第二八話 輪栽式農法
次に巡察するのはアルトドルフという村だ。そこでパルツィファル一行と落ち合う予定になっている。
「父が実験的なことをしている村で、スヴェンという書記官が常駐しています」
「例の小麦の開発ですか?」
「それは別の村ですが、ここでも栽培はされています。アルトドルフの特徴は、輪栽式農法を行なっていることです」
「輪栽式……ああ、アルベリオン王国で推奨されているという」
アルベリオン王国は 西方海洋に浮かぶ島国だ。温暖湿潤だが霧が多く、丘陵と牧草地が広がっている。羊毛と牧畜、農業改革で名を上げている国でもある。
「はい。休耕地を少なくする農法です。――反対意見も多いですが」
休耕地を減らすということは、土地を枯らすということだ。フィロメナは、そう声高に批判されたことを思い出した。そうではないのだと証明するには、結果がいる。そしてそれは一度で終わってはならない。継続的な効果を出し続けなければ。
馬車の窓からはきれいに刈られた牧草地と、干草の束が見えた。羊が群を成して移動している。赤詰草の赤が波打つように草地を覆い、穂を垂れた大麦が風に揺れていた。
「良い村ですね」
「はい。――そうであると良いと、思っています」
馬車を停めると、羊飼いの少年が走り寄って来た。
「フィロメナ様だ!」
「トーマス、大きくなったわね。もうひとりで羊を任されているの?」
「そうだよ! こいつが相棒のロッテ。頭良いんだよ。羊はみんな、こいつの言う事聞くからさ」
トーマスは一頭の山羊を指し、歯を見せて笑った。羊の群れに山羊を一頭入れておくと、羊たちの管理が簡単になるのだ。
「そう、ロッテ。偉いわね」
ロッテは得意気に一声鳴いた。
「スヴェンはどこにいるかしら」
「パルツィファル様が来るから出迎えに行ったよ。西門」
「そう、ありがとう」
ギーゼラが馬車から降りてきた。
「旦那様はもうお着きだとか」
「そうみたいね。中央広場で落ち合えるかしら」
「あ、見えましたよ、旦那様とスヴェンです」
パルツィファルが手を振っているのに振り返し、フィロメナはディートリヒを振り返った。
「スヴェンは父の命でアルベリオン王国に留学して、輪栽式農法を学んできました」
ディートリヒは目を丸くした。
「ブルーメンフェルト伯爵は、本当に凄い方ですね。ゼーベルク商会に引き抜きたい程です」
フィロメナは得意気な表情になり、次いで苦笑に変わった。遠くに父を見ながら、こっそりと囁く。
「先見の明はありますが、父に商才は無いので」
ディートリヒも苦笑を返した。先が見えるからこそ投資を惜しまないが、その分の見返りは十分に考えないのだろう。
「やあ、道々どうだったね」
「概要はこちらにまとめてあります。報告は後程」
生真面目に帳面を差し出すフィロメナに、パルツィファルは少しだけ眉を下げて笑った。
「いや、巡察のことではなく。二人とも距離は縮まったかな?」
ディートリヒは視線を逸らし、フィロメナは俯いた。二人ともわずかに耳が赤い。
「結構、結構」
パルツィファルは上機嫌だ。
ギーゼラは隣のバルトロメを肘で小突いた。
「いて。何だよお嬢さん」
バルトロメは律儀に身体を傾けて、ギーゼラの口元に耳を寄せた。
「お二人の距離が近付くようなことって、ありましたっけ?」
「馬車の中で親睦を深めたんじゃないか? 気の利いた会話ができるような男じゃないんだけどな、うちの総帥」
「うちのお嬢様もそういう話題は疎いんですが」
「……あー。似た者同士」
「馬車の中で接吻くらいしててもいいと思うんですけど」
「無いな」
「ですよねー」
バルトロメは改めてギーゼラを見た。
「お嬢さん、意外と砕けた感じだな。フィロメナ嬢とはだいぶ違う」
「そういうあなたも、ゼーベルク男爵とは全然」
改めて見つめ合い、ギーゼラとバルトロメはどちらともなく手を差し出した。
固く握手。
「もう少し進展してもいいですよね」
「婚約者同士だものな」
「協力を申し出ます」
「承った」
そして、奇妙な同盟がここに成立したのだった。
◇
アルトドルフ村の会議所。
「皆様既にご存知かと思いますが、確認のためご傾聴ください」
スヴェンが生真面目に立ち上がり説明する。
「輪栽式農法は小麦、根菜、大麦、赤詰草の順に農地を循環させます。休耕地を減少させ、地力の回復を重視しております」
村長が頷いて付け足した。
「赤詰草は地力回復用ということで、土へ養分を戻すために栽培しております。蜜蜂飼育の蜜源にも使えますし、なにより家畜飼料になる」
「放牧した家畜の糞を肥料とし、積極利用。凶作耐性を高めるのが最終的な目的です」
パルツィファルが頷いた。
「今の時期は放牧地整理の段階だな」
「その通りでございます」
ヘルプスタの大祭の時期は、牛や羊を高地の夏草地から戻し始め、冬支度が開始される。この時期特に重要なのが乾草作りだ。ここは冬の家畜の生命線となる。
「続いて、徐々に羊たちを家畜舎へと移動させます。家畜病の確認もこの時期に徹底します」
「――羊が冬を越せれば、畑もまた春を越える。だったか?」
パルツィファルの言葉にスヴェンが頷いた。
「その通りでございます、旦那様。アルベリオンの農耕の師もそう言っておりました」
要点を書き留めながら、フィロメナが言った。
「父上。やはり、ルードヴィヒも同席させた方がよかったのでは?」
「そうだな。だが、今回ルードヴィヒには次期当主としての役目を負ってもらった。オットーとグスタフがついているからな。心配はない」
「プフルークハイムでの農具開発の件ですか?」
「そうだ。ディートリヒ殿にも、商人の目からの意見をお聞きしたいところだが……」
「でしたら、ゼーベルク商会から適任者を派遣いたしましょう。私よりはお役に立てるかと」
「農具の開発ですと、造船・港湾開発の者が良いでしょうか。選任は統括部長のカルロに任せますか?」
「そうだな」
ディートリヒとバルトロメの間では、小気味良い調子で話が進む。長年に渡る信頼の賜物だろうか。
パルツィファルが満足そうに頷いた。
「やはり、有能な若者たちとの会話は良いな。流れるように話が進む」
「そうですな。スヴェンさんは頭が良い。輪栽式農法についても、わしらに分かるように噛み砕いて、何度も根気強く説明してくれた」
アルトドルフの村長も頷く。
「わしらはスヴェンさんを返すのが、今から惜しくて仕方がないんです。このまま嫁でも貰って、ずっと村にいてもらいたいもんです」
「村長、ありがたいですが、私はブルーメンフェルト伯爵家の書記官ですから」
「わかっとる。わかっとるよう。じゃが、惜しいなあ」
会議所の扉が叩かれた。顔を覗かせたのは村娘だ。
「あのう、村長。そろそろ、宴の席が整いましたけんども」
「そうか。ありがとうよ、クララ。それでは皆様、この村特産の蜂蜜をご堪能くだされ」
クララはスヴェンを見つめ、軽く片目を瞑ってみせた。目敏くギーゼラが二人を交互に見る。
「成程、嫁でも貰って――ねえ」
「――何ですか、ギーゼラさん」
「いやいやいや、スヴェン。あなたも中々隅に置けないようで」
「はあ?」
スヴェンは一向に理解していないようだ。ギーゼラはこっそりとクララに声援を送った。
頑張れ! 恋せよ乙女!
「ギーゼラ?」
「お嬢様もですけどね」
フィロメナは何度か目を瞬いた。意味がわからない。
「いえいえ、こちらの話です。お気になさらず」
ギーゼラの一人合点はいつものことだ。




