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妖精の丘の魔女ファムナッハは悪妻をやめる  作者: 麦色 ろっこ


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常若の国の恋人たち 2

 蝶になったエーディーンは風に乗って飛び続け、実に七年もの間、私がその姿を見ることはなかった。

 その間、陽の光の射しこまない暗い牢の中にいた私は、なんとか飢えを凌げるほどの飲食だけを赦され、喜びの一つとして感じられない日々を送った。


 夫のミデールはエーディーンを探し求めて各地を彷徨い続けていた。

 それでも時折この地下牢を訪れては、憎々しげに悪態をついていった。


 ある日、それまで一度も面会に訪れなかったオェングスが私に会いに来た。

 その顔色の良さ、肌の艶やかさから、全てに恵まれた男神の活力を感じられた。

 まるで悩み事の一つもないような……。

 養母として、幼かった彼に樹木文字を教えたのはこの私。竪琴だって、私が手ずから指南したのだ。


 その私の苦境を放置するばかりか、長く顔を見せにも来なかった酷薄さに溜息が漏れた。

 私はどこで間違ったのだろうか?

 驕りを戒めることなく、赦して褒めるばかりだったため、こんな男に育ってしまったのだろうか?


 そんな私の心も知らず、彼は侮蔑の籠った視線を向けてきた。そして、私の抉られた目元や老いた姿を視界に入れることすら煩わしいと言わんばかりに眉を顰めた。


「まったく……あなたはもっと分別のあるかただと思っていました。嫉妬で人を虫に変えるなど、正気の沙汰とは思えない。

あなたのような人が養母だったと思うと恥ずかしいですよ」


「——七年よ。七年ぶりに会う養母に最初にかける言葉がそれなの?」


 私は、オェングスもまた美しいエーディーンに心惹かれていたことを知っていた。

 ミデールの手前、気持ちをひた隠しにしていたけれど、心を寄せる相手をちっぽけな虫に変えた私に、彼は少なくない怒りを感じていたはずだ。


 それが——目の前の彼からは侮蔑や煩わしさを感じはしても怒りを感じない。

 私は違和感に目を細めた。

 この男のエーディーンに対する執着と、私への情の薄さを考え合わせると——殺意を抱いていてもおかしくないものを……。


 訝しさに、こっそり彼の表情を見守る。


「エーディーンの姿を戻すにはどうすればいいんだ?」


 彼がことのほか何気なさを装ってそう口にしたことに気が付いた。

 もしかしたら……。


「術を解くのよ」


 至極当たり前のことしか口にしない私に苛立ったように、彼は眉に皺を寄せた。


「——呪文を教えろ」


 私はクスッとほくそ笑んだ。


「誰もが術を解けるとでも思っているの? 術を解けるのは私だけよ。この館の地下ではミデールに魔術を封じられているけどね。蝶を捕まえたらこの城に連れてくればいいじゃない?」


「……それができないから言っている」


 私の不遜な物言いにも、爆発せずに彼がそう言うのを聞いて、確信する。


「——あなた、紫の蝶を見つけたのね……?」


 ピク、と彼の肩が震え、歯を食いしばるのを見て、私は笑みを浮かべた。


「私をここから出して。そしてあなたの宮殿に連れて行けばいいわ。私が彼女を人に戻してあげる」


 オェングスは唇を噛み締めた。


「あなたを連れ出せば、父上は激怒するだろうな」


 そう言いながらも、彼は頭の中で秤にかけるように黙ったまましばらく考え込んだ。


「今、ここにミデールはいないわ。彼に知られずにエーディーンをあなたの館に囲うことができるなんて……素敵だと思わない?」


 私が仕掛けた目も眩みそうなその誘惑に、美しい男神が目を細めた。


「——いいだろう。ついて来い」


 ボイニ川沿いに建てられた、オェングスの宮殿は彼が知恵を使って実の父親からせしめた館だ。


 初めて足を踏み入れたその庭園には、色とりどりの花々が咲き誇り、芳しい香りを放っていて、四阿もいかにもエーディーンの好みそうな美しいしつらえだった。


 その四阿に置かれた透明な箱の中に、蜜をたっぷり含んだ新鮮な花々に囲まれて紫の蝶がいた。


「どうやら、この素晴らしい花園そのものが、エーディーンをおびき寄せるための餌だったようね。

ミデールが知れば、それは悔しがるでしょうね」


 そう指摘しただけなのに、オェングスは瞳に剣呑な光を浮かべた。


「余計なことを口にしない方が身のためだ。

エーディーンは昼日中は蝶の姿をしているが、日が落ちれば——人の姿に戻る。

私の神としての権能を使ったからな」


「そう……。なら別にこのままでもいいかしら?」

 揶揄うようにそう言えば、オェングスは顔色を変えた。


「彼女を元に戻せるからといって、図に乗るなと言っているんだ。ミデールに話す素振りを見せようものなら、躊躇わずに息の根を止めてやる」


 私はオェングスの言葉に肩を竦めてみせた。


「物騒ね。ちょっと巫山戯ただけなのに……。

あなたの気持ちはともかくエーディーンはどうなの?

夫の元に戻るつもりはないの?」


「ああ、彼女はここに残ることを選んだ」


 これには堪らず吹き出してしまった……。


「彼女もあなたと同じ気持ちだと言うの? 七年もの間、気も狂わんばかりに彼女を探し求めている夫もいるというのに?」


 内心を隠すように表情を消して黙り込んだオェングスに、すかさず要求した。


「彼女の口から話を聞きたいわ。本心を知りたい」


 その時、計っていたように日が落ちそうになっていることに気付いたオェングスは蝶を箱からとりだした。

 指先で容易く潰れてしまいそうなほど小さな蝶は、オェングスの周りを飛び回った。


 そして、形がぼやけたと思うと、輝きを放ちながら巨大化し、それは蝶の姿からエーディーンの姿になった。


 七年前と同じく美しい容貌を保った彼女はオェングスの背に隠れるように、私と距離をとった。

 その顔には怯えが見える。




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