【神話生物】事件 中編 2
それは、須藤与一が7歳の頃のことだ。
「坊や~。これ、坊や。坊や~。どこにおられますか~? 坊や~?」
長い金髪を揺らして、和傘をさして歩く美女。
和服をまとい、竹林に差し込む太陽の光を転がすように、和傘を回していた。
「坊や~?」
その女性は、九本もの狐の尾があった。
「……あぁこれ! 坊や、そこに隠れておられましたか。ーー物陰に隠れて泣く癖はまだ治りませぬか?」
「う、うるさい!」
真っ赤な鼻をずびずびと鳴らして、木刀を持って傷だらけの肌をびくびくと震わせて、彼はそこに座っていた。
彼が、須藤与一である。
(ちなみにこの時には既に須藤いろはは彼を観測している)
「これこれ、鼻はそうやってすするものではあらぬのです。現代では小さくて袖に入る程度の大きさの白い紙を使うのですよ」
袖からポケットティッシュを取り出そうとする九尾の尾の女。
「っ、鼻なんてすすってない! 泣いてもない! 俺は、修行中なんだ! 修行の時に涙なんか男は流さないんだ!」
腕を使って顔をごしごしとする少年。
黒い袴に白い胴着は、もはや土汚れや濡れた後、焦げ跡でボロボロだ。
「そうでございましたか~。坊やは頑張り屋さんですねぇ。お父様とお母様が呼んでおりましたよ。頑張る坊やの姿を見に来たのでしょう」
「ーー行きたくない。だって、まだ勝ってないもん」
「ふふ。また挑めばよろしいかと。今はあれでございましょう。えー、そう、今噂の子と遊んでいらっしゃるのでしょう。あの……幼馴染ちゃんと」
「……うん、そう。緋恋ちゃ……、幼馴染ちゃんと、戦って、また……っ! 俺悔しい! いつも、いつも逃げるしかできないもん! 俺の剣は全然当たんない! 白くてでっかい猫に乗って滅茶苦茶な動きするもん!! あと薙刀のリーチが遠すぎる!!」
「坊やは熱心ですねぇ。男の子ですねぇ。私が教えている部下にも見せたいくらいの気合ですよ~。例えば! その……、……はぁ。失礼。部下の子の名前も、どうにも覚えられなくて。でも坊やのあだ名呼びのお陰で、坊やのお友達だけはなんとなく覚えてられます。ありがとうございます。」
「ううん。……しょうがないってみんな言ってた。でも、……でも坊やって呼んで、俺の事はどうして覚えようとしてくれたの? 銀子さん」
「ん? んー、そうですねぇ。……どうして、でしょうかねぇ?」
須藤頼重は、銀子と呼ばれる女性と肩を並べて話している。
与一は母親に甘えつつも、都合よく強がって母親に叱られていた。
「それで、どうでしょう。ぬらりひょんという存在はいましたでしょうか」
「おりませんねぇ。その……えぇ、と。頭の長い坊主頭で壁をすり抜けて妖怪全てを束ねるカリスマの持ち主で無意識にそこにいることを受け入れてしまう妖怪という存在は、いた記録はありましたが、坊のお父様が言うところの学園地下。えぇと、あれですあれ」
「明晴学園」
「そうそう、その地下。あらゆる妖怪を封印できる龍脈の流れがありまして。封印は確実にされていた。ですが、その件の妖怪がいないということは」
「--うん。僕が干渉する前に、既に誰かがやったのかな。若干聞いていた話と違うけれども、……いや、あの子、与一は”入っている”と言っていた。一応これも予言通りになるのかな? それとも……。何か例外が……」
「なるほどぉ。ただにわかには信じられませぬ。坊やが未来を予言するなど……。なにせ、あらゆる陰陽の才がありませぬ。ーー使い切ってしまったと?」
「有り得ます。しかし、あの子はフィジカルだけが尋常じゃない。7つにしてあの蘆屋の天才児の式神と薙刀を躱しながら逃げ切る? それは、別種の怪物だ。なんらかの事情で陰陽の才を枯らしたとしか思えない。そしてその心当たりが、予言だ」
「……。ですねぇ。では、私はこれで」
「あ、そうそう。……貴方は、まだ大丈夫ですね?」
「……えぇ。まだ、大丈夫ですよ?」
教育式神【九尾の狐】の話をしよう。
陰陽庁直轄の教育式神4人衆。
【土蜘蛛】【赤鬼】【九尾の狐】【だいだらぼっち】
この式神たちから直々に指導をしてもらっている人間は、陰陽庁のエリートとして一目置かれるほどだ。
その中でも【九尾の狐】は、陰陽術を無意識かつ無呼吸で大量展開でき、あらゆる呪詛、仙術、風水に長けている最強の妖怪の一角だ。
かつて安倍晴明に仕えていたと、ゲームでは記載があった。
ゲーム本編での彼女の性格を表すのであれば。
ーー【淫虐】である。
それは彼女の経歴が理由である。
彼女は国を亡ぼすとされる傾国の美女であり、仙人であり、狐狸であり、精霊であり、犯罪者である。
ただ微笑むだけで、人を殺す。
ただ眉を顰めるだけで、人を殺す。
ただ指でなぞるだけで、人を狂わせ倫理を飛ばす。
ただ目配せをしただけで、人は彼女の足を舐めた。
一人で、ただ歩くだけでこの国を滅ぼせる女である。
しかし彼女は安倍晴明に調伏され、彼女自身が懇願した。
ーーお願い。もう、私は私として生きたくない。
安倍晴明は、その願いを叶えた。
悪しき心を封じて、善き心のみで生きていける封印を施したのだ。
その代償に、彼女は【名前】が覚えられなくなった。それはある種、言語変換の不具合と言える。
名前を聞く、記憶する、口に出す。その行為の不具合だ。
彼女は聞くことはできても、その時記憶しても、周辺の情報だけ覚えて忘れて、口に出すことができない。
それは、ただの呪いであり、理由のある祝福でもあった。
ゲーム本編ではその封印は、敵の戦略によって壊されてしまい、彼女は悪しき心を取り戻し、ぬらりひょんに付いた。
その心を理解できる人間は、恐らく誰もいなかった。
故に。
須藤頼重は、彼女に警告していた。
封印が解かれる可能性があると。
【九尾の狐】銀子は答えた。
それはあり得ない、と。
私しか解くことができない封印だ、と。
自分が望まない限り、封印は解かれることがない、と。
それは、死んでも行わない、と。
だから、解かれたのだ。
ぬらりひょんの登場によって。
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side 安倍 怜音
「さて、さらに瞬きほどの時の中で幕を閉じた第二試合!!!! 次の試合は【五星附属術浄学園】から登場するのは問題児!! 彼が7歳の頃には既に才能の鱗片はあった!! しかし雑過ぎた!!! 力のままに力をふるい、未だに残った自然や人間への傷跡は無限大!! そして彼が出した結論は、「それでいい」!!!! 現代兵器を用いて戦う新しい陰陽師、【獅子強攻】安倍怜音!!!」
スマホをいじりながら、ステージに上がる男。
だらしなく制服を着崩すイケメン。どこか時晴に似たワイルドな顔立ち。
髪を逆立てて目に深い隈を乗せて、へらへらと笑いながらサンダルを履いている。
陰陽師らしからぬ彼を見て、観客席は動揺しているようだ。
ーーこれが、安倍? と。
誰もが信じられないと落胆を抑えきれずにいる。
しかし、本人には全く関係がない。
スマホから目を離して顔を上げると、道着を着た坊主がいた。
音も気配もない。
当たり前だ。寺で生み出された暗殺術。その担い手がここに一人。
「東寺仏教流の妖怪退治!!! 健全な肉体に健全な精神! 悪意鏖殺、妖即滅!
肉体のみで幽霊や妖怪と戦い続け、極秘とされた御留流!!! ついにお披露目されるのは、日本最強の肉体強化!!!【寺生まれのG】東 呉十郎だぁああ!!」
それは少年のような身長と容貌だった。
しかしある意味、飢えた獣のように笑う。
今にも安倍を殺そうとする、血気盛んで無邪気な笑い。
胴着に隠れた肉体は、既に喜んでいる。
「よろしくお願いします! よい戦いを!」
スポーツマンのように合掌し深々と挨拶をする、東。
しかし、安倍怜音は一瞥しただけで、再びスマホをいじり始める。
「その光る板が貴方の武器ですね! 未知の学問、科学。私のライバルのような存在です。しかし、私は必ずやこの肉体が天下を取ると信じておりますれば! さぁいざ!! いざいざいざ!!!」
拳を構えた少年。
そして、試合がーーーー。
「おい。クソ坊主。10分間遊んでやる。それで大方のお披露目は完成する。10分後俺はこの試合を降りる。この予言が当たったら、お前に役割を与えてやる。死ぬ気で実行しろ。でないと殺す」
「は?」
「ファイッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「いいな? 俺の【観測拒否】の予想は決して外れてくれない。行くぞクソ坊主。無駄撃ちはできないんでな。最小限で殺しに行くから生き延びろ。それで東寺の面目躍如。安倍の泣き顔も見れて一石二鳥だ」
その瞬間、会場は再び阿鼻叫喚の嵐となる。
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side 須藤与一
「どうしてそれを知ってるんだ? 俺だって詳しく知らないのに。あの場に、ぬらりひょんがいたのかよ」
俺、須藤与一はグレーに染まった世界で街を歩く。誰もかれも動きを止めている。
腹立たしい。
【無貌にて這い寄る使者】
『今ごろは一回戦第三試合が始まっているころだろう』
性質が悪い。この能力はある意味で時を止める能力でもあるが時は止まっていない。
『PLに関係のないイベントは勝手に進んでいる』のだ。
要は俺がどうするかを決定するまで、俺は俺の物語を進めない。
俺が関係しないイベントは勝手に進む。
後に帳尻を合わせるように、時系列にそって俺が関係してくるイベントに合流するしかできない。
だから周りから見れば、俺は「一人で悩んで街を徘徊している」ということで処理されるだろう。
なにより、これは俺がニャルラトホテプの試練をどう選択していくか自分だけで決断しなければいけないことだ。
だから俺の式神である「餓者髑髏の花嫁」「ヒトコイシニンシキノトリ」は巻き込まれで完全に停止しているのだろう。
俺の体のパーツに契約していることが、ここで抜け穴となった。
露店の料理を勝手に奪い、むさぼっていくニャルラトホテプ。
俺は財布を取り出して、2人分の金を置いて俺も食べることにする。
もうこれ以上は悩んでも仕方がない。
挑むしかないのだ。この邪神に。
「それで、結局俺にどうしてほしいんだよ。俺がお前の試練を達成しないと、この状態が続くのすげぇ嫌なんだよ。さっさと提示しろ」
「ーーふぅむ。正気度が下がっている……訳ではなさそうだ。素晴らしい。本当に貴方は逸材だ。かの名の埋もれていった天才たちを思い出す」
「……?」
名の埋もれていった、天才たち?
「なぁに、簡単ですよ。このシナリオのタイトルは……そうですねぇ。云わば『【神話生物】事件』! 私は貴方に合図を出しますので、シナリオの途中に登場するとある【剣豪】を倒してほしいのです」
「……【剣豪】?」
「えぇ。剣豪、またの名を……ぬらりひょん」
「!? お前っ……」
「そう、明晴学園地下に封印されており、原作ゲームにおけるラスボスであり、……貴方のお父様の部下が、今もなお監視しているはずの、ぬらりひょんですよ。須藤与一くん?」
「ふ、ふざけるなよクソ野郎……!!! ゲーム本編を始めようってのか!! あの、血にまみれた最悪の!!!」
虐殺だ。
虐殺が始まる。
ぬらりひょんの開放は、今の日本を、世界を。
俺の周りの人間を、皆殺しにしてしまう。
ーー安直に考えていた。
どうせ、原作主人公がなんとかしてくれんじゃないか?
俺も手助けすれば、なんとかなるんじゃないか?
そんな風に考えていた。
なのに、おい。おいっ!
原作主人公がいない間に、原作を始めようって言うのかよ!!!!!!!!
「良いでしょう? 思いませんか? 何故わざわざ原作のゲームのラスボスを封印するだけで満足するのか? 殺せるタイミングがあるのであれば殺した方がいい! ーー原作主人公の渡辺捧であれば即答したでしょう。太平の世の為に斬ると! ……貴方も斬れるなら斬りたいでしょうに。ネ? これはチャンスでしょう。今なら、ぬらりひょんを、倒す選択肢があるということを!」
「……」
なるほど、ニャルラトホテプが選択肢を提示した時点で、「ぬらりひょんを倒せる」可能性があるということ。
であれば、……それは、チャンスにもなる。
だが、俺が倒す?
ーー陰陽師の才能のない、俺が?
「さて。こう見えて私、教員ですので。そろそろお暇させて頂きましょう。【五星附属術浄学園】の生徒と戦うことになったらよろしくどうぞ。では、此れにてーー」
「!? 待---、って」
グレーな世界が解除され、目の前にいた邪神は消えた。
その瞬間、一瞬にして地面をすべるように高速移動したであろう小笠原ひとみが俺の前に立つ。
「与一さん! 無事ですか!」
「……ひとみ」
「突然私もいろはさんも、思考がよどんで、試合をぼーっと見てしまっていました。……ほっ、ケガはないようですね。……あの、大丈夫、ですか?」
「……ひとみ。いろはと後で作戦会議だ」
「え?」
「あの邪神に、好きにさせてたまるかよ」
俺の中の闘志が、ふつふつと湧き上がってきた。
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一回戦第三試合
●【獅子強攻】安倍怜音
vs
〇【寺生まれのG】東 呉十郎
≪試合概略≫
試合開始から10分で安倍怜音が自ら降参し決着。
試合展開は序盤中盤と一方的に安倍怜音が蹂躙。科学という式神を使用し、遠距離からの攻撃が中心であった。
しかし東呉十郎も弾丸を手刀で切り刻み、接近戦に持ち込もうと奮闘する。
接近戦では安倍家式神、「前鬼、後鬼」を使用し、肉弾戦が始まる。
式神を倒し、迫る東。突然安倍怜音のスマートフォンと呼ばれる機器から音が鳴り響き、そのまま白旗を上げた。
この瞬間会場は阿鼻叫喚。安倍家の株は激落、同時に東寺の暗殺術のすばらしさを会場は拍手で答えた。
一回戦第四試合
●【黄泉比良坂で会いましょう】忍坂 義和
vs
〇【現代魔女】シルク・ストロベリ―
≪試合概略≫
試合開始早々、忍坂が禁術を展開。死霊の暴走を引き起こし、初手で命を獲りに行こうとする。
しかし現代魔女は格が違った。人差し指を忍坂に向けた途端強大な光線が放たれ、死霊もろとも忍坂が吹き飛び、決着。忍坂の禁術の全てを拝むことはかなわなかった。
陰陽師の対を成す存在、魔女。
その真価はこのトーナメントで全て理解できるのかもしれない。




