第109話 ヒロインVS***
え?
そんな釣りみたいで来るのか?
ビー、ビー、ビー、と電子音的な警告音が部屋に鳴り響く。モニターには俺でも分かる警告の文字と警告灯だらけだった。
一気に緊張感が走った。
「やばい、やばい。侵食されてるぅー」
俺は状況もわからず、桜場さんが必死にキーボードを打つ音を乱雑に打ち込まれる姿を
眺める。特に目に見えない相手と必死に格闘している。
どっちが勝っているのかも、どこを攻撃されているのか見当も、健闘もつかないけれど、それが滑稽な人には思えない。寧ろ、パソコンを使っていかにもサイバーな感じで格好良かった。
それに桜場さんは楽しそうな口角を釣り上げた顔を見せていた。
手応えのある相手っぽそうだからだろうか。確かに桜場さんの苦心している姿を見るのは初めてだったかもしれない。だった、何か……とは思ったけれど、しかし、それ即ち、俺には何もできることがないということなのだ。
「おおー。突破されるかもお」
言動を聞いている限り、不味いのかな?
それぐらいは察することはできる。俺は何もしていないというのに、動悸が高まってくる。心臓に悪い。
大体、30分程度、彼女はパソコンと対面していた。
これがアニメや漫画の世界だったら、全く絵にならない戦いだった。
コードの打ち合い。最もルールに縛られたプレイをしていたと言ってもいい。
俺はその間、桜場さんにちょっと迷惑になるだろうなと思いながらも声を掛けさせてもらった。だけれど、それに回答が帰ってくることなんてことはありもしなかった。それだけ、本気だということなんだろう。俺は握り拳を作って応援を表現した。
それだけをするわけにも時間がかかりそうで、その上、特にやることもなかったので、料理に勤しむことにした。なぜ料理かって?それはもう夕飯をとうに過ぎ去って時計のてっぺんに針が迫ろうとしていたからだよ。
もしや妹が作ってくれたのかもしれないと思ったけれど、彼女はまだ、帰ってきてすらいなかった。あの妹夜遊びなんてしているんじゃないよな?夜遊びはYOASOBIだけにしておいてくれよ?
まあ。その妹のためにも、今頑張っている桜場さんに対しても、労いの気持ちを込めて男のチャーハンを振る舞おうとするか。
ちゃっちゃらパーとチャーハンのもとで作り終わると、桜場さんが曇った容貌をして、キッチンへとぬるりと登場した。全身には汗を纏って健闘の後が垣間見える。
「ああ。逃げられました」
落胆したようだったけれど、からっとしていた。
あんなに楽しそうにしていたというのに、どういう了見なのだろうか。いや、それよりも、逃げられたことによる不安の増幅の方が堪えられなかった。
「逃げられたんですか?それは大丈夫なんですか?」
「まあ。問題はないだろうと思う」
「本当ですか?」
「結局何もわからず仕舞いだったけれど。名前すら、それぐらいは徹底しているらしい」
懐かしい友人を思い出すかのように語っている。純粋に楽しかったみたいだ。
「まあ。まだ機会は十分にある。取り返しのつかないわけではないし、ここではまあ。試しにやってみただけだからさ」
そんな軽く……。
「私みたいなやつが存在していることはおそらく相手も分かっているだろうけれど、こうしたことによってヒントを与えてしまった可能性もある」
「大丈夫なんですか?」
「まあ。多分うまくいくだろう」
表現がふわりとしていて、一抹の不安を覚えた。
だから、その後に続く接続詞を期待した。
「ええーっ。チャーハン作ったの?」と期待とは違う反応をされて、ちょっと困った。
「まあ。作ったから。食べるならどうぞ?」
「それは明らかに一人分以上あるでしょー」
「妹にも作ったから。まあ」
「脳を使ったから、食べたい」
「あまりもので作ったから味は保証できないぞ?」
「それでもいいから」
俺の気も知らないで無邪気溌剌に椅子に座った。食べる気満々である。
俺は大皿いっぱいに作ったチャーハンを盛ってやる。それをフードファイターが如く軽く平らげて行く。どれほどさっきでエネルギーを使ったのか知らぬことだった。
「おかわり」なんていう始末。
「ははは。あまり食べないでくれよ?妹の分もあるのだから」
俺は口角を歪めた。
それに対して桜場さんは眉を歪めたような気がした。
まあ。いいさ。俺は冷蔵庫に残った、シャケフレークで何かを食べるからさ。




