第十二話 直接の問い掛け
クローネンベルク侯爵邸。卓を囲んで三人が談笑していた。
アーデルハイド、ヴィンフリート、そしてフィロメナである。
最初はどうなることかと思ったが、和やかなものだ。ヨランダは取り敢えずはほっとしながらも、緊張を解くことはなかった。アーデルハイドがまた、何を言い出すかわからないからだ。
「では、質問なのだけれど。紅茶はそのまま飲むのが正しいの? それとも牛乳や香辛料を入れるのが?」
「紅茶の産地や時期、淹れ方にもよりますが、最終的には好みでよろしいかと」
「リリア・マルタ様は、香辛料と砂糖をすごく入れていらしたわ」
「王太子妃殿下はエストラヴィア出身の方ですから、濃いめのお味をお好みなのでしょう。紅茶文化に関しては、あちらの方がレーヴェンライヒよりも古いです。ですから、エストラヴィア風が正しいとされる傾向があります」
ですが、とフィロメナは紅茶茶碗を傾けた。
「茶葉によって、淹れ方を変えた方が美味しいと、私は思っております。何も加えず、本来の味や香りを楽しむ。それもまた、紅茶の飲み方のひとつなのではないかと」
アーデルハイドは頷いて、先を促した。
「例えば今回はカムル地方の夏摘みなのですが、この場合は薄めに淹れてそのままで飲むと、水辺に咲く花のような清々しい香りが引き立ちます。また、濃いめに淹れて牛乳を加えると、甘くまろやかになります」
「お砂糖は?」
「それも好みですね。ですが香辛料を入れた場合は、お砂糖なしでは苦みが強調されてしまいますが」
ヴィンフリートはさっきから黙ったまま、フィロメナとアーデルハイドの会話を優しく眺めている。
「ちょっとフレッド。あなたも何か喋りなさいな」
「私は聞いているだけで十分に楽しいよ。フィロメナ嬢の説明は、わかりやすくて興味深い」
「でもそうね。あなた、どこでそんなに紅茶のことを知ったの?」
フィロメナは柔らかく微笑んだ。
「母の本です。東方帝国の茶の本がありまして、幼い頃に読み聞かせてもらいました。それこそ暗記してしまうくらい、何度も」
アーデルハイドもヴィンフリートも目を瞠った。
「あなた東方帝国の文字も読めるの!」
「紅茶に関する部分だけです」
「いや、それでもすごいことです。東方帝国の言葉など、理解できる者の方が少ないでしょう。少なくとも私の知る限り、おりません」
ヴィンフリートの手放しの賞賛に、フィロメナは困ったように笑った。
「私も、話せるわけではありません。ただ読めるだけですから」
アーデルハイドは首を横に振った。読めるだけでも大したものだ。
「隣国のエストラヴィアやベルヴァロワでさえ、綴りが違ったり、訛りがあったりするのに、東方帝国なんてまるっきり異国じゃない。古代語よりも難解だわ」
フィロメナは照れたように小首を傾げた。
「ブルーメンフェルトは、好きなことを突き詰めてしまう性質の者が多いのです」
可愛らしい仕草に、ヴィンフリートが頬を染めた。アーデルハイドは、にやにやと笑いながらもその様子を微笑ましく見守っていた。
不意に、ヨランダが畏まり頭を垂れた。空気が一気に緊張した。威圧感の塊が、ゆったりと近付いてくる。アーデルハイドが視線をやり、眉を寄せた。ヴィンフリートが席を立ち、フィロメナも立ち上がり礼をする。
「気楽になされよ」
クローネンベルク侯爵アルブレヒトが手を振って、着席を促した。
「――でしたら邪魔しないでくださいな」
アーデルハイドが小声で毒づいた。アルブレヒトは無視し、フィロメナに話し掛ける。
「ブルーメンフェルト嬢。ようこそ我が家へ。歓迎しよう」
「畏れ入ります」
フィロメナは臆した様子もなく、静かに受け答えた。ヴィンフリートが感心する。自分でさえ、アルブレヒトの前では委縮してしまうのに、大した胆力だ。
「歓迎ついでに少しお聞きしたいが、よろしいか」
質問の形を取っているが、反論の余地を与えるつもりはない。フィロメナは静かに頷いた。
「何でございましょう」
アルブレヒトは少し面白くなった。この自分を前にして、怯える様子もなく、堂々と見返せる者は少ない。
「七大貴族の義務は、何であると思われる?」
アーデルハイドもヴィンフリートも顔から血の気を引かせた。
これは試験だ。
フィロメナは迷うことなく答えた。
「国家と人民を守り、主君に忠誠を誓い、安寧を保つことです」
「成程。家の維持のため、血を残すことは入らぬか」
「いいえ、勿論必要なことです」
アルブレヒトは目を細めた。
「では、それに相応しい相手を選ぶことも、その義務の内とは思われぬか?」
「その通りです」
「であれば、ブルーメンフェルト嬢」
アルブレヒトはフィロメナを見据えた。
「婚姻の相手として誰が相応しいか、聞かずとも理解しておられよう」
鷲が獲物を狙うような顔だと、アーデルハイドは思う。こういう表情をした父には、誰も逆らえない。ヴィンフリートもごくりと喉を鳴らした。だが。
「はい」
フィロメナは淡々と答えた。
「選択によって、多くのものが変わることを私は知っております。ですから、熟考が必要です」
アルブレヒトの目が見開かれた。
フィロメナは怯えていなかった。臆してすらいなかった。宮廷の支配者とさえ言われるクローネンベルク侯爵に、真正面から向き合ってみせた。
「ブルーメンフェルト嬢」
「はい」
アルブレヒトは小さく笑った。
「あなたは中々大した令嬢だ」
「畏れ入ります」
静かな灰青色の眸には、曇りすらない。
「クローネンベルク家は、あなたを歓迎しよう。ヴィンフリート」
「は」
「期待している」
それだけを言って。
アルブレヒトは去っていった。
アーデルハイドとヴィンフリートは詰めていた息を吐き出した。そんな二人を尻目に、フィロメナは優雅に紅茶を飲んでいる。
「――あなた、本当に大した人だわ」
アーデルハイドが嘆息した。
「お父様に、平気で物を言えるなんて」
フィロメナは肩をすくめた。
「勿論、緊張しておりました」
「そうは見えませんでした」
ヴィンフリートは溜め息を吐いて、冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。冷や汗を掻いていた。
「見せ掛けに過ぎません」
フィロメナは微笑んだ。何でもないような横顔を見つめながら、ヴィンフリートは先程のアルブレヒトの台詞を反芻していた。
期待している。
つまり――何としてでもフィロメナを口説き落とせ、という命令だ。
「ヴィンフリート様?」
急に振り返ったフィロメナに、ヴィンフリートは息を呑む。
「いえ、あの――」
わかっているのかいないのか。底の知れない灰青色に、ヴィンフリートは何を言えば良いのかわからなくなった。
「菓子のおかわりは如何ですか」
アーデルハイドが目を覆った。




