第96話 隣に頭の良い人がいるのは大分幸福である幸福である。
「グゲえ」
俺はペンを握ったまま、机に倒れ伏す。
昨日と構図は全く持って同様だった。
ただ、やっている場所が違うと言うだけだった。
聖良さんは相も変わらず、ゲーム三昧。華月さんと四戦ほど交えたと言うのに、まだソロプレイを敢行中だ。それもちょっと飽きて星宮を道連れにして一緒にプレイしている。星宮も頭いいものな。俺みたいに勉強しなくても大丈夫だものな。聖良さんは勉強しなくても大丈夫なのか?と思ったけれど、しかし、昨日と違って華月さんは分かりやすく怒鳴ったりはしなかった。
曰く、彼女は勉強をしていないだけで、頭はそれなりに物覚えはよかったらしい。
俺とは別の世界の生物だったらしい。ふざけんなよ。仲間じゃなかったのかよ。
その絶望感で勉強なんてやってられもしないさ。
「ねえ。貴方ってどうやってこの高校に入って来たのよ」
華月さんは俺が解いた練習問題を見て唖然とした。
しょうがないだろう。俺は長らく不登校児だったんだ。そりゃ、勉強なんてできるはずがない。況してや、進学校の勉強なんてな。
「得意科目は算数です。よろしくお願いします」
「得意にも見えないわ。ここの数式普通に足し算、引き算の間違いだもの」
得意科目がなくなった。
「昨日やったのに、もうやり方忘れたの?」
ははは。忘れてしまったよ。
一つたりとも思い出せない。
「数学だけで、夏季休業期間が終わってしまうわ。あと、英語もやらさなければ、ならないから、夏休みが二つ要るわね」
「Eigo……?」
俺は首を傾げる。
英語なんて一つもできないんだけれど。
「英語で数学やりますか?De Morgan's laws are rules in set theory and logic that describe the union (or), intersection (and), and complement (negation) relationships of sets.」
右から左に抜けていく。ああ……。何言っているか分からない。数学のページをペラペラとめくって書いていない答えを探そうとする。
完全に頭を抱えられた。
「その顔で分かったわ。貴方、この学校に入ったのは推薦ね」
「推薦は頭悪いという先入観をやめて下さい」
そもそも何で入ったのか見当も付かねえよ。そういうことは桜場さんに聞いてくれよ。
「それもそうね。結果はどうであれ、結局、貴方はおつむが弱いもの」
致命的なダメージをグサリと刺すのはいつもの華月さんだ。
それに反発できない。だって事実だ。
俺はまたぐったりとしたくなる。それに鞭を打つように彼女は睨みつけるので、脅されれてペンを動かした。彼女が監督する目がなくなると、怠けてしまうのは言う必要もなかったけれどね。
「ねえー。ダーリンまだ終わらないのー」
わざわざ、奥の俺の部屋を開けて聖良さんはそんな抜けた声を言った。
「見ての通りよ。彼はバカなの」
はっきりと言うのもそれはそれで傷が付く。
「ダメだよ。そんなはっきり言ったら、できることもできないから」
星宮は分かってくれるらしい。それなら、星宮に教わりたいくらいだ。星宮型なら華月さんみたいに毒っけ(いつものことだけれど)ある教育じゃなくて、よくある塾のキャッチコピーみたいに褒めて伸ばしてくれるだろう。断然そっちの方がいいよ。
「ははは。褒められても僕からは何も出ないよ。というか、結音ちゃんに教えてもらうのが一番いいよ。入学してからずっと学年一位らしいんだろう?定期テストも模擬テストであってもさ」
まあ。納得である。
1章目の華月さんの印象なんて図書館で、教室で、勉強しかしていない。一章後としてもである。
その努力は認めようと思うし、能力も認めようと思う。
その手腕は強引だと思うけれど……。
「何よ。不満があるわけ?」
「………。ないです」
俯いて首肯した。
「じゃあ。この問題解いて」
「はい」
俺は疑問を呈することもなく、必死に白紙に数字を書き込んだ。
不正解だった。
「この調子じゃ。だいぶ掛かるわね。明日も来るわ」
分かっていた。分かっていたけれど、来る?
「ええ。貴方呼んでも必ず起きないでしょう?」
「あ……。まあ」
そんなことないけれど?とは否定できなかった。
「だから、夏季休業期間が終わるまで毎日毎日教えに行くわ?いいでしょう?」
「本当に言っている?」
図書館とかなら構わないけれど……。本当に家庭教師じゃないか。
「旭くん。明日もここに集合ね」
「あ……。うん。そうだね」
星宮は口を歪ませた。思うところがあるらしい。俺の部屋そんなに居心地悪かったのかな?と、不安になった。
とんでもなく居心地が良さそうにしている聖良さんと対照的だ。もう、自分の部屋の如く、寛ぎ倒している。
おい。俺に勝手にコーヒーを淹れるでない。許諾を取れ。許諾を。
「何を別のことに現を抜かしているのよ。四季くんが見てもいいのは数字だけよ。0と1だけの世界で生きるの」
「コンピュータじゃねえかよ」
「じゃあ。コンピュータに勝ちましょう」
俺はノイマンにでも育てようとしているのか?
「まずは、チャートを終わらせましょう?」
一冊分全てと付け加えて。あれ。それ華月さんがやっていたチャートじゃありませんか?
それやり終わるのに、一週間程度かかっていませんでした?華月さんよりもスペックの低い俺が7分の1で終わらせられる訳ないじゃないか。それこそチャートじゃなくてチートを使わなくてはいけないじゃないか。
この後、膝腰が壊れるまで、解き壊された。
明日も家に来るらしい。もう勘弁してくれと思う勉強会2日目だった。




