表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第四話 食卓の作戦会議

 ブルーメンフェルトの食卓にて、三人だけの作戦会議が始まった。紅茶の淡い香りが広がる。

「では、そもそもの始まりからご説明いただけますか? 推察はできますが、答え合わせもしたいので」

「私は何もわかってはおりませんので、よろしくお願いいたします」

 フィロメナとルードヴィヒがパルツィファルを見据えた。パルツィファルは頷いて、語り始めた。

「最初はただの世間話だったんだ」



「ブルーメンフェルト伯爵でいらっしゃいますね」

 王宮の回廊で話しかけてきたのは、濡れたような黒髪で海のような青い眸の男だった。姿勢がよく、所作が洗練されている。顔立ちはひどく整っていたが、表情は控えめだ。

「失礼ながら、貴公は――?」

 その男は丁寧に一礼した。

「初めてお目にかかります。ゼーベルク男爵ディートリヒと申します。以後お見知りおきを」

「噂の男爵とはあなたのことでしたか。しかし、私のことをご存じとは」

 ディートリヒは少し唇の端を持ち上げた。微笑んだようだ。

「あなたのことを尊敬しております。身を削り、領民のことを考えておられる」

「いや、領主として当然のことです」

 パルツィファルは首を振るが、ディートリヒは真顔で反論した。

「その当然のことのできない領主が、この国にどれだけ多いことか」

「これは手厳しい」

 パルツィファルは少しだけ目を(みは)った。義憤。ディートリヒの表情は確かにそう見えた。

「失礼」

 ディートリヒは咳払いをする。

「貴族というだけで、その地位に胡座(あぐら)をかいているだけの者が許せぬもので」

「清廉な方なのですね」

「いいえ、それはあなたのような方のことだ。商人は善人では務まりません」

 ディートリヒは少しだけ目を細めた。猛禽類のようだ。パルツィファルは少しだけ背筋に冷たさを感じた。

「ですから、あなたに取り引きを持って参りました」

 パルツィファルは目を瞬く。突然の話題の転換に思えたのだ。

「取り引き、ですか」

「はい。――ブルーメンフェルト伯爵家は、多額の負債を抱え、困窮しておられると聞きます。そのことについて、援助を申し出たい」

 取り引きと言いながらも、ディートリヒの眼は誠実で曇りがなかった。続く言葉をある程度は予想しつつ、パルツィファルは先を促した。

「そう仰るからには条件があるのですね」

「はい」

 ディートリヒは頷く。

「ご息女に、求婚の許可をいただきたいのです」



 フィロメナは眉を寄せた。

「求婚の許可ですか。それは何とも――」

 言葉を探すが、丁度良いものが見つからない。ルードヴィヒが憤慨した。

「何ですか、許可って!」

「いや、確かにそう言われたんだよ、ルードヴィヒ。私も驚いたけれどね」

 パルツィファルは肩をすくめた。

「それから続くだろう言葉は聞けなかった。クローネンベルク侯爵が現れたからね」



 カツンという杖の音が、大きく回廊に響いた。

「会話に割り込む無礼を許されよ。――いささか聞き捨てならぬ言葉を聞いた」

 白髪混じりの黒髪に、冷徹な灰色の眸。どこか鷲を思わせる容貌。

「クローネンベルク侯爵」

 パルツィファルが会釈し、ディートリヒは目を細めた。空気が一気に圧を増した気がした。

「ブルーメンフェルト伯爵。ご息女には、相応しい相手が望ましい。我が甥など如何(いかが)だろうか」



「クローネンベルク侯爵の甥というと――ヴィンフリート様、ですか」

 フィロメナが吐息した。

 そもそもヴィンフリートはこの縁談を知っているのだろうか。フィロメナと同じように、今頃は寝耳に水で驚いているかもしれない。

「ヴィンフリート殿とは親しいのか?」

「いいえ。何度か宴席でお会いした程度です。ですが父上もご存じのように――」

 パルツィファルは頷いた。

「クローネンベルク侯爵家のヴィンフリート殿といえば、誠実な人柄で知られているな」

「はい」

 頷くフィロメナに、ルードヴィヒが視線を向ける。

「そうなのですか?」

「ええ。良い方よ。いつも麗しい花々の視線を集めていらっしゃるわ」

「では、姉上はヴィンフリート殿を慕っておられる……?」

 フィロメナは苦笑した。

「良い方なのは確かだけれど、そういう風に考えたことはないわね」

 フィロメナは目を細め、ヴィンフリートのことを思い出した。鳶色の髪、黒に近い緑色の眸。

 かつて一度だけ、踊ったことがある。

「確かヴィンフリート様は、クローネンベルク侯爵の弟夫妻の息子で、幼い頃に両親と死別なさったのでしたね」

「そうだ。それから伯父である侯爵殿に引き取られ、養育されてこられた。侯爵家の血筋にして騎士。それでいて容姿端麗で誠実。彼に多くの縁談が寄せられていることは、王都に住む年頃の娘ならば誰でも知っていることだな」

「随分と大仰な方ですね。私は知りませんけど」

「ヴィンフリート様ならば、私よりも条件の良い相手などいくらでもおられるでしょうに……」

 溜め息を吐くフィロメナに、ルードヴィヒが鼻息荒く反論した。

「姉上に相応しい素晴らしい男など、そうそうおりません!」

 フィロメナとパルツィファルは、顔を見合わせて苦笑した。

()き遅れの、しかも借金まみれの娘を貰ってくれる酔狂な殿方、の間違いではないかしら?」

「どう足掻いても、我が家は没落寸前だからな」 

「だとしても!」

 ルードヴィヒは(テーブル)を叩いた。カシャンと食器が音を立てる。

「姉上に不幸な結婚を強いるなど、私には許せません!」

 泣きそうなルードヴィヒに、フィロメナはそっと微笑んだ。

「ルーイ。不幸になると決めつけないで」

 愛称で呼ばれ、ルードヴィヒは口を歪めた。子供っぽいからやめてくれと言っているのに。

「私は私の力で幸せを勝ち取ってみせるわ。それに貴族の婚姻は多かれ少なかれ、家同士の思惑が絡むのは、あなたも理解しているでしょう?」

 ルードヴィヒの眸が揺れた。

「ですが……! 納得いきません……!」

 理解できることと、共感できることは違う。ルードヴィヒは、まだ潔癖な少年だった。

「私がこの年齢まで婚約もせず、自由にしてこられたのは父上のおかげよ。感謝しているの。だからこそ――」

 フィロメナはパルツィファルを真っ直ぐに見た。

「ブルーメンフェルト伯爵家が最大の利益を得る道を選びたいと、私は思っています」

 ゼーベルク男爵か、クローネンベルク侯爵家か。どちらを選んだ方が得なのか。フィロメナは知恵を振り絞り、よりよい道を選ぼうとしている。

 資源をどう配分すれば、自分たちの立場がより強固になるかを常に計算している戦略家。――その点で、貴族と商人は、よく似ているかもしれないとパルツィファルは思った。


「――今宵はひとまずここまでにしましょうか。ゼーベルク男爵も、クローネンベルク侯爵も、すぐに返答を求めることはないでしょう」


 フィロメナの言葉にルードヴィヒは首を傾げた。

「なぜそう思うのですか?」

()いては事をし損ずると昔からいうからね」

 パルツィファルが頷いた。

 だが、好機逸すべからず、という言葉もある。

 ブルーメンフェルト伯爵家の三人は冷静に見えて、やはり動転していたのだろう。そのことわざを、すっかり失念していたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ