第82話 世の中は雑な定食屋ぐらい選択肢がある。
生徒会選挙立会演説会は終わった。
肩の荷が降りた気分であったけれど、それは聖良さんにとって、舞賀さんにとって、日御池さんにとって、天川先輩にとってである。一応俺にも舞賀さんの行く末を見届けるので、肩の荷は降りたものだが、彼女らはあとは勝利を期待して、待つのみである。
反対に俺にとっては実をいうとこれからなのである。大半の学生にとってもある。
投票と言う機会が待ち構えていた。
「華月さん」
教室への帰り道、一人でぬぼおっとしている華月さんを見たので、声を掛けてみる。
ついぞ、そこまで俺は気を許せる相手となったのだ。
「何よ。ナンパならお断りよ」
「学校内でナンパするほど、俺は陽キャじゃないですよ」
「陰キャだものね。陽がダメだからナメクジみたいなものかしら。石の裏にも三年見たいな。それで歳をとり過ぎてしまうんだわ」
「それも言い過ぎです」
折角、気軽に話しかけられそうな相手になったというのに頭ごなしに否定されたら、何も信用できないですよ。でも、それが華月さんという文字通りキャラクターなのだからこうして理解できているだけなのだ。
「しょうがないじゃない。さっきのを見れば、あの一味だとは到底思われたくはないわ」
「あ、あ……。確かにだけれど」
それはさっきの聖良さんが起こしたどんちゃん騒ぎのことだろう。
俺は早々に撤退を図ってしまった。
「てか、華月さんが一番近いじゃないですか」
「はい?私は関係ないわ」
白々しいほどの清々しいほどの嘘を付く。
「華月さんそう言う人なんですか」
「ええ、そうよ。四季くんも、そう言う人なら忽ちに縁を切るわ。そして、因縁にするかしら。既に神々聖良はその域よ」
「なんて、酷いことを……。華月さんは責任とって、聖良さんに投票するべきだ」
そんなことを言えば、世紀の大馬鹿者を見る目で首を大きく傾げた。
「ん?ああ。そうね。誰にも投票しないわ。白票よ」
「白票なんですか?」
「ええ。誰も投票に値しないからだわ」
聖良さん、日御池さんはわかるけれど、舞賀さん、天川先輩は入れたくなるでしょう。前があれだったから、余計に入れたくなるものでしょうよ。
「どうしてですか?」
「あら、理由が欲しいの?神々聖良、日御池海桐花は論に値しないとして、舞賀祈は個人的嫌悪よ。ついでにその彼女を支持している天川要は支持しないことにしたわ」
その天川先輩のとばっちり感が半端じゃないんだけれど!?完全に二次被害の可哀想な人じゃないか。俺が代わりに華月さんの分も書いてあげたいと思った。
「あら、そんなことを思うのだったら、あなたは舞賀さんたちに入れるのかしら?」
「まあ。一番最初からそのつもりでしたけれど………。日御池さんに契約書を書かされ、義務的には聖良さんらに入れなければならないという状況です」
「へえ。あの子そういうことするのね?」
「するんです」
「へえ」
「だから、華月さんのどっちも突っぱねるという方法もなんだか、魅力的な気がします」
選ばない。これほど、魅力的な選択肢はないだろう。その選択をどこの誰とも知らない有象無象に譲渡できるのだったら。彼ら彼女らには結局結果なんてどうでもいい。選ぶなんてどうでもいい。しかし、俺が選ぶのはどちらも腐っても友達と言えるのだ。友達を取捨選択する。これほど、残酷なことはないはずだ。
「私はそれをお勧めしないけれど」
「華月さんがしておいて?」
完全にブーメランのように感じるんですけれど?
「あなたは全部否定するようなタチじゃないでしょう?」
まあ。確かに。
全否定をするなら自分だけかも。
「なら、棄権という選択肢が最もいいわ。どの結果になっても私は意見しませんという意思表示になるわ」
それが最も自分らしい。そうしようかなと一瞬でも心が傾きかけた。
「けれど、やっぱりこれもダメね。これじゃあ、衆参選挙で棄権ばかりする危険な奴になってしまうもの。そんな自分で何も考えられない人間と友達を続けるつもりはないわ。だから、しっかり決めなさい?」
華月さんが言わんとすることも最もだった。
これでは何も決められない。全肯定も、全否定も、そんな評価は一面だけ見た盲目でしかない。俺はこんな盲目にはなりたくないのだ。
「まあ。自分なりに決めてみる」
「それがいいわ。私に影響されるのはいいけれど、私のせいと言われるのは心外だから、そこは了承して欲しい限りだわ」
「そこまで、俺をクズ人間だと思っているの?」
「人間何があるか分からないわ。信用できるものは……そうね。思いつくものを総当たってみたけれど、何もなかったわ」
「ないのかよ」
「まあ。信用できるものがないっていう方が、己を強く保つものだから」
「なんですか。その脳筋思考は」
「それぐらいがいいってことなんですよ」
ちょっとその思考は羨ましいとさえ思っていた。
俺には信用できるものがたくさんあって、それが俺を助けてくれる。だからこそ、なのか意思決定が弱くなってしまったのは。これも一種の他責思考で、これも俺の弱さなのだろうなと静かに思った。
そうして、教室に戻ってきた。戻ってくると、間髪入れずに投票用紙が配られる。
俺が考える時間なんて用意はしてくれないらしい。
嫌な学校だ。俺はすかさずペンを握りしめた。
四人の候補の名前が印刷されている。このまま考え続けたなら、それこそ華月さんと同じになってしまう。俺は考え続けた。あらゆる可能性と色々を………。
「まあ。そんなに考え続けるものでもない。気楽に気楽に?ね、カレシくん」
唐突に話しかけられた。今は黙って選ぶ時間だ。なのに、そうして声をかけてくるのはどう考えても異常でしかなかったのだ。
俺は驚嘆して、顔を上げた。
「桜場さ……ん?」
消えたはずの彼女がニンマリとした笑顔をして、佇んでいたのだった。




