第85話 待機命令に逆らいたいものだ。
四季くんの実家から帰る途中、私は上司とさっきのことについてダラダラと語っていた。
語らざるを得なかったという方が正しいかも知れない。
なぜなら、もう八方塞がりなような気がした。
四季くんの妹さんに質問を問うたとしても、四季くんは死んだといわれた。問題の当の本人がこの世に不在だとすると、四季くんを見つけようとしたことが無駄になってしまうじゃないか。
「肝心の四季くんが本当に、仮に、もし仮に死んでいたら、どうなるんですか?」
そう。それだ。あのゲームはフルダイビングの恋愛ゲームである。主人公は歴とした生身の人間であり、生きていない役所に戸籍すらない仮想仮定のキャラではないのだ。
「それはどうにも、ならなくなるだろう。詰みだろう。或いは罪かも知れないけれど」と上司はきっぱりと事実を告げた。
背けたくなる事実だった。
だって本当に死んでいたとしたならば、四季くんをそのゲームから脱出させるなんていう文言は全て詭弁になる。夢物語で、手遅れな話だった。
しかし、罪というのはなんだろうか。
「ほら、仮にもデータの上で、不老不死が成し遂げられたと言うことじゃないか」
上司はやや大仰に表現した。
「イメージする不老不死と違うんですけれど」
「まあ。比喩だからね。僅かな行動情報から、その生物が取って来た行動を予測する。あのゲームのAIだとしてもそんなことをするのは不可能に近いだろう」
なら、それは。四季くんが生きている可能性の方が高いと言うことにならないだろうか。
「そうかもしれない」
「なら、どうしますか?」と食い気味に私は質問する。
それはもう。行く気満々さを見せつけた。
けれど、上司の反応は芳しくない。
「答えを焦ってはいけない。慎重に考えることだって、重要だ」
重要だと、言われても、もし、その妹さんの言うことがフェイクだったとしたなら、一刻も早くどうにかしないといけない事態じゃないか。
「そうだとしても、だ。慎重に行かなければならない。そのためには検証が必要だ。それには時間が必要だろう」と私の不安に一喝入れるような荒々しい言葉が発せられた。
それに私は狼狽えてしまった。
「つまりは、一時の間、作戦を停止すると言うことですか?」
「そう言うことだ」
「そ、それでいいんですか?」
この判断は上司だって望んでいない筈だろう?
どれだけリスクのある判断か、分かっている筈だ。これは相手が利するだけになる判断だと率直に思った。
「仕方がない。あんなことを言われてしまったんだ。君が潜るのにも、安全性というのを確保しなければならない」
「それでも……」
私はあの、どうしようもない四季くんが心配で、心配でならなかったのだ。
「君が生きていないと、助けたものは助けたとは言わないだろう?気を負って、それはやがて呪いになるやもしれない。それでは幸せではないだろう」
「まあ」
言われようだけれど。
「じゃあ。通常業務に戻り給え」と言われたら、丁度、オフィスの真ん前だった。
「ささ、」と戻ることを推し進められる。
そんなに早く行ったところで、どうせ待機命令だろうに。
もやもやと引っかかる。もともと堅実な人ではあるけれど、何も考えていないということも一つの武器だったはずだ。はずだと思いたいだけなのかもしれない。それに、これは本当に上司の言葉なのだろうかなんて根の葉もないことを考えてしまいたくなる。
だけれど、それは思うだけにして、私は有無も言わず、自分の部署、部署の中の自分の席へと舞い戻る。
「どーしたん。そんな暗い顔して」
私の一番の部下である雨上が話しかけてくれた。
雨上の性格は悪く言えば、空気が読めない奴だった。
「まあね。色々あってさ」
詳細は語ることはない。これは機密事項だから。
「ふ~ん。気になるけれど」と口をとんがらせて言った。
「教えない」
「なーんだ」
つまらないと言い捨てるかと思ったけれど、案外そうではないらしい。
何も言わずに給湯室へと消えて行った。喋らないなら、どうでもいい。それはスタイル的には適合していた。
かと、思えば、お菓子を携えて、こちらに来た。うわ。この人本当自由人だわ。
「疲れているなら、これでもどーぞ」
マグカップに注がれているのは淹れたて煎じたての珈琲だった。
「気が利くじゃないか」
「まあまあ」
なんか期待した眼差しが送られる。
「まさか、話して貰うために餌付けでもしようなんて考えていないだろうな?」
はははっとわざとらしく笑った。
飲めない珈琲じゃないかこれは。この調子をいつ終わるか分からない待機命令を過ごすには、面倒だと思った。まあ。退屈はしなささそうな部下ではあるけれど。




