第37話 更衣室。高位の好意がないならば……。
華月さんと喋ったあと、星宮に聞こうかと思った。
ダブルチェック。ダブルチェック。
華月さんが信用できないとかそういう訳ではなくこれ以上話せないからという理由である。だから、星宮を探そうと思った。
次は体育だったはずだ。まあ。用意をしていたら容易に遭うことはできるでしょう。
体操着をロッカーから取り出して、ちょっと、星宮のことを待った。
5分ほど待ってみたものだが、彼は来なかった。あれ?どうかしたんかな?
先に行ったのか?と思った俺は更衣室へと向かった。
あ……。ん?そういえば更衣室どこだっけ。あれ?
いつも星宮と一緒に行っているから場所がわからない。嘘だろ、あれ。本当に記憶がないんだけれど……。
多分左、多分、右……。と当てずっぽうで進んでいって、ゆくりなく職員室に突き当たって、そこに飾られている校内地図を見てようやく分かった。
職員室前に立てかけられている時間を見て、時間がまずいということもわかったので、走り込んだ。
何で校舎内で彷徨っているんだ。なんて思考は放棄して、一所懸命にその場所へ向かった。
向かったのだけれど、あれ?あれ。あれ?
「鍵がかかっている」
まじ。え。な、何で?まだ授業も始まっていないんだけれど?も、もしかして、俺遅すぎたから鍵閉められたってこと!?
焦りと緊張が、俺の手の水分を多くする。
そのものがドアノブをニュルニュルと潤滑油を刺したがごとく、滑っていく。
ガチャガチャガチャとけたたましい軋みを響かせるが、ドアは一向に開く気配はなかった。どおおしててええ開かないんだよおお。
あ。
「そういえば、そうだ。先生にでも行って借りにおこうか」
俺は踵を返して、再び職員室へ。鍵を借りて凱旋。
さっきの取り乱しもなく、平然と鍵穴に突き刺して回す。ガチャリと扉が開いた音がしたので心は安心した。
いや、でも早く着替えないと遅れてしまうなと、俺はそれだけが頭一杯で躊躇もなく、扉を開ける。
扉を開けるとそこは楽園だった。
本当に楽園という訳ではなく、比喩ではあった。
男子更衣室にただ一人、平然とはだけ、着替えているその人がいた。
俺は暫く目が離せないでいた。自然美。曲線美。その見惚れるその身体。
俺はそれがこの世のものとでは思えなくて、パタリと扉を閉めた。
そして、上を見上げた。
うん。確かに男子更衣室と表されている。
じゃあ。どうして、舞賀さんがいたんだ?
まあ、確かに体育の授業は別クラスとの合同で行われるのであるけれど、でも流石に女の子が……。
ガリレオのごとく複雑な方程式を解くがごとく、脳を回転させる。
何も考えられなかった。
あー。うーん。なら、なるようになれ。考えないでおこう。もうトイレで着替えることにしよう。と俺はその更衣室から颯爽と立ち去ろうとした。
そうしたら勝手に目の前の扉が開き、腕を蜘蛛の糸のように掴み取られる。少なからず抵抗を見せるものの、怪力でなす術もなかった。
ただただ、引き摺り込まれ、その上扉に鍵をかけられた。
「あ、えーと、どういうことですか?頭が全く整理できないのですけれど……」
「ボクもね。わからない……」とその引き摺り込んだ張本人が言う。
「いやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいや」
「だって、あの。女ですよね」
「女です……」
「じゃあ。ここはどこ?」
「男子更衣室ですね……」
「ちゃんと自覚しているのに、どうしてこんなことになっているですか!!!」
「いや、あの…ボク事情があって……」
「事情とかいいから。え、これ。名家当主様が、犯罪…」
前の世界でも十分犯罪にカテゴリーされることではあるが、この世界では余計だ。
え、またあれですか。また星宮のズボンとか盗まれている系のやつですか?
「誤解です」
「じゃあ……。その権力を使って俺をこれから消すとか……」
「語弊です」
「では、何を」と問いただすと、彼女はムズムズとばつが悪そうに口籠る。
「やっぱりやましいんじゃん」
「あの違うのですよ。ボクからは何もいえないですけれど、話を信じてください」
「そんな上手い話があるかよ」
「……。ないですよね。ねー」とあははと笑う。
犯罪者が追い詰められているのに笑っている。怖い。
俺は無意識に腕を組んで警戒をした。
しかし、俺にはそんな時間は残されちゃいなかった。
キーンコーンカーンコーンという軽快な音が耳の中に舞い込んできた。
俺らはその音を聞き終わるまで、一歩も動けなかった。ただ呆然としていた。
「あ。遅刻だ」
「あー…。まあ。そうね。ボクもそうだから」
まずい。これは途中参加になるじゃないか。
ただでさえ目立ちたくないボーイなのに。あの途中参加の空気感を思い出して、吐きそうになった。
「あの。そんなことどうでもいいから。出ていってもらえますか」
「あの、え、ん……」
「出ていって」
普段はそんなに強い口調を使わないのに。
やっぱり途中参加の辛さがあるのだろう。彼女のトロトロとした身支度に我慢できなくなっているのもあるのだろう。
「はい。あ、待って」と彼女も焦り始めて、わちゃわちゃと荷物をまとめて……。
彼女は転んだ。
ステーン。と、俺に覆い被さった。
吐息の当たる距離。
あ、あれ。待って。ん……。
俺の膝はちょうど、彼女の股間のあたりを突いていた。
やばい。ああああ。俺は、なんてことを……。
は、早く早く退けないと、と若干膝を動かしたところつっかえるものがあった。え?な、なな。どういうこと?どういう……。
なぜなら、彼女の股間に膨らみがあったから。
「あれ。あ、ん」
あれ。これは、これは。女の子にしてはいけない膨らみをしている。
その膨らみに馴染みがある。
ばっと空を斬る勢いで彼女の顔を見た。凛々しい出立ち。変わらない。変わらないのに……。こんなに綺麗な女の子なのに……。脳みその中から何かが崩れる音がした。
「お、男ですか……?」と俺は最大限に配慮しつつそれを確認する。
その配慮も虚しく彼女、彼女と呼ぶのが適切かもうすでに分からないけれど、紅潮をし始め、「あああああ、あ…。あ」という動揺を隠せそうにもなかった。
もう、舞賀さんのあの風紀委員で、凛々しいイメージは音を立てて崩れている。
舞賀さんって意外とドジっ子であるという印象がついた。
取り乱して、取り乱して、転けてしまうのもドジッ子じゃんとそういうイメージである。
そして、また舞賀さんは取り乱して、取り乱して、頭をぶつける。
ぶつけた反動が、覆い被さる。
唇に、生暖かい感触が……。
「おーい。四季ー。いないかー」と更衣室に入ってくる星宮。
全てがキャパオーバーで俺は気絶した。
もう何も考えたくはない。




