第108話 ERROR CODE が入力されました。
暗転した。
目の前に見えるのは“ERROR CODE が入力されました”という恐ろしい文字だけ。
その文字の前で慌てふためくこともなく硬直しているだけの俺だった。数十秒は無言のままだっただろう。
それにこんな感じのものを見たことあるのだ。
華月さん?なんて思った。
「わっ」
「わああああっっぅ」
誰からともなく、脅かされる。
俺のヒーローである桜場さんがはにかんだ表情をして姿を表した。
俺が盛大にやらかしてしまったからだろう。
この頭上にあるものが何よりの証明だった。
颯爽と俺の背中を向けたのに、俺の背中は哀愁漂うものしか無いのは申し訳ない。
「大丈夫。大丈夫。四季くんのせいじゃあない。もともと、起こるんじゃないかと思っていたことが起こっただけさ」
だから、気を落とすなと、桜場さんは俺の背中を一撃して、勇気を出させる。
「桜場さんはなんでもしているなあ」
「それが仕事だから、別の気の負うことじゃない。寧ろじゃんじゃん厄介を掛けなさい」
さしもの桜場さんがそう励ましてくれるけれど、完全に負い目しかない。
だってこの緊縛した状況は明らかに俺のせいである。
「私は説明しにきたから」
ごくりと唾を飲み込む。
どんな苛烈な惨状になってしまったのかこんこんと説明を聞かなければならないのは耳が辛いものだ。
「ついぞ主人公星宮が抜けた世界が完成してしまった。まあ。それは多分歯牙にも掛けないものだろう」
「本当ですか?」
とりあえず、ほっと一息ぐらいは吐いていいのだろうか?
「それでも問題があるにはある。内的要因ではなく外的要因に」
桜場さんはあの文字の前に立っていた。
そして、触れられない文字を指でなぞった。
「この機会に君をここに送り込んだ人が、どさくさにアクションを引き起こしてくるかもしれない。それが尤も恐ろしいことだ」
また、その人絡みか。
「だから、ここで対処をしなければ、ならないということで私は現れたのだよ」
心強い言葉だった。俺は彼女が主人公かと思った。
だが、主人公にしては邪道であった。
彼女は空中ディスプレイを展開し、その“ERROR CODE が入力されました”を編集し始めた。
「な。何をしているんですか?」
「主人公が抜けた瞬間、このゲームはもう物語を始めないことになっている。永遠に繰り返される今日。永久に終わらない夏休みが訪れる」
それはとてもいいじゃないか。
現実世界でも俺はそうであった。あの日常が戻ってくるだけだし、それに許された夏休みは素晴らしいだろうと思う。
「寧ろ、それは好都合だ。隙が出来たということだからね」
星宮が出たことにより、俺が脱出できる可能性が限りなく高まったと言うことだろうか。
「所謂ね。そういうことだと思う」
「なら、隙があるうちに脱出を図った方がいいんじゃないですか?」
「そんな一筋縄で行くほどに簡単なことじゃない。多分君をこの世界に送り込んだ人物はそれを許さないだろう。すぐに修復を図る準備をしているはずだ。じゃないと、世界を二分したりと、そんな面倒なことをしない」
「まあ。確かに?」
「当然、都合の良い世界に作り変える動機になるわけだ」
また、二分化とかされたのならたまったものではないけれど。
「そのために何かをしているの?」
「まあ、ね」
桜場さんははぐらかして頷いたけれど、俺には百人力だった。桜場さんが何とかしてくれるのだ。
証拠と言わんばかりに、空中ディスプレイで何やらコードを打ち込んでいる。
一つも理解はできないけれど、何かしてくれていることぐらいは分かる。それで俺は頼もしい気持ちに余計なっているのだろう。
「はい。一応は設置完了だね……。不完全ではあるけれど」
まだ手を動かしている。
俺は声をかけるのを躊躇う。集中力を削いでしまうことを恐れてしまう。
「そんな配慮は大丈夫だよ?私は天才だから」とコードを打ちながら、与太話に精を振っているのは確かに天才性の表れだった。
「そうそう。ここへ干渉しようとしたら、とっ捕まえる手掛かりになるかな?と思って…」
「とっ捕まえるんですか?」
「そう」
「ど、どうして?」
「それはかつてないチャンスだからかな。攻撃してくるところが一意に定まっているから、折角なら、と言うことで」
俺の言葉を待つこともなく、片手で打ち込みながら、片手で工場見学の学生を説明するかのように指差した。
「ああ。まあ」
良く分からないが、待ち伏せには持ってこいな機会であるのは聞いている限り間違いはなさそうだ。エラーという干渉せざるを得ないところに罠を張る。それは海を支配した漁師の如くだ。
「どうです?見つかりますか?」
釣り人に釣果を聞くように俺は声をかけた。
「いいや。まだだね」
なんて、釣り人な返しをする。
けれど、ボケーと画面を眺めているわけではなくて、空中ディスプレイには無数の0と1が鱗次櫛比している。ずぶの素人の俺には微塵もわからない。
高速に瞳孔を左右に揺曳させる。
その瞬間、0と1の画面が止まったとしか思わなかった。
「あ、やばい。かかった。かかった」




