【神話生物】事件 中編 3
side 須藤与一
「つまり、邪神? がこの会場にいると?」
いろはの言葉に俺は頷いた。
急ぎ会場に戻り、観客席の空いているところに3人で座る。
話をする為に俺が真ん中、右側にいろは、左側にひとみがいる。
ひとみはいまいちイメージが掴めず無言で悩んでいるようだった。
いつの間にか一回戦第4試合まで終わっている。
最悪の気分だ。時間をすっ飛ばされたような錯覚すら覚える。
「あぁ。しかも滅茶苦茶厄介なやつだ。……普通に、勝てないタイプの敵なんだよ。おそらく敵対した時点で廃人になるし、奇跡的に、それこそクリティカルな出目を永遠に出し続けて勝利したとしても、瞬きしたら普通に復活しているレベルだ」
「……なんというか。変な人もいるんですね。あ、神でしたか。でもそれって、……なんだか」
いろはが少し考え込む。
「……わ、私みたいですね」
「え? ……あっ」
そうか。そういえばいろはの基になっている「日本生類創研」は、このゲームではニャルラトホテプが関わっている。
それこそ安倍晴明の時代にあいつが医療者と契約を結んだのだ。
ちなみにこのゲームでの異形の医療者が生んだものは「犬と猫をつないだもの」「平安ムカデ人間」だ。
契約を結んで得られるものなど、狂気と混沌の世界だけなのだろう。
発狂した異形の医療者はその知識や作品を受け継いでいき、シンパが増え、そして生まれたのが……「にんしきのとり」。
そんなサイドストーリーを踏まえ生まれたのが、「須藤いろは」その人なのだ。
にんしきのとりのギミックとクトゥルフ神話は確かに親和性があるような気さえする。
幻覚の世界に連れていかれ、姿を見れば死の恐怖から発狂する。
違いがあるとすれば、クトゥルフ神話生物は「もしかしたら脱出可能」という可能性はあるが、にんしきのとりにはそんなものないということである。
理由は分からないが、流石にインフレ調整が入ったのかにんしきのとりの本来のスペックであれば俺はもうこの世にいないのだろう。
それくらい強いんだぞあれ。マジで。ぼくがかんがえたさいきょうのSCPみたいなもんだぞ。
「いろはのスペック的にも、ニッソ的にも、間違いなく大本にあるのがニャルラトホテプ。めっちゃやばい」
「つまり……。大本をたどれば……私の、え、わ、私の、お、おとうさ」
「いろはぁ!!!!!!!! 考えるな!!!!! いいか、いいな何も考えるな!!!!!! 考えたくない!!!!!!!! 俺もうマジでそこの点は想像したくないし考えたくない!!!!!!!!!!」
嫌だぁ!!!!!!!
いろはのお、お、お父さんみたいなポジがニャルラトホテプ!?
い、いや、嫌だぁ!!!!!!!!!!
考えたくない考えたくない考えたくない!!!!!
「……ではどうしたらいいのです? その邪神ナンタラの言うことを聞けと? 剣豪ぬらりひょん討伐を? ……正直、簡単すぎませんか?」
ひとみが楽観的に肩をすくめる。
「私といろはさん、それで十分対処できます。なんなら私だけでも良いのでは? ぬらりひょんとは、そこまで恐れる存在なのですか?」
「いや、ぬらりひょんは……」
あれ。
そういえば、ぬらりひょんって……。
あれ。なんだろう。
ゲーム本編では、世界各地のヤバい怪異を開放しまくってて……大量の仲間を連れて……。
そのヤバい妖怪たちが、虐殺しまくってて……。
ぬらりひょんって、ゲーム本編では戦ったルートが、無いような……?
剣豪、そもそもぬらりひょんって剣豪なのか?
謎だけが、深まっていく。
その謎を置き去りに時間は無常に過ぎていき、幼馴染ちゃんがステージに立っていた。
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side 蘆屋 緋恋
「ひどいよねぇ。与一くんってば、私が頑張ってアピールしてるのにさー。私の事全然見てくれないしー。久々に会えたのにさー。やっぱ変な女の子にモテるんだよねぇー。ずっと私の部屋にしまっておかなきゃ……ダメなのかぁー」
式神白虎を小さくして胸に抱きかかえる幼馴染ちゃんこと、蘆屋緋恋。
白虎は死んだ目でぽやぁっと空を上げていた。
「ぐるる(何を言ってるんだろうこの主の顔)」
「うんうんそうだよねー。やっぱり女の子は度胸なんだよ。お家騒動とか知らないもんねぇー。邪魔なら虎に蹴られちゃえばいいもんねー」
「ぐるぅ(いい天気だなぁの顔)」
ステージに上がってのんびり恋バナに花を咲かせる蘆屋の天才、彼女に相対するように、対戦相手が胸に手を当てる。
丸メガネの学生服、文学少女のような出で立ちで、ボブカットの少女はぼそぼそとつぶやいている。
彼女の影が、けたけたと笑うようにのけぞった。
「あのね、ダメだからね。これは勝負で、殺し合いじゃないからね。ダメだよ好きに動いちゃ、うん、絶対ダメ、絶対ダメ、……ふぅ、……大丈夫かな、これ」
敵は【祟神サーの姫】姫川 杏子。
明確に神を、式神にした女性である。
ーーすっと、舐めるように、蘆屋緋恋は彼女の輪郭を目でなぞる。
害意が無い。敵意が無い。
戦闘力がない。彼女自身に、才能は無い。
0ではないが、一般兵にはなれない。
そんな落第生に脅威は感じない。
だからこそ、怖い。
あの蠢く影が、おぞまじい。
祓わなきゃ。その程度の感慨だけが疼く。
「トラ。トラちゃん。そろそろ時間みたい。速く終わらせて、デートしに行きたいから、がんばろうね。白虎、戦闘隊形」
「がるぅ」
小さなトラが、彼女の胸元から飛び出して白い光に包まれる。
同時に、蘆屋緋恋が手を振ると白銀の鎧と、薙刀が現れる。
「まだ開始はしてないけれどー。準備くらいはいいでしょー?」
相対する姫川杏子は肩が重くなった。
嫌な気分だった。
元々戦いをしたいと思わない性根に加え、
右肩に、手が乗ったからだ。
『杏子、アレは見事だ。陰陽師だ。神の化身だ。毘沙門天の代行者だ。我が守らなければ死ぬぞぉ? 死んでしまう。ぽろりと首を落として死ぬぞぉ? 生きたいか杏子? 我が助けよう、あぁ助けよう。他ならぬお前の為だ杏子。死ぬぞぉ。殺されるぞぉ。他ならぬお前の命を救うために、神の国で清らかなまま死ねるように、あれは奉げるしかない、殺すしかないんじゃないか?杏子、なぁ。杏子』
首元に指を這わされ、ため息を漏らす姫川杏子。
「あの、話聞いてました? いつもみたいに無力化するだけでいいんです。殺しとか良くないんで。うーん、そうですね。シルクちゃんくらいの想定で。シルク・ストロベリーちゃんです。彼女と戦うときくらいの出力で、程よくで」
『……』
白く長い髪。その隙間から、目が一つぎょろりと蘆屋に向いた。
「すごい。あれが神さまなんだ」
竜の如き角が2つ頭から生え、白く長い髪を垂らし、顔が見えない。
灰をまぶしたように薄汚れ煤けた小忌衣。
全身が、水に濡れている。
それが涎を垂らすように、髪からしとしと床に落ちる。
指や手は枯れ枝のようだ。
神、神か。
「祟り神だねー。初めて斬るよー」
『神を斬る、神を斬る、神を、斬る! おぉぉ、おぉおぉ代行者、毘沙門天の代行者よ、斬るか、我を、斬る、その光りが接吻したような刃の薙刀で、聖者の肉を切り裂く鋭利な白虎の牙で、かくあれかしと呟きながら斬るか、罪はあるか? 罰のみあるか? 血染めの大蛇、阿頼耶識の勾玉、原初の土を二度混ぜ旭光、外様の国のまりあの諮問、餓えた鼬の晩餐歌ーー』
「えっ、ちょ、なんでもうおっぱじめて!?!?」
「審判、向こう詠唱始めちゃったー。ずっこいよー。まぁいいけど、じゃあよーいスタート」
「え、え!? ちょ、ちょっと!! あーもう!!! 実況の機会を奪わないでよ! 私これで就職するつもりなんだからね緋恋ちゃん!!! 一回戦第5試合!! 【今毘沙門天】 蘆屋 緋恋vs【祟神サーの姫】姫川 杏子!!! れでぃふぁい!(出来る限りの早口)」
試合開始10分後。
神の体を同時切り17分割して悠々とステージから降りる、幼馴染ちゃんがいた。
幼馴染ちゃんの最後のセリフは、「良い汗かいた」だった。
「えぇ……。いや。えぇ……? ウソォ。途中から全力だったのに倒しちゃった。初めて見たこんなの。うわーすごい。後で蘆屋さんとお話しできるかな。早く私も神様から解放されたいんだけど誰も倒せなかったから諦めてたのに。……。まだ契約紋は残ってるっぽいし、でも彼女なら私を助けてくれるんじゃ。……ん? あれ? どこにいったんだろう、神様」
姫川杏子が周囲を見ても、あの万夫不当の神はいない。
あの神が17分割された程度で死ぬはずがない。
「--まさか」
姫川は声を漏らした。
「……女の子に負けて、ふてくされて引きこもったんだ……」
彼女は鼻歌スキップしながらステージに降りた。
この後、友達であり同じく一回戦負けした【黄泉比良坂で会いましょう】忍坂 義和と露店巡りでもしようと思って。
次の試合の、友達を応援しようと思って。
神の所在を、見失ってしまったのだ。
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side 忍坂 義和
【黄泉比良坂で会いましょう】忍坂 義和は嘆いていた。
彼は一回戦第三試合で、同じ学校のシルク・ストロベリーと対戦させられた。
理由としては、一回戦第1試合で同校対決が発生したため、なし崩しに同校対決がオッケーの空気になってしまい、学校が被っても戦わされたという悲しい結末だった。
「はぁ……。まさか禁術一つしか出せないとは。いや分かってる。分かっているんだ。てかなんで同じ学校で戦わせるんだよ。油断してないシルクに勝てるかよ。こう見えてあれだかんね。あいつマジで一回僕に負けてめっちゃ対策してっかんね。あのビーム一つで滅茶苦茶色んな付与されてっからね。ふざけてる。マジで今まで夜な夜な準備してたの全部無駄かよ。くぅ、シルクもシルクだよな。マジで。もうちょっと花をさ、持たせてくれてもいいじゃんか。僕だって徹夜ですごい頑張ったんだから初手で機会を全部奪わないでほしいっていうか」
顔面に経文が書かれた包帯をぐるぐるに巻き、首元までボタンをきっちりしめた男子学生服。
忍坂は呪具を全身に身に着けた、年相応の中二病である。
つまり愚痴を吐くときは、普通に愚痴を吐くのである。
「もっとさぁ、ポーズとか考えたんだよ。この技使うときは詠唱してとか。滅茶苦茶暗記したのに」
ちなみに、彼はモチベーションで性能がよくムラつきが出る人であり、テンションが上がれば上がるほど強くなるタイプでもあった。
彼自身の陰陽師の才能は無い。
しかし、禁術の才能と、呪具を扱う才能だけは尋常じゃなかった。
だからこそ学園選抜であり、その性能を知っていたシルク・ストロベリーが初戦というのが最大の不幸であった。
彼は初見殺し限定で、下手をすれば【餓者髑髏の花嫁】小笠原ひとみよりも実力が上である。
「はぁー。もういい、姫川の試合もすごかったからあとで声かけて、二人で松前応援してくかぁ……」
同じ学園の【祟神サーの姫】姫川 杏子に合流後、【トゥス-クル】松前 鈴鹿を応援すべく応援席に戻ろうとする、その時だった。
「おい、クソファッション」
「クソファッ!?」
動揺して振り返ると、【獅子強攻】安倍怜音がいた。
「あ、あの。なにか、じゃなかった。クックック、安倍の零れ球が一体我に何の用か」
「--、そうだな。クソファッション。今度安倍家からの持ち出し禁止の特級呪物くれてやるから力を貸せ」
「--えっ!?!?!?!? ま、マァジぃ!!!!!!!!!」
忍坂 義和は禁止とか特級呪物という言葉に弱かった、ただのオタクである。
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side 須藤与一
「やっほー。終わったよー。与一くんデートしようー」
試合を終えて、幼馴染ちゃんがニッコニコしながら俺の右腕を引く。
「は?」
ほらぁひとみキレたじゃん。やめてよもぉ。もう疲れたよぉ。
しんどいよぉ。
なんで俺このトーナメント参加してるの?(今更感)
何でいつも変なことに巻き込まれるの?(今更感)
まぁ、正直なぁ。
ニャルラトホテプの刺客の一人、迫野 小登里が弱かったことと、ニャルラトホテプから刺客はぬらりひょんと聞いている。
そして、神に勝った幼馴染ちゃんが右ブロック全勝の未来が見えすぎている。
おそらく、学生はフェイク。
ぬらりひょん対策を十全にすべきだ。
というかぬらりひょんは脱出できるのか?
親父とその部下が監視しているんだ。でも、俺が戦うのか?
ーー監視の強化を進言する必要があるのか。
ーーそれとも、放置すべきか。
「与一さん」
いろはが俺の肩を掴んで顔を寄せてきた。
「そういえばお父様は今日いらっしゃってるんですよね。1回戦が終わる前にご挨拶したい気持ちなんですけれど」
「え? いや親父は警護で……てか残った試合も……。ん」
いや。
アリか?
ニャルラトホテプの問題を、俺一人で解決することなんてない。
それに無駄な犠牲を出す必要もない。
次の試合が観られないのは残念だけど、それでも行くべきかもしれない。
親父が動けば、まだ、なんとか……。
あの人も動いてくれたら、なんとか……。
貴賓室に目を向ける。
今考えていた女性と目が合った。
金髪の長い髪。九本の長い尾。
ーー銀子さんと。
銀子さんが、軽く手を振った。
俺は、手を挙げて会釈して、そっちに行くとジェスチャーをした。
すると彼女は、親父を呼んで、俺のジェスチャーの内容を伝えているようだった。
助かる。そう思って俺はみんなと一緒に貴賓室に向かう。
ーー銀子さんの顔を見て何となく思い出した。
俺が7歳の時、何が起こったのかを。




