第73話 こういうイベントはもうないと思っていました。
「あら、祈様、友達が来ているのですか?」
急に舞賀さんのおばさんが部屋の扉を開けた。
びくりと舞賀さんは体を震わせた。こういう演説の練習の時に親なんかに見られるのは最悪なことだ。殊、舞賀さんみたいな性格ならば……。
「あわわわわわ……。あの、ああああ」
ほら、最大限見たことないくらいには体を震わせていた。
その振動で目覚ましの代わりになりそうだ。
「あの。おばさま。見ました?」
「別にそうでもないですよ」
澄ました顔をするそのおばさまと呼ばれる人は、優しさでそう言ったつもりなのだろう。だけれど、舞賀さんの額から汗が一筋、零れ落ちる。大分動揺をしているらしい。この世のものを見ているような雰囲気とは言えなかった。
「四季……。ボク終わったよおお」
涙ぐんだ顔を振り向いて見せてくるのは俺にどうして欲しいのだろうか?
撫でればいいのだろうか?
でも、相手は女子である。数十年も女の子と触れ合っていない……。失敬華月さんとはその……。アレでしたけれど、まだ抵抗があるのも事実。俺は躊躇していた。
そんな中おばさまと呼ばれる人は、舞賀さんに向かってはっきりと申した。
「あらあら。舞賀家当主ともあろうお方がそんな顔をご友人に晒しましては、他の家のものに示しがつきませんよ?」
「いいんだよ。ボクは泣き虫で、臆病なんだよ」
駄々を捏ねて喚き始めた。学校のできる舞賀さんは完全に崩壊した。
「いや、ですから」とそのイメージを保ちたいおばさまという人は、なんとか落ち着かせようとしていた。されども、それは逆効果のようで、もっと乱暴に暴れ始める。
「ボクはまだ、練習をしないと行けないんですよ。何をしに来たんだよ!?」
切実な願いだった。まだ、表舞台に立てるほど仕上がっていないのも事実ではあった。
しかし、もう少しというのも事実。ここで邪魔でもされて中断などもっての外だ。
ここは舞賀さんの譲れない点であった。
「いや、私は、祈様に伝えにきたんです。お風呂が沸きましたので、入られては如何ですかと」
何とも家庭的な答えだった。
その答えにちょっと気が抜けたのか、冷静になったのか、「ああ。そうね」と小声で呟いた。さっきまで声を荒げていた自分が馬鹿らしいとさえ思っている口ぶりであった。
「その後にご夕食にされては如何でしょう」
「それでいいから……。早く出て言ってもらえる?」
「あの……。ご友人方も、ご夕食を一緒にどうでしょうか?」とそのおばさまはゴリ押しで尋ねてきた。それに舞賀さんは苦渋を呈しつつも頷いた。
「まあ。なら一層、結構な時間だから、泊まっていくのもありじゃないか?」
舞賀さんは追加するのように平気でそんなことを言い出した。
俺はカノジョがいる身なのだぞと思ったけれど、世界線が違った。なら、何も問題ないのかもしれない。いやいやいやいや、そういうことではない。俺は男で、舞賀さんは女ではないか。
おばさまには俺が舞賀さんを男と思っていると考えているのだろうけれど、それでも何か、よくないだろう?
「正気?」と舞賀さんに聞いて見たけれど、「正気」と鸚鵡返しされただけだった。
こいつは自分が男でないことを自覚していないのか?
「どうするのか決められましたか?でしたら、お先にお風呂へ入ってくださいませ」と言っておばさまは出て行かれた。
呆然と俺は舞賀さんの部屋に立ち尽くした。
泊まるとなるとさっきまでの和気藹々《わきあいあい》とした空気が一気にその恋愛の気を感じる場へと一変した。
「じゃあ。四季、入ってくる?」
「舞賀さんはもうちょっと警戒した方がいいと思う」
「警戒しているよ?陽キャに対しては」
うん、そうじゃなくて。それはよくわかるから。あの陰キャに対しては、それと男に対してもだよ。
「まあ……。入ってきなさいよお」と一点張りで勧められるから、しょうがなく俺は入ることにする。長い廊下を下って、風呂を見つける。
死ぬほど分かりやすかった。殆ど温泉旅館みたいな暖簾がかけられていた。二つもあるし。青の暖簾と赤の暖簾が。多分入る方は青なのだろう。
屋内の大きな風呂もありながら、露天風呂はあるし、サウナも兼ね備えている。
どんだけシャワーが備え付けられているんだってぐらいにはシャワーがある。
下手な下町の銭湯よりも充実している。
「こりゃあ。恐ろしいわ」
この屋敷にはどれほど人がいるのだろうと想像をして見たけれど、舞賀さんとあのおばさまという人しか見ていないような気がする……。
ささっと着替えて、ささっとシャワーを浴びる。
そしてどっぷり、風呂に浸かる。
「うわあ……。素晴らしいわあ。生き返るよう」
「そうですね」
「うわあああああっっっっっっ!!!」
ひ、人がいるうううう。
湯煙が立っていて誰か分からない。目を擦って目を凝らして見る。
体をタオルで巻いて、妖艶な雰囲気を纏っている人だった。
「な、ななな何で。ま、舞賀さんが!?」
「いやあ。ボクも入れと言われましたから、入ったんですよ。まだ、シャワーを浴びていないんですけれど………。それがよくなかったんですか?」
「そ、そ、そうじゃなくて……」
もうここにいる時点で全てが悪いですよ。
女の子が男の子と一緒にお風呂に入っているのはそれはそれは良くない。
男女二人、何も起きない訳もなく……。
「あの。お風呂二つあるじゃないですか。青が男湯で、赤が女湯ですよね?」
「それは大きな宴会がある時なんですけれど……。いつもは青の方しか使っていませんよ?」
「その心は?」
「ほら、水が勿体無いじゃないですか。どう考えても」
ああ。順当だった。舞賀さんらしい金持ちの事情だった。金持ちには変わらないけれどさ。
「あ、ああ。でも、俺がいること知っていましたよね?」
「まあね」
「え?はい?なら、どういうことなんですか?」
なら、俺の身体を見たい変態なのですか?変態は日御池さんや維川さんでもう十分なんですけれど?
「ほら、どうせ見えないじゃないですか」
「まあ。なんか湯煙が凄いですものね」
「いや、そうじゃなくて、ボクたち文字じゃん」
「急にメタ」
やめてくれよ。急に見えなくなったみたいじゃないか。
湯に浸かっているのに、湯冷めしてしまいそうじゃないか。
「それにしたってボク胸ないし、マイナスAじゃないですか?幼児体型ですよ。だから、もう銭湯の女子風呂にいる6歳以下男子と一緒でしょうかね」
「全然違う、違いすぎる」
「違うのか」と言って舞賀さんは湯を上がった。
出ていくのかと、ほっとしたけれど彼女はシャワーを浴び始めた。
俺は目を背けた。
「ねえ」
「なんですか?」
「何でタイルなんて見ているの?」
「いいタイルなんだよ」
「へえ〜」
彼女は見せたがりなのか?だとしたら、普段の性格とは随分と逆なのだけれど。
これはこのゲームの仕様なのだろうか。だとしたら、スタンダードなのだけれど、けれど、これが現実でなくて残念がっている俺もいた。クソお。現実でこういう女の子がいればいいのに。そうしたら学校くらいは通ったというのに……。あはは。
俺はこの風呂に入っている間、これを考え続けるで精一杯だった。そうしないと俺のメンタルは崩壊しそうだった。




