第78話 クズに契約書を持たせてはならない。
「果たし状を突きつけにきたぜ」
多目的室に入室早々、聖良さんがそんなことを言い始めた。
俺はポカンとした。そちらの舞賀さんはポカンを通り越して、恐怖感を覚えている。だからなのか、俺の背後に舞賀さんは隠れた。
君に対してのお客さんなのに……俺にこんな迷惑客を投げつけるなよ。
仕方なくも俺は聖良さんに向き直った。
「何ですか。その語尾は」
「それは、まあ。いいじゃないか」
「えっと。聖良さんどうやって入ったんですか?」
「それは、まあ。いいじゃないか」
あの威勢の良い一言目の対して、このナヨナヨと縮こまった姿勢を見せている。威勢よく出てきたのに早速威勢を折られているのだもの。
「ここの鍵は閉まっていたんだよね?」
「さあ?」
なんでそこを誤魔化すんだ。おい疾しいことがあるんだろう。
どうせ脱法なことでもして入ったんだろう?だとしたら、不法侵入罪ではないか。
確か果たし状だって、決闘罪に問われる。二つの罪を背負った犯罪者に彼女は今、成り果ててしまっている。
選挙なんてクリーンなものなんだろう?
それも含めて俺は呆れた。
「まあ。良いだろう。そんな細かなことは」
全然良くないだろう。
「そうそう。わたくしは果たし状を突きつけにきたんだ」
「そんなことは思い出さなくても良いですから」
「いやいや、ちゃんと受け取ってもらわないと、ちゃんと書いてきましたからね」
意気揚々とポケットから皺皺の紙をぎこちなく取り出す。
「それは警察に提出する証拠を自らで渡しているというか、なんというか」
「そんな訳ないわ……」と言いつつ焦っているのが、目に見える。
「えっと読み上げれば良いのかしら?」
「露骨に恐れているじゃないか……」
「ええい。焦ったい!?」
彼女は持っていた紙をぐちゃぐちゃにして、ポケットに仕舞った。
それから、舞賀さんの方に指差す。
「舞賀祈!!」
「急に大きな声出さないでください。近所迷惑ですよ」
「ああ……。すまない」とすぐに謝って、ボリュームを下げた。
「生徒会選挙なんて言っているけれど、どうせどっちが勝っても生徒のみんなは歯牙にも掛けないことだろう」
「まあ。うん」
「だから、わたくしたちだけは重要な戦いにしましょう?」
「十分重要な戦いであるけれど……」
「いいや、負けてもなにもないじゃあつまらないでしょう?選挙戦負けたら罰ゲームをしなさい?」
な、なんていう幼稚なことを考えているんだ。人を揶揄うことに人生かけている訳でもあるまいしさ。
「どういうことなんだ。おいおい。舞賀さんにとって関係ないだろう?」
「まあ。いいじゃない。余興よ。余興みたいなものよ」
そんなんが罷り通っていいのかよ。
肝心の舞賀さんはそんなもの聞いていないと、首を左右に全力で振っている。
「と、いうか、なんで四季は舞賀祈の味方をしているのかしら?」と聖良さんは今更ながら、そう質問した。同時に俺に向かって怪訝な顔を見せた。
そりゃあ。弱いものの味方をしたくなるのは、当然じゃないか?
その今だけを見ても覇気の強い聖良さんと覇気の弱い舞賀さんでは、後者の方が助けたくなるだろう?これをアンダードック効果という。
「上記の理由かな?」
「見えないのだけれど」
最もなツッコミをした後、彼女はポケットから、紙を取り出した。さっきよりもぐっちゃぐちゃで保管状態が悪かったことがお察しできる。もしかして、間違って洗濯機に入れていないだろうなあ?
「あれ。すでに果たし状は塵芥と化したんじゃないのか?律儀に二枚とか持っている人なのか?」
「そんな訳ないでしょう?」と言ってご丁寧にそのぐちゃぐちゃの紙に引き延ばして見せてくれた。
「ま、まさか!?」
「そう、生徒会選挙が始まってすぐにサインしてもらった契約書。それよ」
そうだ。そうだ。そうだった。俺は日御池さんとかいう変態の詐欺師に騙されて、思わずサインをしてしまったんだ。
「む、無効だ!?」
「無効なら、この紙はなんでしょうね?残念ね。大昔なら名誉と名声があれば信用されたことでしょうけれど、昨今の現代社会は紙がものいうのよ。わたくしは神々だけれどね?」
くっそ。自分が優位な立場に存在すると錯覚しているから、とことん煽ってくる。
ああ。鬱陶しくてしょうがない。だからと言って、その契約書とかいう忌々しいものを焚書しなければ、どうにもならないのだ。
「その、紙を消してください。それは選挙としてどうかと思います」
堂々と舞賀さんは言った。正々堂々と、正当なことを言った。いや、堂々ではなかった。足のあたりが随分と震えていたが、俺のために貴重な勇気を消費してくれたのだ。感謝しかないだろう。
「なら、勝負をしましょう?」
舞賀さんはしばし停止して、その後に首肯した。
え?いいのか?そんな本物のセレブとセレブ要素がわたくししかないエセセレブと戦うなんて大丈なのか?
「なら。ステージで待っておく。せいぜいその後に練習をすることだな」
ちょっとキザな文言を吐き捨てて、華麗に教室から去って行った。
何が何だか分からないけれど、掻き乱されたのは分かる。
舞賀さんがちょっとしょぼくれてしまったのは解せない。
「舞賀さん」
「はい」
「あいつなんて、蹴散らすぐらいの演説をしましょう!そして、目にもの見せてやりましょう!」
「そ、そうですね」
可愛くコクリと頷いた。いいや、ここは「オー」と片腕をあげるものではないのだろうか。まあ。そんなものはどっちでも良いのだ。兎にも角にもこれを機にして舞賀さんと心を一つに通わせた気がして、そこはそこはかとなく嬉しかったものだ。




