表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/47

第十五話 婚姻の裁可

 謁見の間。

 レーヴェンライヒ国王ヴィルヘルムと王妃ローゼマリアが玉座についた。

 パルツィファルが進み出て、(ひざまず)く。

「陛下、ブルーメンフェルト伯爵パルツィファルより、申し上げたき儀がございます」

「申せ」

「我が娘フィロメナの婚姻について、御裁可をいただきたく存じます」

 貴族たちがさざめいていた。

「遂に決定か――」

 貴族同士が婚姻関係を通じて団結し、王家に反抗する同盟を結ぶことを防ぐため、裁可が必要だった。 

 国王ヴィルヘルム・バルドウィン・フォン・グロリア・エーヴィヒカイトは、ゆっくりと視線を巡らせた。

「誰と(めあわ)せたいのだ?」

「ゼーベルク男爵ディートリヒにございます」

 クローネンベルク侯爵アルブレヒトは、即座に異を唱えた。

「申し上げます」

 ヴィルヘルムは頷いた。

「ゼーベルク男爵は、つい先頃貴族になったばかりの新参。そのような者が、仮にも七大貴族の一角と婚姻を結ぶのは如何(いかが)なものかと考えます」

 アルブレヒトは声を張る。

「これは、私見に(あら)ず!」

 幾人もの貴族が頷いた。同意の声が上がる。王弟クラウスもその内の一人だ。そして七大貴族であり、王家の分家でもあるヴァルデンブルク公爵ゴットフリート老もまた。

 年配の者の反対が多い。そして、歴史ある家名を誇る者。伝統と格式を重んじる者たちだ。

 ヴィルヘルムは玉座に肘をつき、隣に座す王妃ローゼマリア・ペルレを見た。

「――王妃よ、どう思う」

 ローゼマリアは七大貴族の一角、リンデンシュタイン侯爵家の出だ。現リンデンシュタイン侯爵ローデリヒとは双子の兄妹に当たる。

 ローゼマリアはたっぷりと視線を集め、ぱらりと優雅に扇を開いた。

「良いのではないですか」

 口元を覆い、微笑む。

「伝統は大切です。守らねばならぬもの。ですが――レーヴェンライヒに新しい風が吹くのも、また良きことかと」

 ヴィルヘルムは鷹揚(おうよう)に頷いた。

「では、ブルーメンフェルト伯爵パルツィファル」

「は」

「そなたの娘フィロメナと、ゼーベルク男爵ディートリヒとの婚姻を許そう」

 場がどよめく。

 パルツィファルはこっそりと、安堵の溜め息を吐いた。

「ありがたき幸せにございます。ブルーメンフェルト伯爵家は未来永劫、陛下に変わらぬ忠誠を捧げましょう」

 アルブレヒトは静かに(こうべ)を垂れながらも、強く唇を噛んだ。

 

 王が認めた。

 ゼーベルクが、新しい力として台頭することを。



 ディートリヒの行動は素早かった。

 即日ブルーメンフェルト伯爵家の負債を完済した。

 用意万端(おこた)りなく。王国各地にゼーベルク商会の使者が派遣され、すべての借金に利子を付けて返済したのだ。

 また情報網を駆使し、各地に散った元ブルーメンフェルト家の使用人たちを再び雇い入れた。王都別邸だけではなく、ブルーメンフェルト領本邸についてもだ。

 ブルーメンフェルト伯爵家は、また昔のような賑やかさを取り戻しつつあった。

 フィロメナの前では、別邸執事のルドルフが大いに張り切って差配している。だが、彼はそろそろ引退を考える年齢だ。無理をしないといいのだけれどと思う。

 だが、戻ってきた使用人たちが、生き生きと嬉しそうに働く姿は誇らしい。

 ディートリヒがあちこちと目を配ってくれていた。それでいて、パルツィファルの邪魔はしない。

 立ち位置を(わきま)えている。

「まだ婚約期間中ですのに、よろしいのですか……?」

 フィロメナの戸惑いながらの質問に、ディートリヒは迷わず頷いた。

「商人には迅速な行動力が必要です」

 顧客の要望に迅速に応えることは信頼に繋がり、長期的な利益を生む。

「先代の教えです」

 そして自分だけでなく、相手にも利益をもたらすことで、社会を豊かにすることを良しとしていた。

「ディートリヒ様は、やはりレーヴェンライヒ王国一の商人なのですね」

「少し違います」

 ディートリヒは薄く微笑む。

「アウレリア大陸一を目指しています」

 フィロメナは目を瞬き、花が綻ぶように笑った。



 クローネンベルク侯爵家王都別邸。

 アーデルハイドは溜め息を吐いた。

 父は静かに、けれど燃えるように怒っているし、従兄妹(いとこ)は打ちひしがれている。

 無理もない。

(ゼーベルク男爵はそんなに魅力的なのかしら。今度聞いてみよう)

 フィロメナは、何故ディートリヒを選んだのか。何故、ヴィンフリートは選ばれなかったのか。

 純粋に疑問だった。

 客観的事実として、ヴィンフリートは理想の結婚相手だと思う。見目も良く、性格も良い。フィロメナとは身分も釣り合っているし、騎士であるから物理的に奥方を守ることができる。そして――

(フィロメナ嬢に首ったけなのよね)

 口説き落とせなかったヴィンフリートが悪いとは思いつつも、クローネンベルク侯爵家が振られたことは不愉快だ。

 フィロメナのことだ。計算に計算を重ね、ブルーメンフェルト伯爵家に最良の道を選んだのだと思う。

 実際、死に瀕していた伯爵家は、今や蘇りつつある。見事な手腕だと言わざるを得ない。果たしてフィロメナがヴィンフリートを選んでいたとして、ここまで素早く立て直せたかは疑問だ。

(――無理ね)

 アーデルハイドは父を見た。アルブレヒトがブルーメンフェルト伯爵家を積極的に救う理由がない。寧ろ生かさず殺さず、飼い続けようとしただろう。

 

 娘の視線の先、アルブレヒトは静かに目を閉じていた。とにかく不愉快だった。

 アルブレヒトはフィロメナを買っていた。その聡明さに一目置いていた。認めたくはなかったが、手駒のひとつに置きたかった。

 いや、違う。

 あの令嬢は駒にはならない。盤を見、駒を動かす側だった。だからこそ、手に入れたかった。そうすればクローネンベルク侯爵家の次代は、盤石となるはずだった。

 それを、よりにもよってゼーベルク男爵に奪われた。

 ディートリヒとフィロメナが組めば、恐ろしいことになる。ディートリヒ一人でも、十分以上に厄介な存在だったというのに。竜に翼を得たる如しだ。

 不甲斐ない甥を見遣り、アルブレヒトは口をわずかに歪めた。


 ヴィンフリートはこの世の終わりのような気持ちでいた。どん底だ。

 フリューリンゲとリーベリアにそっぽを向かれたのに、冬のヴィンタリアには見つめられているようだった。 

 好いた令嬢に選ばれなかった。

 伯父の期待に応えられなかった。 

 たとえ王国中の女性に憧れられたとして、想う相手に振り返ってもらえなければ、無意味だ。

 ヴィンフリートは昏い目をしていた。

(力尽くで奪えば、彼女は私のものになっただろう)

 だが、そうして手に入れたとして。フィロメナは心から笑ってくれることはないだろう。

 ヴィンフリートは長く苦く、溜め息を吐いた。

 ――それでも、今でも。

 ヴィンフリートはフィロメナを想っていた。彼女の力になりたいと、心底思っていた。

 フィロメナがゼーベルク男爵夫人となっても。

(愚直な道化師で構わない――騎士として真心を尽くすだけだ)

 伯父は、クローネンベルク侯爵家はゼーベルク男爵と対立するだろう。ディートリヒは、これまで幾多の貴族たちが積み上げてきた秩序を崩す存在だ。革新力の塊だ。

 その隣に立つフィロメナも、きっと困難に直面する。彼女を守るのは夫であるディートリヒだ。それは揺るがない。

 だが、とヴィンフリートは思った。

 二人の前に立つ、風除けくらいになら、なれるのではないかと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ