第107話 星のように散って行った。
僕は逃げていた。
いや、逃げ出したから、逃げていたで正しい。
こんなこと馬鹿げている。人のやって良いことではない。それに加担するのが何よりも恐ろしくて。僕も人ではない何かの一味になってしまったようで。
だから、逃げ出した。
これで逃げ切れたとしても、誰かの役に立つわけがなかった。四季のことは気がかりだったけれど、それは結局どこまで行ってもやっぱり僕のエゴでしかなかった。四季を自分の感情のために消費した。それを最低だと罵倒して欲しい。
僕にとっての正しさだった。
だけれど、それはある人にとっては正しくなったみたいだ。
警報器がウィンウィンなっている。
『№01が施設から逃亡しました。施設はシステムに則り、逃亡した第一区画を閉鎖致します。繰り返します。№01が施設から逃亡しました。施設はシステムに則り、逃亡した第一区画を閉鎖致します』
もう、気づかれてしまったらしい。
そりゃそうである。
僕は勝手に機械を停止させ、すぐさま、その施設から逃亡を図っていたんだ。システムで動いているこの施設であるのなら、すぐ、こんなことになっていても当然といえば、当然のことだった。
騒然と、警報器がウィンウィンなっている。
回るパトランプでもう、背景が赤く染まるかと思った。
しかし、そんな余裕を言っていられるほどには、人というものが居なかった。こんな大きな施設だ。警備員の一人や二人いても良いだろうに。どういうことなのだろう。
そこが引っかかりだが、そんなことで、引き返してすみませんと謝れる立場でもない。僕はもう、玉砕瓦全で進みゆく。
全く、ゴールが見える気がしないけれど。複雑な施設だ。迷路。嫌、要塞の様だろうか。それを手探りで進んで行く。
そうして、一つだけ、開けそうな扉を見つけた。
それはもう、僕の希望だった。これで、この事実を、四季を救ったことを報告すれば、僕は今度こそ、今度こそ、愛を—―――。
ドアノブに手を掛ける直前だった。
後ろからだった。
ブスリと何かが体に押し込まれる。
口から、パシャリと赤黒い何かが絞り出る。腹部からも、赤黒い何かが出て行く。パトライトの赤で余計赤々しく光っている。
僕は一瞬何が起きているか分からなかった。
「あ、アイスピック?」
分かったときには、痛みしか感じられなかった。バタリと倒れた。
「ど、どうして……?」
殺されるはずがない。はずがないから、逃げ出したはずなんだ。
だから、話が違うと無責任にも思った。
ずさ、ずさ、ずさ。三度刺してくる。無様に倒れている僕に近付いてくる。
施設には似合わない軽装。
「どうしてなんて、馬鹿なことを」と痰を僕に吐き捨てた。
馬鹿なことだなんて分かっている。分かっているけれど、それだけの感情を動かすための愛情があった。
「君は私のものなんだ。だから、首輪が付いているだろう?」
ああ。ああ。
く、首輪なんて掛けられちゃいない。
「比喩だよ」と言って脳をトントンとタッピングしている。
の、脳に……。絶望、絶望だけだった。
「ははは。お利口ね。お利口だけれど、彼に諫言したのはいけ好かない」
ぐっ……。
「けれど、残念だね。機密はその首輪によって、規制されている。君の努力は無駄だ」
そうかい。それが無駄だったなら、僕の運もここが尽きなのだろう。
「それに君の反逆行為はもう度が越した。私はヒロインたちを無造作に犯してもいいと命令したことはなかったぞ?」
「ははは。中途半端だったよ。エロゲーとしてはね」
そんなゲームはしたことないけれど。
そんな軽口を叩くものだから、目も前の人は僕の手を思いっきり踏んづけた。
「はあ。ほとほと呆れる。使えない、売れない、飼い主に反逆したペットはどうなるか分かるかい?」
こんだけ、血が流れているのにまだ流れるものがあるのかと。
「そう、お察しの通りだ」
アイスピックが胸に突き立てられた。
もう僕が悲鳴をあげることもなかった。
御免。僕は無様だった。
「君は愛だなんだと言っていたけれど、その愛は実は近くにあっただなんて、想像もしていないだろうな」
柄にもなく、教えるように囁いた。
けれど、貴方は星のように散って行った。




