第48話 好きには理由が理由があって然るべきだろ?
「単刀直入がいい?もっとくどい説明をした方がいい?」
「いや。好きにした方がいいんじゃないですか?」
「あら。イエスかノーを曖昧にするものじゃないわ。はっきりイエスと言えばいい。ノーは能無しがするものよ」
華月さんは身だしなみを整えて、すうっと息を吹き込んで、吐いた。
「だから私はイエスと言う。あなたが好きよ。間髪入れずに好きだと高らかに宣言できるわ」
恥ずかし気もなく、紅潮した顔をみせるべくもなくただそれは当たり前のことのように言葉にした。
対して僕は全くもって当たり前ではなかった。予めだ。予めそのような予兆を感じ取っていたというのにこの反応。俺のほうがどよめき、取り乱していたかと思う。滑稽な対比だった。
「それはなぜ?」
俺はありふれた回答ではなく、疑問のほうが浮かび上がる。
「無粋ね」とさえ言われてしまっても、俺は知りたかった。
俺が俺を好きになられる《《理由》》。それがないと納得できないくらいの恋愛に対してひねくれ者になってしまったのだから。
「まあ。いいわ。簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかったもの」と指を添えて滔々《とうとう》と説明を始めた。
「理由はね。ないわ」
華月さんはそれはもう言い切った。ない。ない……。
「ないかあ……」
感傷に浸るくらいには傷つく言葉だ。好きには理由がいると思っている俺の価値観が破壊し尽くされたようだった。
「けれど、そう自覚したのには理由があるわ。それは舞賀家一連の騒動に起因すると思うわ」
「聖良さんに言われたからですか?」
「それもあるだろうけれど、根本は違う。私はね。醜かったのよ」
およそ華月さんの自己評価から出てくるような言葉ではなかった。醜い?見にくいの聞き間違いかと期待したものだが、反芻するように「醜悪だったのよ」と繰り返した。
「どうしてですか?」
「私はただ、舞賀祈に嫉妬していただけなんだわ」
嫉妬?はて、嫉妬する部分などあっただろうか?
確かに綺麗で凛々しいとは思っていたものだけれど……。この感想は心に秘めたる個人情報に他ならないのだろうけれど……。思い当たる節。思い当たる節。
あ。
ああ。そうだ。思い出した。
「あ、あの……。口を合わせた、あの、きキキキ、キスのことですか」
華月さんの顔がみるみるうちに茹で蛸になっていく。
図星らしい。
「あ、あ、あの。あの。あの」
「あのから情報量がないのだけれど」
「あ、あの。言っていいのかわからないんですけれど」
舞賀さん言わないでって言っていた気がするけれど、まあいいや。もうこんな哀れなことで悩んでいる華月さんを俺は見過ごせない。なんか正したほうがいい。変な方向へ飛んで行きそうだ。
「舞賀さんは男です」と俺は叫ぶように言い放った。
華月さんは固った。そして崩れ落ちた。
頭を掻きむしって、後悔の念を表現しているのだろうか。かと思えば、フェンスへ腕を乗せて遠い目をした。
「わ、私はやっぱりどうかしていたのだろう。恋は病か」と悟ったようなことを言った。
一気に俺を目が冷めたようで覚めたような感じで見つめている。
まずいことを言ってしまった気がする。だから、俺は上手いことでも言って励まそうとした。
「じゃあ、恋っていう病原体がいるのかもね」と何も上手くもない返しをした。
「恋は感染症よ。学生時代という視野狭窄に陥っている空間内で誰かが恋を発症したらドミノ倒しに皆一同に恋をしないと焦るんだわ」
「まあ……」
「その恋っていうのは周りを影響させ周りを狂わせる才能があるんだわ。それに当てられた一人が私だったのよ。いわば、ただの精神患者ね。しかし、ありふれたものだから、それを精神病ですら認定できない。数が多すぎるから」
「そう、なんですか…」
頷きはしたが、華月さんには不憫に思えた。
だから、頷きの肯定か否定かの含意は保留しておくことにした。それでも思うことはあるので、話し続ける。
「あの。じゃあ。それを精神病と位置付ける論理ならば、それは必然的に直さなければならないんじゃなんですか?」
病気は治るものでしょう?
俺はそういう固定観念に囚われていた。
それを崩すように華月さんは首を左右に揺らした。
「四季くん。しかしね。病気に掛かったからと言って一概に不幸とは限らない。思わずの副産物を受け取ることがある」
「?」
俺には言っていることがわからなかった。
「私はね。幸福なのよ。ドーパミンがドバドバと出ている気がするのよ」
大に手を広げて幸せを表現した。
清々しく美しい。歪んだくらい嬉しそうな笑みを浮かべている。俺には後ろの空の美しさと、華月さんのそれは溶け合って曖昧だった。
だから、華月さんに肩を載せられた事に気づきやしなかった。
「ねえ。私は幸せなの、その夢が続くようにしてほしい」
甘えたような声で耳元で囁く。
俺はそれに呆気を取られて、足が蹌踉めいて、壁に凭れかかった。
華月さんは俺の胸の中に飛び込んできた。吐息が触れ合う。そんな距離感。
俺は脳震盪を起こしたかのような感覚になる。
「それはどう言う意味?」
なすがままにして、この状況が生み出されている事に対しようやっと反論ができそうだ。
「こういう意味」
柔らかいものが押し付けられた感覚だ。吐息は感じない。暖かいものだった。
触れ合いたい。このままでいい。そう思える心地よさがあった。
元来僻みのように人間が口づけをする意味がわからなかったが、なるほどこう言うことか……。俺は何かに沈んで行ってもう戻れないような心象になった。
なぜこのままなのだろうか。以前妹が華月さんのことタイプなのかと言っていたけれど、俺は彼女のことがタイプだったらしい。
好きな人と触れ合うというのはこういうことかと心地よさに浸っていたものの、俺は周囲が冷たくなっていたのを同時に感じた。
間も無くして、やめなければならないとも思った。俺には背負いきれない。
こんなにも優柔不断だから。
「あれ……」
そこから違和感に気づくのは早かった。
俺は異質なものを見たからだ。
プレート。看板。そんなもの。もっと既視感のあるもの。
そうだ。あれは乙女ゲームやRPGで表示されるメッセージウィンドウのようなものが華月さんの上空30センチ程度に浮かび上がっていた。
「エラーコードが入力されました。一部データを消去して、ローディングを開始しますか?YES / NO ※過去データが復元される可能性があります」と読み上げざるを得なかった。
「な、なんですか?これ?華月さん知っていますか?」
彼女を直視すると、幸福感漂う表情で停止していた。意味がわからなかった。
ペチペチと頬を叩いてみる。罵倒は舞い込んでこなかった。
それどころか。さっきまで吹き込んでいた風だってなかったかのようだ。
どうして?どうしてこうなった。俺が華月さんとそういうことをしたからか?
俺ごときがそう言うことをしてはいけなかったと言うのか?
あれこれ論を立てて見たところで、結局するっと理解できる回答を俺が用意できるわけがなかった。だから、最後の手段。最後の手段と言っても手段はこれしかない。
メッセージウィンドウに表示されているYESかNOを選ぶのみだ。ここは直感。NOだった。俺はNOの方へと手を伸ばす。
「待って。ダメだ!!」と屋上の扉が乱雑に開かれた。
この登場の仕方にデジャブを感じた。舞賀家一連のあの時でもそう言うことがあったな。だからと導き出されて、聖良さんが登場するそんなことはなかった。
「桜場さん?」
「あはは。桜場ですよー?」
「あの。どういうことですか?なんで桜場さんがここにいるんですか?無粋ですよ。ずっと見ていたんですか?」
「いやいや。諸々は後で喋るけれど、世界が停止してから来たさ。そこまで無粋じゃない。無粋であっても止めたかもしれないけれどね」
前提のわからないことを言う。
その桜場さんは不敵な笑みをしてそのメッセージウィンドウに指を向ける。俺は改めて、それを見た。
「なんですか?」
「そんなの分かり切ったことでしょう?メッセージウィンドウだよ」
「なんでこんなものがこんなところに?」
「そりゃあ」と彼女は不気味だった。
その不気味な彼女はこう言った。
「あはは。ここがゲームの世界だからですよ」と。




