12-5
日も暮れかかった逢魔が時の街道をまだ幼さの残るノイレンが裸足でとぼとぼと歩いている。腹の虫がぐうぐうと鳴くのがよく聞こえる。
街道沿いの大きな木の下に馬が一頭繋がれていて、そのそばに飄々とした感じの”おっさん”が1人、火をおこし何かを串に刺して焼いていた。
ノイレンは奪って食べようかと思ったが、おっさんが目の前で見ているからどうやっても盗めそうになかった。彼女はそれを見ないように顔を背けて通り過ぎようとすると、そのおっさんから声をかけてきた。おっさんがこっちへ来るよう手招きする。食べ物の焼ける美味しそうな匂いに釣られてついそれに応じて近寄ってしまった。
「こんな時間にどこへ行くんだい?お前さんのような子どもが独りで歩くような場所じゃあないぞ。」
食べ物の焼け具合を見ながら訊いてきた。
ノイレンは何も答えず、焼けていい匂いを漂わせている食べ物をじっと見ている。
ぐうう〜
また腹が鳴った。
「あっはっは!」
おっさんは笑って串を一本手に取るとノイレンの目の前に差し出した。
「腹が減ってはなんとやらだ。食え。」
ノイレンはぷいとそっぽを向き街道に戻って歩き出した。大人は信用ならない。見ず知らずの子どもに食べ物を恵むなんて絶対に下心があると警戒した。
その時ノイレンの目の前に柄の悪い男が2人現れて道を塞いだ。
男の1人が相方に向かって言った。
「ほ〜らよっく見てみろ。こいつぁ上玉になるぞ。」
言われた男がノイレンの顔をジロジロと品定めしながら、
「なるほどな、身なりは小汚いが磨けば光りそうだ。こりゃ高く売れるな。」
そう答えてニヤリとした。
ノイレンはその男の向こう脛を思い切り蹴飛ばして逃げた。が、すぐに相方の男に捕まってしまった。
「離せ!この人攫い!」
抵抗して暴れるが大人の男相手には幼い少女は非力だった。
「おいあんたら、うちの娘に何してんだ?」
男たちの背後から声がした。振り向いてみるとさっきのおっさんだ。
「あぁ?うちの娘だあ?俺たちゃあずっとこの小娘のあとをつけてきたんだ。人の儲けを横取りしようたってそうはいかないぜ。」
ノイレンを捕まえている男がおっさんに絡むと、向こう脛を蹴られた男が脛をさするのをやめて腰の剣を抜いた。
「怪我したくなかったら引っ込んでな。」とスゴむ。
おっさんは抜き身を見せられても顔色ひとつ変えずに、
「あらま、親子じゃないってバレてたか、ははは。」
子供っぽく笑ってるだけだ。
「おい、おちょくってんのかお前?」
その態度にカチンときて構えてた剣をおっさんの喉元に突きつけてさらに脅してきた。
「う〜ん、穏便に済ませたいんだけどなあ。ダメ?」
おっさんはあくまでも飄々としている。その態度にノイレンを抱えているほうも頭にきたのか、
「さっさとやっちまえ!」と、けしかけた。
男の構える剣の先がピクリと動いた瞬間おっさんの姿が男たちの視界から消えた。
次の瞬間剣を突きつけていた男の腹が裂け鮮血が噴き出した。男はそのまま前のめりに倒れて絶命した。
相方が訳もわからず死ぬのを見たもう一方の男はノイレンを抱えたまま逃げ出そうとしたがその頬に冷たい刃がピタリと当てられて動けなくなった。
おっさんだ。
目で追いかけるのも難しいほどに素早い動作で剣を抜き、1人を斬り倒し、もう1人の動きを止めた。
「その子を離せ。」
おっさんの声がさっきまでとは違って低くなっている。
人攫いはノイレンを解放すると一目散に逃げ出した。しかしその背中におっさんの刃が走る。2人目もその場で絶命した。
おっさんは剣を鞘にしまうとノイレンに近づいてしゃがみ、目線を合わせて、その大きな手でノイレンの頭をぽんぽんしながら笑っている。
「もう大丈夫だ。」
ノイレンの目に、おっさんの腰の剣についているオレンジ色の石が綺麗に光っているのが見えた。
おっさんはノイレンを連れて火を起こしている場所に戻ると、さっきと同じように焼けた串を目の前にかざして勧めてきた。
ノイレンが警戒して立ち尽くしたままじっとしていると、
「俺は人攫いでもなけりゃ奴隷商人でもない。」
腰の剣をぽんと叩いて、
「これで食ってる。」と子供っぽく笑った。
ノイレンはこのおっさんの醸し出す雰囲気が苦手だと感じた。どうにも警戒心が薄れる。大人は信用できないというのに、なぜかこのおっさんの前では素直になりそうな自分がいた。それがおっさんの持つ包容力のせいだと気付いたのはもう少しあとのことだ。
「わ、わたしが欲しいのか?」
「ん?」
「わたしが欲しいならそう言えばいい。助けてもらったから安くしといてやる。」
素直になりそうな自分が怖くてわざとはすっぱなことを口にした。
おっさんはノイレンの手に串を握らせ、
「申し訳ないが、子どもに手を出すほど(女に)飢えてはいないなあ。」と照れ笑いした。
ノイレンは手渡された串をおっさんの目の前に突きつけて、
「じゃあコレはなんだ?これで私を買おうってんじゃないのか?!」
必死になって心に抵抗した。
「それはな、お前さんの腹の虫がぐうぐうと泣いているから、腹の虫にあげたのさ。ははっ。」
おっさんはノイレンの腹を指さしてにこにこしている。
ノイレンはかああっと顔を赤く染めて、
「ば、ばかにするなっ!おっさんの施しなんかいらないね!」と、手に持った串を地面にぶん投げた。
おっさんはそれを拾い上げるとほこりを払ってまたノイレンに差し出す。
「言ったろ、これはお前さんじゃなく、お前さんの腹の虫にあげるんだ。ほら、ぐうぐう泣いてるじゃないか。これを食わせてやれ。」
そこまで言われるとノイレンには返す言葉がなかった。
「温かいうちに腹に入れてやんな。」
おっさんの目が細くなった。
ノイレンは立ったまま串にがっついた。あっという間に食べきってしまった。するとおっさんがもう1本差し出して、
「ほら、もっと食え。」
ノイレンは串を奪い取るとむしゃむしゃと食べる。食べながら大粒の涙がぼろぼろとこぼれてきた。おっさんは黙って見ていた。
泣きながらノイレンが2本目も食べ終わるとおっさんは3本目を黙って差し出した。ノイレンは黙って受け取ると口いっぱいに頬張った。涙で塩味が強く感じた。
それも食べ終わるとまた新しい串を差し出してきたがノイレンは首を横に振って受け取らず、両手でひっきりなしにこぼれてくる涙を拭っている。おっさんは黙ったまま笑顔でその串を自分で食べた。
ノイレンの涙が治まるのを待って、
「そういえばまだ名前を聞いてなかったなあ。俺はトレランスだ。お前さんは?」
もうとっぷりと日が暮れて辺りは真っ暗になっていた。ノイレンは膝を抱えて座っている。涙で真っ赤に腫れた彼女の目がたき火に照らされている。
「ノイレン。」
小さく呟いた。
トレランスはノイレンの横に座り、彼女の頭にその大きな手を乗せて、
「いい名前だな。誰が付けてくれた?」
「お母さん。」
「そうかお母さんか。センスいいな。」
ノイレンはこくんと頷いた。頭に乗ってる大きな手が温かくてノイレンの心が安心感で満たされてきた。
ノイレンはここまで話すとジャンティの頭に手を乗せてぽんぽんした。
「キニロサであんたと会ったとき、わたしが師匠と出会ったときのことを思い出したんだ。なんとなくあの時のわたしと似ていると思ったんだな。あんたは別に悪さをしていたわけでもないのにな、あはは。」
「ノイレン・・・」
「わたしにとっちゃあんたは小さかったときのわたしみたいでな、なんというかほっとけないんだな。あの時の師匠もそうだったんだろうなって。わたしには兄弟もいないし、家族もいないも同然だからよくわからないけど、もし弟がいたらこんな感じなのかなってな。」
そう言ってジャンティの頭をぐるぐるして少しの間微笑んだあと彼女の顔から笑みが消え、真剣な目つきに変わり、
「だからなジャンティ、あんたを死なせたくない。ヒュドラの頭はあと2つだ。こっちには剣が3本ある。残りは私に任せろ。あんたはリーミンのことだけ考えろ。」
「ノイレン、僕は・・」
ジャンティはノイレンの目を見つめて何かを言おうとするが適当な言葉が見つからない。
「何も言わなくていい。」
ノイレンはジャンティの頭を自分の顔の横に抱き寄せてふっと微笑んだ。
その時ヒュドラのいるほうからジャンティの名を呼ぶ声が聞こえた。
ジャンティはその聞き覚えのある声にビクンと反応して門の陰から顔を出した。
「リーミン!」
ヒュドラの前に探し求めていたリーミンが立っていた。




