第111話 論理が精密だって、否定する心は心は精密じゃない。
衝撃が走って硬直している。
俺が信頼してやまない桜場さんによって否定したい事実を突きつけられている。
だから、咄嗟に否定の言葉を吐く。
吐くことによって、多少なりとも完璧な論理に穴があればいいと思った。
「な、なんで妹なんですか?妹が、妹がこんなことをする理由がないじゃないですか……」
いや、しかし、兄というのは妹に何をしているか分からないくらいには様々嫌われることはしている気がする。洗濯物を一緒くたに洗うだとか、そういう嫌われそうなことをしてしまっている。逆に心当たりが多すぎて、こんなことをする動機にはならないんじゃないかとさえ思うのだ。
「そうやって否定をしたい気持ちもわかる。正直、四季が妹という単語を出さなければ、そうは思わなかったのだから」
「それはどういう……」
そういえば、桜場さんに妹の話をしていなかったんだな。
とっくの前に知らせていたような気になっていた。
「理由とか気になるところだと思うけれど、そこはまあ。期待しないでほしい。推理小説でも推理するのは動機まででしょう。感情まで推理し始めたら、それはもう臨床心理者だ。私は所詮一介のゲーム管理者だからね」
「一介のゲーム管理者が推理ができたならそれで十分ですよ」
俺はそういうのが全然出来やしない。
推理編を読み終えて、何も考えずに解答編を捲るくらいにはそんなことができない。でも、俺みたいなアホの聞き役はそういう本では必要でしょう?
「さて、君の妹が犯人であろうと思った理由は……まあ単純明快に容疑者がそれしかいないからだ」
からっとした声で適当な理由を言い始めた。
俺はそれに顔を歪めざるを得なかった。
「それしか……」
「ああ。だってここはゲームの中。ゲームの中に介在する人間の手など、我が社の人間か、四季だけなんだ。おおよそ断言してもいい事実だ」
「あらゆる可能性を考えたがる心配性には飲み込めない話だろうね。ゲーム内のAIの暴走だとか、まだ見ぬ第三者だとか」
確かにそうだ。妹とは限らない。
「目が蘇ったね。やっぱり妹だと不快感があるみたいだね」
「そりゃそうですよ」
「まあね。その意に添えない回答だけれどもね」
飄々と期待を踏み躙る。
「まず、ゲーム内のAIの暴走だとしたら、それはないだろうね」
「どうして言い切れるんですか?」
「そりゃあ。もう、不具合については調べがついている訳なんだ。と、いうか一丁目一番地で取り組んだけれど、何の問題はなかった。見落としている部分もあるやもしれないけれど、それは多分局所的で、無視できる範囲内であるはずだ。つまり、誰かの介在がなければ、ここまで暴走はしない」
「それが妹だ。と言いたいんですか?誰かの介在なんて、ゲーム外の人でも容易じゃないですか」
「待て待て、落ち着いて、はい、息吸って」
言われたから不肖不肖従う。
「落ち着いたね。じゃあ。見知らぬ第三者について、だ。さっき、四季はゲーム外の人でもいいと言ったけれど、それが最も好ましい。傍観者という立場がこれに適している」
「なら……」
「だが、ゲーム内であったとしても、操ろうと試行錯誤している相手は何をあろう意思を持った人間だ。乱数だらけの誤算だらけになるだろう」
「だから、自分が接触して、それを随時修正していたと言うんですか?」
「まあ、その通りだろう」
肯定されてしまった。
いいや。一番の問題は少なからずとも、俺が一定の納得感を示していることだ。
否定しなければ、否定しなければならない。そうしないと俺を支えてくれた妹に、悪い気がするからだ。
「ああ。あの、桜場さん。外部の人間が、その、華月さんなり、聖良さんなりを操って、そうすることは可能だと思います」
咄嗟に考えた論理ながら、結構的を得ているのではなかろうか。
「それも、あるにはある。あることにはある。それも限界があるものだ。人に伝達する時、情報が多少なりとも欠落するように、伝達する相手はAIだ。AIというのは新たな情報に緊縛されてしまう。コンテキストウィンドウや破壊的忘却が起こってしまうやも知れない」
「そうなんですか……」
コンテキストウィンドウというやつと破壊的忘却という専門的用語は残念ながら知らない所なのだが、とにかく出来ないということがわかった。
八方塞がりだった。
「これで疑問は終わりかな?」
見透かされたように、そう尋ねられる。
仕方がなく、コクリと首を落とす。
「最もな決め手は我々に視認ができなかったことが不可解だった」
「見えない?」
「パソコンで逐一キャラを観察及び監視をしていたから」
そんなストーカーみたいなことを。でも、桜場さんがタイミング良い時にいい所にパッと現れる仕組みがここでようやく知れた気がした。
「ボーとブルーライトを眺めいたとしても、実施調査をしたとしても、見つからない。そんな相手が君の口からはスラスラと語られている。怪しむしかないだろう?」
確信へと迫った口吻と眼光の燦然さを見る。
俺は、それにうんともすんとも出すことはなかった。何かを出せば、肯定してしまうとわかっていたから。
「そういうわけで私は君の妹が犯人ではないかなと思うんだけれど」
やはりそれに首肯をすることは叶わない。
「で、その妹はどこにいるんだい?」
それを否定することは簡単だった。




