第45話 尊厳の破壊と再生。
縁側に華月さんを連れ出した。
逃げる。逃げる以前に状況の一切合切が飲み込めていない。俺も華月さんもましてや聖良さんだって。
「あなた。毎度思うけれど、強引ね。あの汚い彼は怒り心頭に発して狂い喚くことだわ」と不本意に連れ出されたなんて言っているかのような口調だ。
しかし、ちょっと見上げて顔を直視すれば、照れているような……。
「何を眺めているのよ?私が美しすぎて、見惚れるのはわかるけれども……」
「違う……。違わないけれど」
「じゃあそれでいいじゃない」
「まあ……」
なんか飲み込めないなあ。
「そんなどうでもいいことよりもさー。結音ちゃんどうしてこんなことになったの?」と遠慮の遠の文字もないくらいにど直球ストレートを投げ込む聖良さん。
流石だ。俺一人だけだったら、ぐだぐだと何も聞けずに巧く躱されて雑談へと昇華されていただろう。はあ。聖良さんがいて良かった。
「どうしてねえ……」
そう反芻し屋外にひらりはらりと飛ぶ蝶が去るのを見守ってから、華月さんは重い口を開いた。
「私の家、家庭というべきでしょうね。母は元々舞賀家の三か、四番目の妾だったわ。もう死んでしまったのだけれど前代の当主である父と母の間に生まれたのが私。ははは。笑えないわよね」
自嘲気味に笑う華月さんのその言葉に俺らは反応することができなかった。
「まあ。それだけならば、普通よ。自然妊娠で生まれた子供なんてそんなもの。自然妊娠で生まれただけで特別視されるのよ」
「ちなみに私は人工授精」と聖良さんが要らない新情報を出す。
「しかしね。私自分で言うのもなんなんだけれど、その上天才だったのよ。文武両道ってやつ?今の私が幼少期の頃にすでに完成してしまっていたわけなのよ。それがその特性が悲劇の始まりなんでしょうね」
「悲劇?」
俺は丁寧に薄氷を踏んでいくような震えた声で鸚鵡返しに尋ねた。
「悲劇と言っても大したことないけれどね。天才性を見越して次期当主でもしようかと言う話が躍り上がった。それはもう強引な話だったと。もう幼少期の話だったもので、記憶もないのだけれど、担ぎ上げようという勢力は大きかったらしい。私の母への嫌がらせも恒常的だったらしいわ。
その後、私がもう少し成長した頃、同時期に父が事故死もした頃から、私もはっきりと自覚できるくらいには嫌がらせは激化したわ。まあ。これがだい財閥舞賀家のやることかと……。
子供ながらに母に私が当主になるからと懇願したこともあったわ。それでも母は了承しなかったけれど。最終的には舞賀家の第一側室だった子。最も正当な子である今の舞賀祈が選出された。順当に、元の鞘に収まったと言えるだろうね」
「と、いうことは祈さんと異母兄…姉妹ってことになりません?」
「そういうことになるわね。私は姉妹だとも思いたくはないけれど」
「それはひどくないですか?」
「はっ。彼女はあの汚いババアに言いなりの傀儡人形じゃないか」
まあ。あのオロオロとした性格なら、その汚いババア?とかいう人に従ってしまうのは納得してしまった。もう凛々しい舞賀さんはいない。
凛々しい華月さんもいなかった。
やや激昂しすぎて、何がなんだか分からなかった。その後も彼女舞賀さんへの淡々とした罵倒は続いていた。冷ややかで冷徹。言葉を並び立てているだけ。
俺は流石に許せなくなって「おい、や、辞めた方が……」と口を挟んだ。
「何よ。単純な批評よ」
「そうなのかな……」
煮えきれない態度で納得を飲み込む。
「まあ。ヒートアップしてしまったのは申し訳ないわ」と謝ることはするらしい。
謝れない病気にかかった人ではないらしい。
くるくると髪を指に纏わり付かせながら、「まあ。そんなものよ」と結論を言ったようだった。俺も流されるように、腑に落ちた体を取ったのだ。
そんなことをしているから、不快感を露わにした聖良さんにこう言われてしまうのだ。
「いやいや。終わりじゃないでしょー?これじゃあなんで当主になろうとしていたのかわからないでしょうよ。これじゃあ。当主になりたくないことしかわからないでしょう?」とこれまた直球ストレートで華月さんを殴ったようだった。
華月さんは口を噤んだ。固まって、呆けて何も言えなかったの方が正しいだろうか。
その華月さんがようやく口を開いて出した言葉は「わからない」なんていう珍しい言葉だった。
考えも纏まっていない中俺は何かを喋り始めようとしたものの、華月さんは遮るように堰止まっていたものが全て流れ出した。
「どうしてだろう。私にはもっとやりようがあったはずだわ。なのに、過去のゴミみたいなものを利用して、ゴミみたいな奴らに担ぎ上げられようとしてる。私は多分狂っている。いつからか、……。四季くん、あなたに出会った時かしら。直感があなたに引き寄せられた。その次に感情でしょうか。決して四季くんが狂っているというわけではないわ。私が狂っているのよ」と長文早口で説明をした。
今度は俺がポカンとしたかも知れない。
聖良さんは「あはははっ」って笑った。それはもう失礼なほどに大爆笑した。
ひとしきり大爆笑すると、今度は打って変わって寂しそうな目をした。
「はあー。あの時のわたくしってこんな感じだったのかしら。まあ。いいわ」
ちょっと自嘲気味に笑う。
そして、指を突きつけたのだ。
「ねえ結音ちゃんさんよお。惚けても無駄だぜ。四季くんが好きなんだろ」って。




