なら」


「魔族は違う可能性がある?」


「魔王だけ特別だった可能性もある」


 少女が言う。


「昔からそういう話はあった」


「何が?」


「魔王様は普通の魔族とは違う」


「死んでも終わらない」


「条件が揃えば戻る」


「誰が言ってた?」


「古い魔族ほど信じてた」


 アルドが腕を組む。


「条件か」


「何か思い当たる?」


 ルークが聞く。


「まだない」


「じゃあ調べるしかない?」


「そうだな」


 バルクが聞く。


「ヴェルガとは戦ったのか?」


「まだ」


「部下とは?」


「戦った」


「どうだった?」


 ルークが答える。


「結構強かった」


「勝った?」


「うん」


「何人?」


「18人」


「8人で?」


「そう」


「弟子4人だけじゃないぞ」


 ダリオがすぐ補足する。


「こっちも4人いました」


 バルクが笑う。


「別に責めてねえよ」


「いや、何か誤解されそうで」


「何を?」


「この子らだけで18人倒したみたいに」


 バルクがルークたちを見る。


「できないのか?」


「先生基準やめてください!」


 今度はダリオが叫んだ。


 アルドたち4人が。


 揃って不思議そうな顔をした。


 少女が頭を抱える。


「やっぱりこの人たち駄目だわ」


「それで」


 レイがエマを見る。


「何か新しいことあった?」


「新しいこと?」


「戦い方」


「あ」


 エマが思い出す。


「敵がノアを治癒役だと思って、精鋭6人で狙ってきた」


「へえ」


 セリアが少し興味を持つ。


「ノアは?」


「3人倒した」


「残り3人に押さえられた」


 ノアが少し悔しそうに言う。


「治癒使えなかった」


「そう」


 セリアが頷く。


「じゃあまだ改善できるわね」


「え?」


「3人残ってたんでしょう?」


「うん」


「なら、その3人を捌きながら治癒できるようにすればいい」


「……」


 ダリオが。


 ゆっくりセリアを見る。


「聖女様」


「何?」


「精鋭6人に囲まれて」


「3人倒して」


「残り3人に本気で張り付かれて」


「それでも治癒しろと?」


「必要なら」


「……」


「できないと困るでしょう?」


 ダリオが。


 天を仰いだ。


「分かった」


「何が?」


「この子らがこうなる理由が、ようやく分かった」


 セリアが首を傾げる。


「どういう意味?」


「何でもありません」


 ノアは。


 少しだけ笑っていた。


「じゃあ練習する」


「うん」


「どうやって?」


「あとで考えましょう」


「分かった」


 ダリオが止める。


「待て」


「何?」


「今から練習する気か?」


「うん」


「砦の話は!?」


「あ」


 ノアが止まる。


「忘れてた」


「忘れるな!」


 村に。


 ダリオの声が響いた。


 その頃。


 古い砦。


 地下。


 ヴェルガは。


 戻らなかった部隊の装備を見ていた。


 見つかったのは。


 砕かれた通信具の一部。


 血。


 魔法の痕跡。


 それだけ。


「何人だった」


「侵入者の数は確認できていません」


「こちらの生存者は?」


「ゼロです」


「捕虜は?」


「7人消えています」


「……」


 ヴェルガが静かに目を閉じた。


「強いな」


「人間でしょうか」


「おそらく」


「冒険者?」


「分からん」


 部下が聞く。


「追いますか?」


「いや」


 ヴェルガは即答した。


「こちらを調べている相手に、何も分からないまま兵を出すな」


「では?」


「待つ」


「相手はまた来る」


「なぜ?」


 ヴェルガが笑った。


「捕虜を7人助けた」


「なら」


「残りも助けに来る」


 その目には。


 焦りはなかった。


「次は」


「こちらが選んだ場所で戦う」


 ヴェルガは。


 まだ知らない。


 次に来る若い4人が。


 何者に育てられたのかを。

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