第104話 スポーツは継続しないと忘れる。
今日も勉強。勉強。
そういう日じゃない日だってあるものだ。というか、そんな日を忘れていた。
「天川先輩」
「なあに。シッキー」
俺は学校のテニスコートのベンチに座っていた。
照りつける太陽の中、汗を一筋垂らして、美しい先輩が俺の視界のせいで歪んでいた。
いつ観ても素晴らしい容姿ではあるが、俺の双眸が視認することを妨害している。
「あの、夏休みの間、テニスってあったんですか?」
「いいや。あんまりなかったね。というか、夏休みは自由参加だから、みんな余りいないっしょ?」
確かにそうだ。
見回してみても、やる気に満ち満ちている人たちばかりみたいだ。
その中でダントツでやる気のない人が来てしまった。
「俺……。あんまり来られなくて」
「いやいや。大丈夫〜。夏休み前はよく来ていたんじゃない?」
あれ?来ていただろうか……。そんな記憶はない。
「どうしたの?そんな悩んだ顔をして」
「いや、来てたっけと思いまして」
「いやいや〜。来てたじゃないの」
天川先輩は俺の背中を叩く。
その衝撃で俺は思い出した。まるで昭和のテレビのような構造を俺がしているとは思わなかった。そういえばここは5章だった。だから、俺が入部してから数ヶ月しか経っていないということだった。
「納得したようだね」
「まあ。そうですね」
そんな頷きを返してしまったら、黙りこくってしまった。
彼女と会話をするのが久しぶりのような気がして、話し方を忘れてしまったようだった。
ただ、この太陽の照りつける情熱的な日差しを感じるしかない。
手汗が滲み出てくる。何も運動をしていないのに汗で蒸れていくのを感じた。
「ねえ、テニス。しようか」
「テニスですか……?」
「そう、テニス。ここで涼んでいるのも粋だけれど、やっぱり、涼むならエアコンよね。エアコンの効いた部屋で冷たいアイスを齧り付きたい」
「じゃあ。テニスする理由がないじゃないか」
「まあ。まあ。汗をかいてから、アイスを食べた方がいいじゃない。そういうこと。それにテニスは面白いからね」
「あはっ」と、にかりと屈託のない笑顔で笑ってくる。
それを毅然と断るほどには俺は薄情ものではなかった。渋々というほどでもないけれど、倉庫からラケットを持って来た。
「じゃあ。ゆる〜としよっかぁ」
ぽんぽんとボールを打ちつけて、そしてラケットでも打ち付ける。
俺はラケットを強く握りしめた。ここの時系列の俺はつい最近に生きている。けれど、今の俺は未来に生きている。だから、多分腕が鈍っているかもしれない。そんな緊張感を露わにしていた。
「そんなにする必要もなーいよ?ゆるっと力を抜いて置いてー。行くよっ」
そうして、彼女はラケットを振った。
俺は慌てて、打ち返す。それも彼女も打ち返す。
「余裕ないよ〜。会話を交わしたいけれど、無理な感じ?」
「大丈夫ですっ!!」
嘘だ。全く余裕がない。
はあはあと息を上げている。元来、俺は引きこもり、3回ぐらいのボールの往来で、再起不能になりそうだ。
「じゃあ。シッキーに話して置きたいことがあるんだけれど」
「何ですか」
「シッキー、あれ行ける?合宿」
「合宿ですか?」
「夏休みにある合宿、聞いていなかった?」
「あ……」
それは夏休みの前だろうか。そしたら知っている範疇ではないだろう。
「シッキーさ。あれにまだエントリーしていないからさ。行きたいのだったら、2日後連絡頂戴」
「それはどういうやつですか?」
「そこも覚えていないの?しょうがないなあ。ある大学所有のテニスコートを貸し切って、二泊三日の強化合宿よ」
へえ。二泊三日なんだ。それは結構魅力的だ。
テニスがしたいという魅力的な機会かもというわけではない。単純に天川先輩との合宿という点で燃えている。萌えているのだ。
彼女の風呂上がりの姿を不意に想像してしまった。不純だ。
そんなことを考えていたら、ポトリと音がした。
「シッキー。落としたよ。何ぬぼおってしているんだい?」
「いや、その素晴らしさに身を取られていました」
「合宿だよ?合宿。別にそこまで浮かれるほどではないんだけれど…………。じゃあつまりは行くってこと?」
「行きたい」
「やっぱりそう来なくっちゃいけないでしょう」
天川先輩は嬉しそうにガッツポーズをして見せてくれた。
もうそれだけで、俺は元を取ったような気がした。
「で、シッキーに訊きたいことがあって。星宮くん?連絡が付かないんだけれど、どうかな?どうしているのかな?」
息が詰まるような思いだった。
そうなった原因は多分、俺のせいだ。
星宮……。
あの話の続きがしたいんだがな。
俺も幾らか電話をして見たのだけれど、どうも音信不通だった。
電話をしたいと願うたびに遠ざかっているようで。それでもどうしようもなくて。
でも、まだ、長いだろう。気長に待つしかないことだ。




