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第十一話 縁談の行く末

 王国歴五〇三年四月。季節の上では春だが朝晩は冷え込み、寒暖差が激しい。

 アーデルハイドのブルーメンフェルト伯爵邸襲来が三月の初旬。それからひと月程が過ぎた。

 そして今日。伯爵邸にフィロメナの新しいドレスが届けられた。

「お礼の(カード)と、訪問のご都合を伺う手紙を書かねばならないね」

 パルツィファルは、新しいドレスを手に取ったフィロメナに微笑みかけた。

「まさかアーデルハイド嬢と友人になるだなんて、思いもしなかったよ」

「友人ではなく知人です。――まだ」

 控え目に訂正するが、その表情は微妙だ。彼女との関係を何と呼んだらいいのか、フィロメナは戸惑っていた。

「何ていうか……すごい人でしたね、アーデルハイド嬢」

「そうね」

 文句をつけに来たのに、贈物をして帰っていった。再会の約束を取り付けてだ。

「確かにゼーベルク男爵だけを訪問して、ヴィンフリート様を(ないがし)ろにしているように見えたということなのだから、良くないわ。公平にしなくては」

「お前の気持ちひとつなのだから、公平でなくとも構わないんだよ」

「そういうわけにもまいりません」

 フィロメナは溜め息を吐いた。

「私の縁談、思っていた以上に大事(おおごと)になっているようですから……」



 ゼーベルク商会王都館、執務室。ディートリヒはいつものように書類の山に囲まれていた。

「男爵。郵便関連で報告が幾つか」

 ゼーベルク商会総支配人のハインリヒ・シュヴァルツが淡々と告げた。

 ディートリヒは顔を上げることなく頷く。

「エストラヴィア王国との国境近くで山賊が出ました。運搬に支障が出ています」

「エストラヴィアに討伐依頼を」

「既に出しております。こちらからも援助を申し出ました」

「よし」

 レーヴェンライヒ王国だけでなく、近隣諸国に至るまで。アウレリア大陸には郵便網が広がっている。各国の援助を受けた中立的存在だが、その存続に大きく貢献しているのがゼーベルク商会であった。

 さらに幾つかの報告を、ディートリヒは書類に目を通しながら聞いた。最低限の指示だけで十分だ、後は幹部たちが上手く取り計らう。署名をし、新しい書類を手に取った。

 

「ブルーメンフェルト伯爵家のフィロメナ嬢から、クローネンベルク侯爵家のアーデルハイド嬢に手紙が送られました」

 

 ディートリヒは手を止めた。

 貴族同士の遣り取りは、それぞれの使用人が使者として手紙を運ぶのが通常だが、ブルーメンフェルト家に使用人はいない。

「手紙の内容は機密だ。まさか覗き見たりしていないだろうな」

 ハインリヒは少しだけ不満を表情に出した。

「いや、すまない。お前がするわけがない。だが(はや)った下の者が暴走しないとも限らない」

「承知しております。内容はドレスの礼と訪問日の確認だと思われます」

 ディートリヒは半眼になった。

「見たわけではありません。事実に基づく推察です」

「――優秀だな、ハインリヒ」

「当然です」

 ハインリヒは眼鏡の縁を押し上げた。

「さらに報告です。レーヴェンライヒ王妃殿下より、ベルヴァロワ王国に嫁がれました第一王女――今はベルヴァロワ王妃のエルーシア様への贈物を選びたいとのこと。第二子を妊娠なされたそうです」

 ディートリヒは頷き、先を促した。

「アルタリア大公への督促状を出します。今月も返済の目処は立たぬ模様」

「利息分だけでも取り立てろ。――確か良い鉄鉱山があったな。物品でも構わんと添えろ」

「畏まりました」

 ハインリヒはじっとディートリヒを見つめた。

「何だ」

「フィロメナ嬢に贈物はなさいませんので?」

「――却って気を遣わせてしまう」

「いっそ食糧支援か人員を派遣しては如何でしょう」

 ディートリヒが不穏な光を目に宿した。

「冗談です」

「お前でも冗談を言うんだな」

 ハインリヒは長く息を吐いた。

「男爵が手をこまねいているのが歯痒いのです。さっさと陥落(おと)しておしまいなさい。口説き文句のひとつくらい言えるでしょう。――何年も練習してきたのですから」

 ディートリヒは目を覆って、顔をうつむけた。

「――傷付けたくない。どうやって近付いたらいいのか、わからない」

「重傷ですね」

 普段の無表情が嘘のようだ。まるで初めて恋をする少年。ハインリヒは眼鏡の縁を押し上げた。

「ささやかな茶会でも開いたら如何ですか」

 そのくらいならできるだろう。

 言外にそう言われて、ディートリヒは、指の隙間からハインリヒを睨み付けた。



「フレッド! フィロメナ嬢が来るわよ」

 アーデルハイドの大声に、剣の稽古中だったヴィンフリートは構えを崩した。

「アデル、驚かせるな」

 危うく自分の脚を斬りつけるところだ。剣を鞘に収め、ヴィンフリートは汗を拭った。風はまだ冷たい。怠れば風邪を引く。

「で? 何故フィロメナ嬢が来るんだ」

「言ったでしょう? ドレスを贈ったから着て見せてって約束したって」

「――冗談ではなかったんだな」

「優しい従兄妹(いとこ)に感謝なさい。いい、とにかく褒めるのよ。フィロメナ嬢は押しに弱いわ」

 ヴィンフリートは溜め息を吐いた。

「……アデル。私はフィロメナ嬢に無理強いをしたくないんだ」

「それで、横から()(さら)われても構わないの?」

「……」

 アーデルハイドは目を細めた。

「恋も戦も。最後に勝てなければ意味がないのよ、ヴィンフリート」



 城下町の至る所で、楽しげに交わされる会話。

「どっちに賭けた?」

「俺は男爵」

「私はヴィンフリート卿」

 どちらの方が良い男だとか、どちらの方が金があるとか、地位と権力とどちらがいいかとか、フィロメナの好みはどうだとか――。

 当人たちの気持ちを余所(よそ)に、大勢が三人の行く末を、固唾を呑んで見守っていた。

 賭けの対象として。

 

 市井の人々ばかりか、宮廷でも噂の的だ。

 もっとも、そこで交わされる会話は冷徹なまでに政治的で、どす黒い。過熱しすぎれば、クローネンベルク派とゼーベルク派に二分されそうな雰囲気だった。

 伝統を重んじるクローネンベルク派。

 新しい考え方を受け入れるゼーベルク派。

 王家エーヴィヒカイトも、内部分裂の危機に瀕していた。王太子妃と第二王女がゼーベルク男爵を推しているのに対し、王弟はクローネンベルク派だ。王弟妃はクローネンベルク侯爵アルブレヒトの妹であるから当然の流れとも言える。

 さすがに国王夫妻は沈黙を守っていた。

 

 ――表向きは。

 

「王太子妃はエストラヴィア気質で自由だからな。アマーリエも、あの年頃ならば恋物語は好きだろう」

 王太子妃は四年前、エストラヴィア王国より嫁いできた。アマーリエは第二王女の名だ。

「クローネンベルクとゼーベルクと。陛下はどちらの方が良いと思われますか?」

 レーヴェンライヒ王妃ローゼマリアは夫にそう問い掛けた。

「どちらでも構わぬ」

 国王ヴィルヘルムは小さく笑う。

「どちらもの派閥が切磋琢磨し、その結果が国家のさらなる発展に繋がればな。――だが」

 ヴィルヘルムは一拍置いて、呟いた。

「そのような些事を原因として、国が割れるのは望ましくない」

「話題にして盛り上がるだけならば、楽しくて良いのですけれどね」

 呑気なことを言ってのける妻が、実は冷徹な政治家でもあることを、ヴィルヘルムはよく知っていた。

「――ブルーメンフェルトか。あの家は代々変わり者が多い。だが、慕われ、好かれ、守られる。人柄が良いのは、貴族として欠点にもなり得るが……」

 ローゼマリアはにこやかに微笑んだ。

「その娘は、どのような答えを出すのでしょうね。楽しみですわ」

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