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第六話 二人目の求婚者

「紅茶をどうぞ。冷めてしまいます」

 しばらくの沈黙が続いた後、フィロメナは言った。

「いただきます」

 ヴィンフリートは一口飲み、目を(みは)った。

「これは――」

 パルツィファルが苦笑した。

「クローネンベルク侯爵家では、このように安物の紅茶は飲まないでしょうが……」

「いいえ、とんでもない。これほどまでに美味しい紅茶を、私はいまだかつて飲んだことがありません」

 心底から本気の台詞にフィロメナは微笑み、パルツィファルは驚き、ルードヴィヒは得意げに胸を反らせた。

「娘は紅茶を淹れるのが得意なのです」

「フィロメナ嬢手ずからの紅茶とは。光栄です」

 ヴィンフリートはもう一口飲んだ。顔がほころぶ。

「美味しいです」

 フィロメナは満足そうに微笑んだ。



 ヴィンフリートが帰り、ルードヴィヒはフィロメナを振り返った。

「姉上、良い方なのではないですか?」

 フィロメナは苦笑した。

「良い方だと、最初から言っているわ」

「それはそうですが、違います。姉上のお相手としても及第点です」

 パルツィファルが笑った。

「及第点か。手厳しい」

「私は姉上には幸せになってほしいのです。生半可な男になど渡しません」

「ルードヴィヒ。お決めになるのは父上よ」

 フィロメナが(たしな)めたが、パルツィファルは首を横に振った。

「いや、私もフィロメナに決めてもらいたいと思っている」

「父上」

 驚くフィロメナに、優しい表情でパルツィファルは言った。

「貴族の婚姻は少なからず政略絡みだ。だが、私とお前たちの母上のように、想い合う夫婦になるのは不可能ではない。お前が、そう思えるような相手と添ってほしい」

「父上――」

 言葉をなくすフィロメナに、パルツィファルは頭を掻いた。

「だが確かに、借金の肩代わりをしてくれる相手との婚姻がありがたいのは事実だ。――不愉快な事実だがな」

「ではやはり、ヴィンフリート殿で決まりでは?」

「ルードヴィヒ。フィロメナが決めることだ。それにまだもう一人の求婚者がいるだろう」

「ゼーベルク男爵」

 フィロメナは小さく口の中でその名を転がした。

 ゼーベルクは、レーヴェンライヒ王国一の商会だ。その若き総帥ディートリヒ。才気煥発(さいきかんぱつ)にして眉目秀麗。その手腕は先代をも超えるという話だ。

 だが、出る杭は打たれるともいう。彼の存在に反発心を抱く貴族が多いのも確かだ。クローネンベルク侯爵はその筆頭とも言えるだろう。即日手を打ち、ヴィンフリートを派遣してきた。

「どんな方でしたか、父上」

 ルードヴィヒの問い掛けに、パルツィファルは少し目を細めた。

「――誠実な男という印象を受けたな。ヴィンフリート殿とはまた違う誠実さだ」

 ルードヴィヒはフィロメナを見た。その視線に気付き、フィロメナは答える。

「明後日にはわかるわ」

 面会の日だ。ゼーベルク男爵ディートリヒが、ブルーメンフェルト伯爵家を訪問する。

 フィロメナは目を細めた。

「どちらの方がより条件が良いか――見極めなくては」

 パルツィファルとルードヴィヒが顔を引き攣らせた。乙女らしいときめきや、胸の高鳴りといった甘いものが一切感じられない。

「姉上は恋愛小説などには興味はないのですか」

「フィロメナ……自分の気持ちに、素直に従ってほしい。一目惚れしたとか、どちらにより惹かれたとか。そういうことで決めてほしいんだが」

 フィロメナは真顔で頷いた。

「そのつもりです」

 本当だろうか。父と弟は顔を見合わせた。



 ブルーメンフェルト伯爵邸に馬車が到着した。黒塗りの四頭立て。華美ではないが機能的な美しさがあった。黒髪の男が降りてくる。

 ゼーベルク男爵ディートリヒ。

 

 ルードヴィヒが応接間に案内した。パルツィファルが迎え、フィロメナが紅茶を出した。

「本日は面会をお許しくださり、ありがとうございます。ディートリヒ・クルト・フォン・ゼーベルクと申します」

 ディートリヒは立ち上がり一礼した。所作が洗練されている。フィロメナは何度か瞬きをした。

「あの、失礼ですが――どこかでお会いしましたか?」

 ディートリヒは少しだけ目を細めた。

「気付かれましたか」

 フィロメナは戸惑い、眉をわずかに寄せた。ディートリヒが整えられた髪を乱し、前髪を下ろした。

「六日間の道中、ご一緒しておりました。その際、マサラチャイをご馳走していただいた男です」

 フィロメナは思い出した。クルトが褒めるとは珍しい。確かそんな台詞だった。

「身分を隠し、職員の仕事振りを見ることがあります。まさかその際にブルーメンフェルト伯爵家のご一家と同道するとは思いませんでしたが」

「私たちの正体に気付いておられたのですか?」

「いいえ」

 パルツィファルの質問に、ディートリヒは首を横に振った。

「あの時は、ただのお忍びの貴族としか」

「貴族ということは気付かれておられたのですね」

「ええ。ブルーメンフェルトの名を聞き、縁者だと。それで、お助けしたいと思いました」

 パルツィファルが眉を寄せた。

「何故?」

「申し上げたでしょう。私はあなたを尊敬しておりますと」

 フィロメナは困惑を隠さなかった。パルツィファルを尊敬することと、フィロメナに求婚することと、どう関係があるのだろう。

「父を尊敬しているから、援助をしたいというのはわかります。ですが――」

 何故それがフィロメナへの求婚に繋がるのか。やはり地位を手に入れたその後は、血筋を手に入れたいのだろうか。だが、そのまま尋ねるのは失礼が過ぎる。フィロメナは言葉を濁した。

「地位を手に入れた商人が、次に求めるのは由緒ある血統。そう言われているのは知っています」

 見透かされたのかと思った。フィロメナは少しだけ目を(みは)った。

「私は商人です。計算は常にある。そう思っていただいて構いません」

 パルツィファルは目を細めた。先日話をした時にも思ったが、ディートリヒは彼が口にする言葉以上に誠実だと感じていた。

 ディートリヒは紅茶を一口飲んだ。

「美味ですが、あの時のマサラチャイには及びませんね」

 ディートリヒはフィロメナを見た。青い海のような眸が、真っ直ぐにフィロメナを射抜く。熱のある視線だった。飲み込まれる。そう思った。

「懐かしい味でした」

 ディートリヒはそっと吐息した。何かを言おうとして、躊躇って、止めた。

 代わりに口にしたのは別のことだ。

「先日、クローネンベルク侯爵家のヴィンフリート殿に求婚されたと耳にしました」

 フィロメナは表情を改める。

「それを承知の上で、私にも機会をいただきたい」

 ディートリヒはフィロメナだけを見つめていた。フィロメナは目を逸らせなかった。

 逸らせたら負ける。何故かそう思った。

 ディートリヒが口を開く。 

「フィロメナ嬢。私の妻になってほしい」

 簡潔で率直。飾りのない言葉は不思議とフィロメナの胸に響いた。

 フィロメナは息を吸い、ゆっくりと吐いた。そしてパルツィファルを振り返る。パルツィファルが頷いたのを確認して、フィロメナはディートリヒに向き直った。

「お返事は、今すぐでなくとも構いませんか」

 ディートリヒは、フィロメナから視線を外さずに頷いた。

「勿論です。ですが、良い返事を期待しています」

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