第114話 最後の最後まで無様だった。
カチ、カチと言う時計を眺めていれば、数時間は有に経っただろう。
それにしてはあっという間だった。それは桜場さんとそのお仲間たちがエンジニアとして介入していたからだろう。妹だけでやっていたら、多分その十倍ほどはかかっただろう。
やることもない、邪魔者になってしまう俺はなぜだか、その間に桜場さんと他愛もない話をしていた。何か喋ろうよと、言い出したわけでもなく桜場さんと話していた。妹は集中しきって話しても対応はしてくれなさそうだった。
その方がいい。好きなジュースのフレーバーだとか、体はどこから洗うのかみたいなくだらない話だったのだから。
まるで、臨終してしまう最後の遺言を総当たりで選んでいる感覚になった。それにしては遺言が陳腐で、スカスカな言葉で幕引きされてしまいそうなことだけれど、まあ。それはそれで俺らしくていいかも知れない。さて、もう少し吟味して考えようか。
「終わったと思う」
急に妹から、そんな文言が吐き出た。
終わったのか?終わったのならば、何か変化があっても当然なのだけれど、周囲をキョロキョロ見渡しても、何が変わったのかすら発見することは叶わなかった。
疑問たっぷりの顔を彼女らに向けた。
「そりゃあ。何も変わらないよ。今までみたいなプログラムじゃないから」と妹が言う。
「そうなの?」
「さまざまな制約があって、それを外す作業が主だった」と桜場さんは犯人の手の内を高らかに宣言するように語る。
「そして、主人公権限であるHOMEに戻るを追加した」
「HOME……」
「HOMEボタンがないから、帰れなかったのだよ」
「そんなまるでゲーm…。ゲームでしたね」
思わず苦笑をする。この後に及んで、現実だと感じている馬鹿な俺がいたことに心底驚いた。
「まあ、仮称さ。名称がなければ使いにくいだろう?」
「まあ。そうですね」
「で、その機能はどこにあるんですか?」
目の前には見えない。
馬鹿には見えないとか言い出さないよね?あんだけ勉強したのに無駄だったなんて洒落にならないからさ。
「ははは。そんな選民的だったら、どうしようもなくなるでしょう。えっと、ちょっと待ってね。出現させるから」といい桜場さんがごちゃごちゃとキーボードを叩く。そうしたら、本当にHOMEボタンがぽんっと唐突目の前に出現した。
ここがリアルに仮想的にゲームだと言うことが実感させられた。華月さんの時や、ERROR CODEの時よりもゲーム感覚が際立っていると言えるかも知れない。どちらの時も切羽詰まった状況だったから、そんな感覚もじっくり感じることはなかったのだろう。
そんなHOMEボタンで感慨に溺れ、呆然と佇んでいる俺を正気を戻すように妹は音頭を取った。
「じゃあ。戻ろうか」とさらりと言う。
そんな呆気ないものでいいのだろうか。なんかもっと厳かで、感動的な、そんな感じであって欲しかった。
「そんなのは只の物語だ」と桜場さんは言い捨てる。
「これは不幸なことだから」
桜場さんは顔を落とした。
その言葉は俺とのずれを体感させられた。
俺はこの出来事を不幸だと思ってはいない。寧ろいい体験をしたと思っている。
華月さんに、聖良さん、天川先輩、日御池さん、維川さん、既に消えてしまった星宮。 そして、桜場さん。
どれも忘れがたいことだった。それを不幸な出来事なんて言う言葉で一掃できなかった。これはかけがえのない思い出で、永久に覚えているべきものだった。
それを口に出そうかと。それらの思いの丈を思い存分語ろうかと思った。だけれど、それを出してどうするんだ。俺はこの世界で、生きて行こうとでもしているのか。こんな大変な思いまでして俺を助けてくれた桜場さんをただただ裏切ることになる。そんなこと絶対に出来たものではない。
「じゃあ。私のベットに寝転がってくれる?」
「ベットに?」
「そう」
俺は促されるがままに、そのベットに寝転がった。
この寝心地、あの天井。久々だった。
けれども、こんなところで寝ていてどうにかなるんだろうか。戻るんだろう?そこにわちゃわちゃとある機械を装着するだとかあるんじゃないのか?
「別にそんなことをする必要はないよ。もともと電子だから」
まあ。そうなのだけれど、なんか雰囲気が物足りないとか訴え掛けたいところだった。
「じゃあ。このまま。目を閉じておいて、閉じて起きたらそこは元の世界だから」
何か悪い施術を受けているようだ。
それでも、俺のしみ込んだ従順な精神は捻じ曲がるところを知らない。しかし、今日だけはそれを聞けるものもなかった。
「桜場さん」
俺は気が付けば、そう口に出していた。
「なんだい。四季くん」
優しくそれに応対する桜場さん。いつも通りだった。
「最後ですね」
「まあ。そうだね。この事態も終わりだ」
しみじみと彼女は柔らかに言った。
「そうじゃなくて、桜場さんとこうして会うことが」
「ああ。しかし、死ぬわけじゃない」
死ぬわけじゃない。そんなことは分かり切っている。分かり切っているのに目元が、熱くなっているのを感じる。
つるりと頬を伝る線が一筋。それが何本も流れ出ている。
「そんなに悲しい顔をするものじゃない。綺麗な顔が台無しだよ」
俺はそんな綺麗な顔を自身で汚していることに罪悪感を抱かない訳がなかった。
だから、目を閉じて、必死に覆い隠そうとした。
そう、消えてしまいたいほど、無様な事態だ。
無様な俺だったけれど、最後はかっこよくありたいものだ。
でも、やっぱり天川先輩と旅行は行きたかったなあ。
そうして、暗転していった。




