第84話 死人に口無し。論人に耳無し。
「四季くんが事故死?」
私たちは言われるがまま、四季くんの妹を名乗る人に家に上げられ、応接間に案内されていた。ちょこんと椅子に座ると同時に机に置いてあるお菓子を遠慮もなく取り去るのは上司だった。とんでもなく恥ずかしい……。交通事故遺族にする態度ではない。
それを美味しい美味しいと言うのも恥ずかしい。
良くこの状況を妹さんは引いていないんだろうか。苦笑いするわけでもなく棒立ちしているのはメンタル強者に違いない。なぜなら、それを察してお茶が出された。
確かになんかわからないけれど、その出された茶は飲んだことないくらい美味しかった。
それでも、その美味しさをかき消すが如くの衝撃が襲っていたのも確かだった。
「ええ、一年と言いましたが、もうそんなに経ってしまったのかと時の早さを実感しているところです」
ずるずると音を立てて、お茶を啜っている。
和やかで、そしてどこか裏寂しいというか。焦燥感を漂わせていた。
露骨にそれを表現するように上の空の表情だった。
そりゃあ。兄妹を失っているのだ。掘り返されたくもな悲しみをも伴うことである。そうなって当然なことだ。
「あの……。そんな状態で、お話づらいかも知れませんが、教えていただけませんでしょうか」
できるだけ、遜った態度で頭を下げる。
この人しか、その情報を辿れる人はいないのだ。
「いえいえ。四季くんのお友達なんでしょう?是非とも。是非とも知っていてください」
そちらも遜った態度を見せた。
語りたくて仕様がないと言った雰囲気もあったようだ。
一人で抱え込むには大きなことだからだろう。
「えっと、一年前の初夏でしょうか。まだ、春の気も感じられて過ごしやすい日だったというか思います。だからでしょうね。こんなことが起こったのは。天気のせいにするのは大概だと思うのですけれど、お兄ちゃん……、兄は極度の引きこもりで、不登校だったんですよ。暑いから行かないだとか、寒いから行かないだとか、雨が降っているから、なんて良く言い訳をしていました。だから、その日は言い訳の余地もないくらいの過ごしやすい日だったんです。
この日私は、兄にそんな引きこもってゲームしてないで、外にでも行ってくれと言ったんです。私が口うるさく言うものだから、渋々と言うか、ついでに限定物のゲームを買いに行くと出て行ったんです。兄の久しぶりの外出だったものだから、私は結構嬉しかったものだ。
その夜半、私は兄の帰宅を待ちながら、兄の好きな料理を作っていた途中に事は起きました。見知らぬという訳でもなく、良く知っている番号119。取る前に分かりました。何か起きたと。あの全く白昼に出ようともしない兄が夜半になるまで、帰ってこないとはどういうことだと危惧していたから、私はその電話に数秒ほど沈黙しました。けれども、かといって出ない訳にも行かないし、勇気を出して手に取りました。次の瞬間にはもう電話をほっぽり投げたんですけれど……。
でも、現実は無慈悲でした。案の定と言いますか、救急隊員から出た一言は即死という余りにも絶望する余地がありませんでした。その後の記憶はありません。まだ、信じられていない状態だったかもしれません。
ようやく兄の死体を見たとき、やっと現実感が湧いてきたように感じます。現実を眺め過ぎて、もう茫然としていました。それから、死亡届やら、葬式やらが舞い込んできて、次第に周りの人たちは兄の話をしなくなった。兄が世界から順調に消されているようだった」
彼女には自ずと頬に涙が伝っていた。ポタリと一滴落ちるや否や、涙を拭った。
「申し訳ないです。大丈夫です」
その言い訳がましい言葉は一層、その心の苦しさが伝わるようで、激痛が走ったみたいだ。私は傲慢にもそんなことを話させてしまって申し訳ない気持ちで一杯になった。私は自然と俯いてしまった。
「大変だったんですね……」と、ありきたりなことしか言えなかった。
この言葉も間違った言葉選びだったかもしれない。上司は私を嘲笑っていた。四季くんの妹に向けてもその笑みを向けているように見えた。お菓子も四分の一も食い尽くしていた。失礼極まりないな。この上司は。
「ええ、まあ。大変ではありました。父も母もいないですから」
「いないんですか?」
さらっと衝撃事実。そんなこと四季くんは言っていなかったのだけれど。だから、彼はそのゲームの世界であるあるの両親が居ないパラドックスに全く気が付かなかったということか。なるほど納得した。
「もう覚えちゃいないくらい昔に母は離婚で出て行きましたし、父は過労死しました。幼少期だったので、やっぱり思い入れはないですね。ホントは居なかったのかも」
記憶の片隅にもなさそうで、訊いた話を話していそうで、それもまあ悲しい事実だった。
だからこそ、四季くんの消失にはとんでもなく大きな心境の変化があったのが察されるべきことだ。私もそういう気持ちだった。今は真相よりも、もっとすべきことがあると思った。
「あの。関根四季……。ともいわずご両親の墓ってどこにあるんですか?そこへ弔いたい」
正式な場でそうしたい。
「墓は……。遠いですよ?県外とか、圏外とか」
ぎこちなく、されどはっきりと嫌な顔をしていた。
心なしかやんわり断られているように感じた。
「いや、大丈夫ですけれど……。そちらが嫌なら、大丈夫なんですけれど」
私は真偽を確かめるべくやんわりと当たり障りなく聞いた。
一、二秒間が空いてから、彼女は答える。
「まあ。家族限定ですから」
余程嫌らしい。友達であっても、そこには一歩たりとも入らせないという意思を感じた。そういう人もいるだろう。まあ。ゲームの中の四季くんにしかあったことないので良くわからないけれど、結局は彼女から見ればどこぞの馬の骨とも知れない奴である。そんな奴が家にまで上げてもらえるご好意がある。我々は仏壇で上げるくらいが十分なのだ。
「す、すいません。変なこと聞いてしまって、もう出ていきますから」
「あ、そうなんですか。出ていかれるなら、またお線香でも上げに来てください」
「お菓子食べにくる」
「それでも構いませんから。お兄ちゃんも喜ぶと思います」
さっきの顔とは違い、屈託のない笑顔を浮かべていた。
変な私たちでもこういう態度を見せてくれてありがたい限りだ。
情報も集まってきた。
しかし、肝心の手がかりは消え去ってしまったかのように感じるのだった。




