第92話 電話することは好きじゃない。
はあ。なんで妹があんなことを聞いてくるのだろう。効くじゃないか。
俺は妹にああやって吐き捨ててから、自室に駆け込んだ。
念の為に鍵なんかしておいた。ボロいから、爪で鍵穴が回せてしまうから、意味がないと言えばないのだけれどね。じゃあ折りたたみの机でもおいて置くかと、徹底したバリケードを作った。
今日は疲れたものだから、そういうのはよして欲しいのだ。
俺は誘い込まれるようにベットへと倒れ込む。
バタンキューよ。バタンキューよ。
目を閉じれば、夢の世界へ行ってしまう。そんな時だった。
俺が肌身離さず持っていたスマートホンくんがけたたましい音を鳴らしてきた。
もしやかして、俺の部屋に入れないと悟った妹がネチネチと言いたくてコールしにきたんじゃないか?そんなのお断りだろう?発信者の名前を確認することなく拒否のボタンを押した。
プルルルルとまたけたたましい着信音が鳴り響く。
ああ。うるさいうるさい。これではまともに睡眠など取れない。
「お兄ちゃんうるさいから、早く電話でなさいよお」
ドア越しから、バンとドアが殴られる。立てかけてあった折りたたみ机が無惨に倒れ込んだ。危ないっ。怪我でもしたら大変じゃないか。
てか、妹が怒鳴ってきたということは誰か別の人になるのではないだろうか?申し訳ないことをしてしまった。さっきから飛び跳ねているこのスマホに出ることにさえ億劫になってしまう。
着信者ぐらいは確認して、無理だったら急用だとか言っておこう。
俺は恐る恐るスマホを裏返して見る。
華月結音。
「まずっ」
これはやばい。お怒りだろうか。お怒りだったら、ボロクソに言われてしまうのだろう。俺はあまり電話は好きじゃないけれど、それを躊躇うことなく俺は慌てて、電話に出る。
『ねえ。ワンコール目が着信拒否というのはどういうことかしら?』
恐ろしい低音ボイスが響き渡る。電話の声は何万通りものデータから最も似た声を選んでいる合成音声であるという豆知識を抜きにしても、俺は震え上がっていた。
しかし、前世界の甘々な華月さんではないことを確認できたので、俺はそこに加えて安心めいた感情も混ざっていたと思う。それでも、震え上がっているのには変わらずではあった。
「すみません……。今日は疲れていたもので……」
『へえ。だから、着信拒否ね』
居ないのに、居るような、氷の目線が突き刺さっていた。
体に傷のようにグサグサ刺さっていた。
だから、蚊の息みたいに「すみません」と心の底から、捻り出すので精一杯だった。
『へえ。私はそういう言葉を聞きたいわけじゃないわ。それで電話するほど、私は暇じゃないわ』
「では、何用で電話したのですか?」
『何用って、まあ。四季くん言っていたじゃない。勉強教えてくれって』
ん?そんなこと言っただろうか?
頭の中を探ってみても、そんなことを言った記憶がない。ただのAIの補正なのだろうな。うん。傍迷惑なことをしてくれるじゃないか。
だってゲームの中で勉強なんてしたって無駄だろう?それにこの高校内部進学があるらしいじゃないか。そこで勉強する義理などないのだけれど。でも、こうして話しかけられているのだったら、俺はやぶさかではない。
「ああ……。そんな、こともあったね?」
『大丈夫?忘れていないかしら。四季くん期末考査の点数が酷かったから、次こそ挽回してやるなんて意気込んで言ってたじゃない』
いや、それを言っていたのは多分存在しない四季くんだから。俺は4章の内容をとんと知らないから勘弁して欲しい。
『私に勉強を乞うてくるほどに鳥頭なんだから、夏季休業中にそういう事があっても寛大な心……。あろうとしたわ。でも、私が弱いばっかりに作れなかったわ。殺すわよ』
なんちゅう過激発言をしてくれちゃっているの。
俺、そんな勉強会いきたかないんだけれど。
『えっと、明日か、明後日の朝から十何時間はするって決めているから。私と同じくらいの勉強をしたいって言ってたじゃない』
おいいいい。4章の俺。俺よお。まじで恨むぞ。いや、AIか。まじで末代まで呪ってやるからな。
「いや、ホンマにどこ大学行くんだよ」
『さあ?』
本人も分かっていないらしい。
『まあ。わざわざ私が塾へ自習するというルーティンを崩して教鞭を取るのだから、しっかりと来なさいよね?』
圧のある声が電話越しで、耳奥まで響いてくる。
そんな声で念押しされれば、俺は断ることなんかできずに、ただ、首肯した。
そして通話が切れる。
そして、後悔する。これから訪れるであろう地獄に思いを馳せながら……。




