表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

第十二話 直接の問い掛け

 クローネンベルク侯爵邸。(テーブル)を囲んで三人が談笑していた。

 アーデルハイド、ヴィンフリート、そしてフィロメナである。

 最初はどうなることかと思ったが、和やかなものだ。ヨランダは取り敢えずはほっとしながらも、緊張を解くことはなかった。アーデルハイドがまた、何を言い出すかわからないからだ。

「では、質問なのだけれど。紅茶はそのまま飲むのが正しいの? それとも牛乳(ミルク)香辛料(スパイス)を入れるのが?」

「紅茶の産地や時期、淹れ方にもよりますが、最終的には好みでよろしいかと」

「リリア・マルタ様は、香辛料と砂糖をすごく入れていらしたわ」

「王太子妃殿下はエストラヴィア出身の方ですから、濃いめのお味をお好みなのでしょう。紅茶文化に関しては、あちらの方がレーヴェンライヒよりも古いです。ですから、エストラヴィア風が正しいとされる傾向があります」

 ですが、とフィロメナは紅茶茶碗(ティーカップ)を傾けた。

「茶葉によって、淹れ方を変えた方が美味しいと、私は思っております。何も加えず、本来の味や香りを楽しむ。それもまた、紅茶の飲み方のひとつなのではないかと」

 アーデルハイドは頷いて、先を促した。

「例えば今回はカムル地方の夏摘みなのですが、この場合は薄めに淹れてそのままで飲むと、水辺に咲く花のような清々しい香りが引き立ちます。また、濃いめに淹れて牛乳を加えると、甘くまろやかになります」

「お砂糖は?」

「それも好みですね。ですが香辛料を入れた場合は、お砂糖なしでは苦みが強調されてしまいますが」

 ヴィンフリートはさっきから黙ったまま、フィロメナとアーデルハイドの会話を優しく眺めている。

「ちょっとフレッド。あなたも何か喋りなさいな」

「私は聞いているだけで十分に楽しいよ。フィロメナ嬢の説明は、わかりやすくて興味深い」

「でもそうね。あなた、どこでそんなに紅茶のことを知ったの?」

 フィロメナは柔らかく微笑んだ。

「母の本です。東方帝国の茶の本がありまして、幼い頃に読み聞かせてもらいました。それこそ暗記してしまうくらい、何度も」

 アーデルハイドもヴィンフリートも目を(みは)った。

「あなた東方帝国の文字も読めるの!」

「紅茶に関する部分だけです」

「いや、それでもすごいことです。東方帝国の言葉など、理解できる者の方が少ないでしょう。少なくとも私の知る限り、おりません」

 ヴィンフリートの手放しの賞賛に、フィロメナは困ったように笑った。

「私も、話せるわけではありません。ただ読めるだけですから」

 アーデルハイドは首を横に振った。読めるだけでも大したものだ。

「隣国のエストラヴィアやベルヴァロワでさえ、綴りが違ったり、訛りがあったりするのに、東方帝国なんてまるっきり異国じゃない。古代語よりも難解だわ」

 フィロメナは照れたように小首を傾げた。

「ブルーメンフェルトは、好きなことを突き詰めてしまう性質の者が多いのです」

 可愛らしい仕草に、ヴィンフリートが頬を染めた。アーデルハイドは、にやにやと笑いながらもその様子を微笑ましく見守っていた。

 

 不意に、ヨランダが畏まり(こうべ)を垂れた。空気が一気に緊張した。威圧感の塊が、ゆったりと近付いてくる。アーデルハイドが視線をやり、眉を寄せた。ヴィンフリートが席を立ち、フィロメナも立ち上がり礼をする。

「気楽になされよ」

 クローネンベルク侯爵アルブレヒトが手を振って、着席を促した。

「――でしたら邪魔しないでくださいな」

 アーデルハイドが小声で毒づいた。アルブレヒトは無視し、フィロメナに話し掛ける。

「ブルーメンフェルト嬢。ようこそ我が家へ。歓迎しよう」

「畏れ入ります」

 フィロメナは臆した様子もなく、静かに受け答えた。ヴィンフリートが感心する。自分でさえ、アルブレヒトの前では委縮(いしゅく)してしまうのに、大した胆力だ。

「歓迎ついでに少しお聞きしたいが、よろしいか」

 質問の形を取っているが、反論の余地を与えるつもりはない。フィロメナは静かに頷いた。

「何でございましょう」

 アルブレヒトは少し面白くなった。この自分を前にして、怯える様子もなく、堂々と見返せる者は少ない。

「七大貴族の義務は、何であると思われる?」

 アーデルハイドもヴィンフリートも顔から血の気を引かせた。

 これは試験だ。

 フィロメナは迷うことなく答えた。

「国家と人民を守り、主君に忠誠を誓い、安寧を保つことです」

「成程。家の維持のため、血を残すことは入らぬか」

「いいえ、勿論必要なことです」

 アルブレヒトは目を細めた。

「では、それに相応しい相手を選ぶことも、その義務の内とは思われぬか?」

「その通りです」

「であれば、ブルーメンフェルト嬢」

 アルブレヒトはフィロメナを見据えた。

「婚姻の相手として誰が相応しいか、聞かずとも理解しておられよう」

 鷲が獲物を狙うような顔だと、アーデルハイドは思う。こういう表情をした父には、誰も逆らえない。ヴィンフリートもごくりと喉を鳴らした。だが。

「はい」

 フィロメナは淡々と答えた。

「選択によって、多くのものが変わることを私は知っております。ですから、熟考が必要です」

 アルブレヒトの目が見開かれた。

 フィロメナは怯えていなかった。臆してすらいなかった。宮廷の支配者とさえ言われるクローネンベルク侯爵に、真正面から向き合ってみせた。

「ブルーメンフェルト嬢」

「はい」

 アルブレヒトは小さく笑った。

「あなたは中々大した令嬢だ」

「畏れ入ります」

 静かな灰青色の眸には、曇りすらない。

「クローネンベルク家は、あなたを歓迎しよう。ヴィンフリート」

「は」

「期待している」

 それだけを言って。

 アルブレヒトは去っていった。

 アーデルハイドとヴィンフリートは詰めていた息を吐き出した。そんな二人を尻目に、フィロメナは優雅に紅茶を飲んでいる。

「――あなた、本当に大した人だわ」

 アーデルハイドが嘆息した。

「お父様に、平気で物を言えるなんて」

 フィロメナは肩をすくめた。

「勿論、緊張しておりました」

「そうは見えませんでした」

 ヴィンフリートは溜め息を吐いて、冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。冷や汗を掻いていた。

「見せ掛けに過ぎません」

 フィロメナは微笑んだ。何でもないような横顔を見つめながら、ヴィンフリートは先程のアルブレヒトの台詞を反芻していた。

 期待している。

 つまり――何としてでもフィロメナを口説き落とせ、という命令だ。

「ヴィンフリート様?」

 急に振り返ったフィロメナに、ヴィンフリートは息を呑む。

「いえ、あの――」

 わかっているのかいないのか。底の知れない灰青色に、ヴィンフリートは何を言えば良いのかわからなくなった。

「菓子のおかわりは如何ですか」

 アーデルハイドが目を覆った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ