第20話 魔術師を孤立させろ
翌朝。
ルークたち4人は、ギルドの会議室に呼ばれていた。
机の上には、昨日救出した魔族たちから聞き取った情報をまとめた地図が広げられている。
「場所が1つ絞れた」
ダリオが地図の南西を指した。
山の中。
今は使われていない古い街道。
その先に、小さな砦が描かれている。
「ここに、旧魔王軍の連中が集まってる可能性が高い」
「砦?」
ルークが覗き込む。
少女も地図へ近づいた。
「……知ってる」
「行ったことあるのか?」
フィンが聞く。
「29年前にね。元々はもっと古い建物だけど、戦争中は魔王軍も補給拠点に使ってた」
「中は分かる?」
「全部は無理。でも入口はいくつか覚えてる」
少女が指を動かす。
「正門。荷物を運び込む坂道。それと、ここ」
「何?」
「排水路」
「人が通れる?」
「通れる。当時は補給兵も使ってた」
ダリオが頷いた。
「そこから偵察する」
「俺たちも行く?」
ルークが聞く。
「行く」
「よし!」
「ただし」
ダリオが4人を見る。
「目的は偵察だ」
「敵の数を確認する」
「捕虜がいれば場所を確認する」
「救出できるならする」
「無理なら戻る」
ルークの返事が少し遅れた。
「……分かった」
「助けたいのは分かる」
ダリオが言う。
「だから失敗するな」
ルークは頷いた。
「うん」
少女は町に残ることになった。
「私も行ける」
「駄目だ」
ダリオが即答した。
「どうして?」
「お前を連れ戻そうとしてる連中の拠点に、お前自身を連れていく必要がない」
「戦えるわよ」
「戦えるかどうかじゃない」
「捕まったら相手の目的を達成させる」
「……」
少女は少し黙った。
「分かった」
「珍しく素直だな」
ルークが言う。
「あなたと一緒にしないで」
「俺も最近ちゃんと話聞いてるぞ」
「最近なのね」
「そこ拾うなよ」
少女が少し笑った。
昼前。
砦が見えてきた。
崩れかけた石壁。
半分落ちた塔。
草に覆われた外壁。
遠目には、長年使われていない廃墟にしか見えない。
「人いる?」
エマがノアへ聞く。
「いる」
即答。
「何人?」
「……分からない」
ノアが眉を寄せる。
「かなりいる。地下にも」
「地下?」
「多分」
フィンが砦を見る。
「外から見えるより広そうだな」
「排水路を探す」
ダリオが言った。
入口はすぐ見つかった。
だが。
「止まって」
カレンがしゃがむ。
「糸」
ルークが覗き込む。
地面すれすれ。
細い糸が張られている。
「踏んだら?」
「多分、警報」
「解除できる?」
「できる」
少し進む。
また罠。
その先にも。
「多いな」
ルークが小声で言う。
「侵入者が来る前提で作ってる」
ダリオが答える。
「じゃあ排水路使うことも読まれてる?」
「可能性はある」
「帰る?」
「今はまだ進める」
慎重に。
1つずつ解除していく。
やがて。
排水路の先に広い空間が見えた。
石造りの広間。
左右に柱。
奥には3つの通路。
人影はない。
「……嫌ね」
カレンが呟く。
「俺もそう思う」
ダリオが止まった。
静かすぎる。
「戻るぞ」
「え?」
ルークが聞き返す。
「ここは――」
ガンッ!
背後。
鉄格子が落ちた。
「敵!」
エマが剣を抜く。
柱の陰。
左右の通路。
上階。
魔族が次々に現れる。
「囲まれた!」
ルークが剣を抜く。
「固まるな!」
ダリオが叫ぶ。
その直後。
「魔術師を孤立させろ!」
敵の指揮官の声。
地面が光った。
「ミナ!」
フィンが気づく。
だが遅い。
透明な壁が立ち上がる。
ミナだけが。
仲間から切り離された。
「また私?」
ミナが周囲を見る。
壁の外。
4人の魔族。
全員が杖を持っている。
「近づくな!」
「剣を使うぞ!」
ミナの目が少し変わった。
「……知ってるんだ」
前回。
別の部隊がミナを孤立させ。
接近戦へ持ち込んだ。
そこでミナは剣を使った。
その情報だけは共有されていたらしい。
「遠距離から削れ!」
火球。
風刃。
雷。
一斉に飛ぶ。
「《水壁》」
火を消す。
「《土壁》」
風を弾く。
雷。
身体をずらす。
石床が焦げる。
「連続で撃て!」
「魔力を使わせろ!」
正しい。
近づけば剣を使う。
なら遠距離から攻撃し続ければいい。
防御へ魔力を使わせ。
尽きたところを倒す。
前回の失敗を。
きちんと修正している。
「なるほど」
ミナが呟く。
「ちゃんと考えてる」
「余裕ぶるな!」
次の魔法。
防ぐ。
また次。
防ぐ。
「ミナ、持つか!?」
フィンが叫ぶ。
「大丈夫!」
「無理するな!」
「でも」
ミナは壁の下を見る。
完全には床と接していない。
ほんの僅かな隙間。
「これならいける」
杖を床へ。
「《風流》」
風。
攻撃ではない。
床を這う。
透明な壁の下を抜け。
外へ。
「何をした?」
魔族には見えない。
「《転流》」
風向きが変わった。
「うわっ!」
1人の足が滑る。
続けて2人。
3人。
4人。
「今」
術式を切り替える。
「《土槍》」
石の突起。
狙ったのは身体ではない。
4人の杖。
その真下。
カンッ!
杖が宙を舞う。
「なっ――」
「閉じ込めるなら」
ミナが言った。
「下まで塞いだ方がいいと思う」
4人が固まった。
「治癒役を潰せ!」
別方向。
指揮官の声が飛ぶ。
今度は6人。
動きが違った。
装備。
足運び。
魔力の密度。
ダリオの目が細くなる。
「精鋭だ」
狙いは。
ノア。
「ノア!」
ルークが動こうとする。
別の敵が間に入った。
「前衛を止めろ!」
「くそっ!」
6人がノアを囲む。
正面に2人。
左右に2人。
後方。
さらに魔術師が1人。
逃げ道まで。
完全に潰している。
「治癒役だ!」
「長引かせるな!」
「一気に落とせ!」
ノアが短剣を抜いた。
敵の1人が笑う。
「短剣程度で――」
踏み込んだ。
速い。
だが。
ノアは剣を見ていなかった。
肩。
腰。
足。
動き出す前の僅かな変化。
「右」
半歩。
斬撃が空を切る。
ノアの短剣が相手の手首を打つ。
「っ!」
剣が落ちる。
そのまま。
風弾。
膝。
「ぐあっ!」
1人目が崩れた。
「何!?」
「構うな!」
2人目。
背後から槍。
ノアが身体を沈める。
穂先が頭上を通る。
振り返らない。
短剣の柄。
肘。
「がっ!」
腕が止まる。
そのまま足を払う。
倒れたところへ。
風弾。
腹。
2人目。
動かなくなる。
「治癒役だぞ!?」
1人が叫ぶ。
「分かってる!」
「なら何で!」
3人目。
今度は慎重。
剣で追い込む。
別の1人が魔法を重ねる。
逃げ道。
なし。
「左前」
ノアが呟く。
一歩。
魔法をかわす。
剣を短剣で滑らせる。
金属音。
そのまま身体を入れ。
肩をぶつける。
「っ!」
敵が崩れた。
短剣の柄。
顎。
3人目。
倒れる。
残った3人の顔が変わった。
「……3人?」
「治癒役1人に?」
「ふざけるな!」
「本気で行け!」
ここから。
動きがさらに変わった。
1人で仕掛けない。
3人同時。
剣。
槍。
魔法。
連携。
ノアが避ける。
受ける。
短剣。
風。
一歩。
また一歩。
「……きついな」
「何?」
「6人はさすがに」
残った魔族が顔を引きつらせる。
「3人倒しておいて何を言ってる!」
ノアは聞いていない。
右。
避ける。
左。
受ける。
魔法。
前へ出る。
攻撃の隙がない。
治癒を使う暇も。
ない。
それでも。
倒れない。
敵の指揮官が。
その光景を見ていた。
「……おかしい」
治癒役。
それは本来。
守られる側だ。
戦闘力は低い。
だからこそ。
最優先で潰す価値がある。
そのために。
精鋭6人を投入した。
数秒で落とすつもりだった。
それが。
3人やられた。
残る3人も。
ノアを倒しているのではない。
「違う……」
指揮官の顔から。
少しずつ血の気が引く。
「抑えてるんじゃない」
精鋭3人が。
治癒役1人を相手に。
本気で戦っている。
それで。
ようやく。
治癒魔法を使わせていないだけだ。
「こいつ1人に……」
「精鋭が3人も釘付け……?」
その時。
「ルーク!」
エマの声。
ルークの肩。
刃が掠める。
「大丈夫!」
「血出てる!」
「このくらい――」
「《治癒》」
エマの手が光る。
傷が閉じる。
敵の指揮官が。
止まった。
「……何?」
その間に。
カレンの腕にも傷。
「カレンさん!」
透明な壁の中。
ミナが片手を向ける。
「《治癒》」
淡い光。
傷が閉じる。
「……」
指揮官の顔が。
さらに変わる。
ノアはまだ。
精鋭3人に囲まれている。
剣。
避ける。
槍。
短剣で逸らす。
魔法。
地面を蹴って外す。
「絶対に治癒させるな!」
「分かってる!」
「こいつ、隙がない!」
「押し込め!」
3人全員。
必死だった。
ノアも余裕ではない。
息が少し上がる。
腕に浅い傷。
「ノア!」
ルークが敵を弾き飛ばして入ってきた。
「大丈夫?」
「うん」
「腕」
「浅い」
「《治癒》」
ルークの手が光った。
傷が閉じる。
精鋭3人が。
動きを止めた。
「……」
1人が。
ゆっくり周囲を見る。
エマ。
治癒。
ミナ。
治癒。
ルーク。
治癒。
そして。
自分たちが。
6人を投入して潰そうとしていたノア。
「……待て」
声が震える。
「誰が」
誰も答えない。
「誰が治癒役なんだ?」
ノアだったはずだ。
だから。
精鋭6人を割いた。
3人を失って。
残り3人まで完全に釘付け。
それでも。
ようやくノア本人の治癒を止めていただけ。
なのに。
他の3人が普通に治している。
「じゃあ……」
敵の1人が呟く。
「俺たちは何のために……」
指揮官も。
同じことを考えていた。
貴重な精鋭6人。
その半分を失い。
残り半分も使い続けて。
得られた成果は。
治癒役1人に。
治癒を使わせなかった。
それだけ。
「分かるぞ」
ダリオが大剣で敵を押し返した。
「……何?」
「俺も昨日、同じ顔した」
一撃。
敵の盾を弾く。
「こいつらはな」
ルーク。
エマ。
ミナ。
ノア。
「普通の前衛、剣士、魔術師、治癒役じゃない」
指揮官の表情が引きつる。
「4人とも剣を使う」
「4人とも魔法を使う」
「治癒まで4人とも使える」
一拍。
「その上で、それぞれ得意なものがある」
「……そんなパーティがあるか!」
「俺もそう思った!」
指揮官は。
それでも混乱し続けなかった。
すぐに判断した。
「撤退!」
「ですが!」
「ここは捨てる!」
「まだ戦えます!」
「無理だ!」
怒鳴る。
「役割を潰しても崩れない!」
「治癒役を潰すために精鋭6人使って!」
「3人やられて!」
「残った3人で治癒を封じるだけで精一杯だ!」
その声に。
残った魔族たちも顔色を変えた。
「退け!」
「1人でも情報を持ち帰れ!」
煙幕。
土壁。
魔族たちが一斉に動く。
「追う!」
ルークが踏み出す。
「待て!」
ダリオが叫ぶ。
ルークが止まる。
「深追いはするな!」
「でも!」
「この広間にいる連中は」
ダリオの目が変わる。
「1人も逃がすな」
「……」
「こいつらは見すぎた」
ルークたちも。
すぐ理解した。
「右の通路!」
ノアが叫ぶ。
「5人!」
「ミナ!」
「分かった!」
「《土壁》!」
ズンッ!
逃走路が塞がる。
「壊せ!」
「させない!」
フィンの風。
詠唱しようとした魔族の体勢を崩す。
「ルーク!」
「おう!」
一気に距離を詰める。
剣の腹。
1人。
返す。
2人。
エマとカレンが反対側へ走る。
「そっちは任せて!」
「了解!」
逃げ道が。
次々に消える。
「散れ!」
指揮官が叫ぶ。
「1人でいい! 戻れ!」
1人が柱を蹴る。
上階へ。
「左上!」
ノア。
フィンが杖を向ける。
「《風圧》!」
足場から弾き落とす。
その下。
ダリオ。
「悪いな」
大剣の腹。
ドンッ!
気絶。
煙幕。
視界が消える。
「右奥」
ノアが言う。
「まだ1人」
「見えるの?」
ユナが聞く。
「見えない」
「じゃあ何で?」
「呼吸」
ルークが煙の中へ。
「そこ!」
剣がぶつかる。
1度。
2度。
「このっ!」
相手も強い。
ルークが一歩下がる。
「強いな」
「子供が!」
「14だぞ!」
「子供よ!」
エマの声。
「今それ言う!?」
ルークが剣を流す。
敵の体勢が崩れる。
肩。
剣の腹。
ドンッ!
倒れる。
さらに。
倒れていた1人が。
懐へ手を入れた。
小さな筒。
魔力が集まる。
「通信具!」
フィンが叫ぶ。
遠い。
間に合わない。
ノアが手を向けた。
「《風弾》」
小さな風。
パキンッ!
筒だけが砕けた。
「……!」
男がノアを見る。
「お前……治癒役じゃ……」
「そうだけど」
その横。
エマ。
剣の柄。
「はい、寝て」
ゴッ。
男が崩れた。
「壊してよかった?」
ノアが聞く。
「大正解」
フィンが答える。
「よかった」
ノアは安心した。
数分後。
広間が静かになった。
「確認」
ダリオが言う。
カレンが数える。
「18人」
「逃走は?」
「ゼロ」
「通信は?」
フィンが調べる。
「さっきのも含めて全部止めた」
「よし」
ルークが奥を見る。
「この先は?」
「行かない」
ダリオが即答した。
「敵いるよな?」
「いるだろうな」
「なら――」
「逃がさないのと、追いかけるのは別だ」
ダリオが言う。
「この先は構造不明」
「罠も分からない」
「敵の数も分からない」
「ここで勝ったからって、突っ込む理由にはならない」
ルークは少し黙った。
「……分かった」
「よし」
その時。
奥の小部屋から。
声が聞こえた。
「……誰か」
「捕虜!」
ノアが向かおうとする。
「待て」
カレンが先へ出る。
扉。
周囲。
「罠なし」
「開ける」
中。
7人。
魔族。
全員。
拘束されていた。
「生きてる!」
ノアが駆け寄る。
「重傷2人」
「ユナ」
「一緒にやる」
「私も」
エマ。
「ミナも」
「うん」
戦闘が終われば。
今度は4人の弟子のうち3人がすぐ治療へ回る。
ルークは入口の警戒。
ダリオがその姿を見て。
「……便利すぎるだろ」
「何?」
ルークが聞く。
「何でもない」
もう驚くのも疲れてきていた。
少しして。
年配の魔族が水を飲んだ。
「……助けられるとは思わなかった」
「少女と同じ集落?」
ダリオが聞く。
「ああ」
「他にも捕まってる?」
「いる」
「どこ?」
「もっと地下だ」
「人数は?」
「分からない」
「敵は?」
「かなりいる」
ダリオの表情が険しくなる。
「指揮しているのは?」
男の顔が変わった。
「ヴェルガ」
「誰?」
ルークが聞く。
「昔の魔王軍の指揮官だ」
「29年前?」
「そうだ」
「四天王?」
「違う」
男は首を振った。
「だが、前線の部隊をいくつも任されていた」
「強い?」
「強い」
即答だった。
「今もこの砦に?」
「いる」
「何してる?」
「分からない」
「でも」
男は少し迷った。
「何かを待っている」
「何を?」
しばらく沈黙。
そして。
「“王が戻る時”を」
広間が静かになった。
ダリオは地図を見る。
「今日はここまでだ」
「奥の捕虜は?」
「次に必ず助ける」
ルークが奥を見る。
行きたい。
だが。
もう分かっている。
ここで無理をすれば。
助けられる者まで助けられなくなる。
「……うん」
「戻ろう」
敵18人。
全員拘束。
通信具も回収。
この広間で起きた戦いを知る者は。
誰1人。
奥へ戻らなかった。
さらに地下。
「上の部隊から連絡は?」
低い声。
「ありません」
「どれくらい経った」
「予定を過ぎています」
「通信は?」
「繋がりません」
暗闇の奥。
ヴェルガが目を開いた。
「……全滅したか」
「救援を?」
「いらん」
「しかし」
「何が起きたかも分からん場所に、次の兵を送るな」
ヴェルガは立ち上がる。
「相手が誰か」
「何をしたのか」
「まず調べろ」
「はい」
部下が去る。
ヴェルガは。
誰も戻らない通路を見た。
侵入者がいた。
部隊が1つ消えた。
分かっているのは。
それだけ。
「人間か……」
まだ。
彼は知らない。
その部隊が。
たった4人の若い冒険者を相手に。
治癒役1人を止めるだけで。
精鋭6人を使わされたことを。




