第75話 俺を置いてみんなが卒業していくんだよ。
卒業式を話の途中でやる小説がかつてあっただろうか。いや、ない。
それに一つも予行練習を行わず、卒業式に出席する人がかつてあっただろうか。いや、ない。
そんな前代未聞の前人未到な事実に俺は混乱しながら、周りにアンテナを張りまくる。
そう。まるで、出来ないスポーツを見よう見まねでコピーするように。
まあ。それで大方のことが卒なくこなせるのはやはり高校だからであろう。合図はしてもらえるし、ただ頭を下げるだけでいいのだ。
どうせ、緻密な練習をしている訳では全くないので、皆の下げ方はバラバラなのは言うまでもないことだ。
小学生の頃の声掛けなどあったら、確実に恥を晒していただろう。俺は口を噤んで、誰かが膝をこずいて、教えてくれるまで何も言うことができないだろう。卒業式で恥を晒すなんて、ここがゲームの中であろうと、それは一生もののトラウマとなってしまっていただろう。そもそも、殆どそういう行事ごとに出席しなかったから、それはそれで、トラウマを量産しているとも言える。
「ねえ。国歌はちゃんと歌っているのに、校歌は歌わないんですかー?カレシくんはさ」
後ろの方からねっとりとした囁き声が聞こえる。多分この声は日御池さんだ。
どうして俺が歌っていないことがバレた?俺の口パクは完璧なはず。しかし、思えば日御池さんは俺の後ろの席だった。
「校歌知らなかったんだよ」
卒業式で喋るのは随分と非常識な感じがするけれど、俺は苛立ちで反射的に返してしまった。クススと後方からバカにする笑い声が聞こえる。反応するべきじゃあなかった。
そうだよ。俺は何も知らないよお。校歌それどころか、今日高校の名前を知ったような気がする。
律塾館大学附属星五月雨第一高等学校なんて俺は知らなかった。ああ。ここ付属校なんだって。じゃあ。え?俺はどうなっているの内部進学なの?そんな進路調査書一切合切書いたことないんだけれど?そんなどうでもいいことを考えていたら、「起立」の合図に遅れてしまった。あっ。終わったとしか思えなかった。
「ふふふふっ………」
また後方からクスクスと笑いを堪えて漏れ出た声が聞こえる。日御池さんはそこまでゲラだったろうか。しかし、鬱陶しいのは変わりがない。
「邪魔すんな」の小言だけは入れさせてもらおう。
俺の神聖なる卒業式の一幕をお前のせいで妨害されたからなあ。あとで報復措置を取らせてもらおう。
「関根四季」
「あ、あ。え、はいっ!?」
そんなクレームを入れていたら、自分の名前が呼ばれてしまった。あの卒業式恒例、陰キャ殺しの点呼である。それが変にならないように陰キャはこの学校生活で培った技術を全力集中で投下しなければならないのだ。なのに、なのに……。唐突だったもので、声が盛大に裏返ってしまった。
小鳥が囀っているかのような、高い声。
周りからコソコソと卒業式だと言うのに喋り声が聞こえる。何言っているのか分からないけれど、多分俺への悪口に違いない。
そうこう被害妄想が広がっていく……。
あ、あっ。終わった……と考えるのは必然だった。本日2回目の終わったである。
立ち上がった瞬間俺の顔は真っ青である。ゆらゆらと挙動不審に立ち尽くすしかなかった。たった今俺の(黒)歴史の一ページに盛大に刻まれた。
いやいや、大丈夫だ。俺の座っている席の隣の隣は唯一の空席であった。なにを隠そう彼女、桜場さんの席である。はは〜ん。桜場さんはこの卒業式という晴れ舞台を欠席する俺のやってしまった過ちを繰り返しているのか。
いやあ。こうなると俺の方が青春係数は高いんじゃないか?
そう思ったけれど、周りに笑われているのは全く青春をしていないようだ。
さっきの行動が、また日御池さんにはツボだったらしく、「クククっ」と忌々しい笑い声が聞こえる。それが余計に周りに広まっていっているようだった。
まあ。この卒業式と言う絶対に笑ってはいけない空間で俺みたいなやつが変なことをしているからこんなことになっているのだ。周りの生徒からしたら俺は随分と迷惑な行為である。周りのみんなには俺の行動を謝ろう。
すまない、と。
俺は次の礼を恭しく謝罪の意味を込めてお辞儀をした。
しかし、てめーは許さねえ。日御池海桐花あ。




