12-2
ジャンティは記憶を辿った。ジパンの内地からエンゾへ船で渡り、途中海賊船に模した『魔』の分身と戦い、星が左腕を失った。エンゾの”へそ”へ向かっているとき人々が『魔』に体を乗っ取られた町を通りぬけた。そして。
***
ジャンティたち5人は正面から領主の屋敷の中に足を踏み入れた。
先頭はノイレン、そのすぐうしろにジャンティ、真ん中に星、殿を璃羽と咲が守っている。
出入り口の意匠は怪物の口のように見え、そこを通るときまるでそれに飲み込まれるようでいい気分がしなかった。
「鬼に食べられるようで気持ち悪い。ほんと、趣味悪いわ。」
咲が不快そうに舌を出して出入り口の周りを見ている。
中に入ると目の前に暗い廊下がまっすぐ奥まで続いていた。その両側の壁にあるろうそくが次々と勝手に灯っていく。まるで5人をその先へ招いているようだ。
ノイレンは周囲に気を配りながら一歩一歩しっかりと歩を進めていった。ジャンティはノイレンの体越しに廊下の先の暗闇に目を凝らして付いていく。
突然天井の暗がりからコウモリのような鳥が十数羽襲いかかってきた。剣を持つ4人は星を守るようにしてそれらを斬った。黒い霧が廊下に立ちこめて視界を遮った。
ジャンティは記憶の断片を呟き始めた。
「そうだコウモリのようなやつを撃退したあと黒い霧で目の前が見えなくなって、そのまま歩いていたらみんな下へ落ちたんだ。階段から転げ落ちた。」
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「痛てて・・」
璃羽が尻をさすりながら立ち上がる。
「咲大丈夫か?」
「私は大丈夫。皆さんは?」
あとの3人も何とか無事だ。どのくらいの段数があったのか、けっこう落ちた気がした。するとまたもや通路の両側にあるろうそくが勝手に灯っていく。確実に5人を誘っている。
その明かりを頼りに通路の奥に目を凝らすと、奥から何か動くものが近づいてきた。ジャンティたち3人が大陸で遭遇した野盗だ。さすがに馬には乗っていないが。
何人いただろうか。ノイレンが真っ先に斬りかかる。ジャンティがあとに続き、そのうしろで璃羽が2人を抜けてきた野盗を斬り斃す。
「咲、お前は星さんを守れ。」
そう言って璃羽はできるだけ咲が戦わずに済むよう自分が盾になった。
「あの屋敷の中で、今まで遭遇してきた『魔』の分身が次々に襲ってきた。」
ジャンティは地下空間の奥を見据えながら記憶を辿り続ける。
***
4人が野盗と戦っている間、星は壁に手をついて集中していた。
『この屋敷のどこかに『魔』の本体が潜んでいるはずだ』
左腕を失ってから鈍っている霊感を研ぎ澄ますため心の中でワグソードの黄緑の聖石を思い浮かべた。その輝きが自分に霊力を分けてくれる気がした。そうして野盗の操り糸を手繰っていく。
4人が野盗を全て斬り払い、あたりが黒い霧に包まれている中、
「さてどうするか。このまま進んでまた落ちるのはいやだな。」
ノイレンが星を見ながら言った。
星が壁から手を離すと4人に向かって告げた。
「操り糸はこの屋敷の下、かなり深いところに続いています。」
「そんなに?」
ジャンティが驚く。
「ということはあと何度か落ちないといけないんですかね。」
咲がフードを外して呟き、落とし穴などないか周りの足下に視線を巡らした。
「咲、お前が怪我しないよう俺が抱っこしててやる。」とお姫様抱っこをしようとする璃羽の手をはたいて、
「やめて、恥ずかしい。」
なぜかジャンティが少し赤面した。リーミンにもそんなことしたことなかったから、すんなり行動できる璃羽が少し羨ましかった。
ジャンティは澪の瞳になっているリーミンをじっと見つめる。
「どうしたの?」
黒みがかった濃茶の瞳が尋ねた。
「な、何でもない。」
ジャンティは首を小さく横に振り、気を取り直して記憶の糸を辿る。
***
「ここに何かある。」
星の話を聞きながら壁を触っていたジャンティが扉らしきものを見つけた。
そばにいたノイレンがジャンティの言うとおりに壁をまさぐってみるとたしかに長四角い切れ目があった。
押してみるがびくともしない。かわりに引いてみようにも取っ手がないから引っ張れない。
「横に動かしてみれば?」
その様子を見ていた璃羽が隙間に指先を引っ掛けて横に動かした。ガラガラと音を立てて壁板がずれた。
「ほら、引き戸だ。」
かびくさい臭いが全員の鼻をつく。真ん中に長テーブルが1つとそれを挟むように長椅子が2つ見える。それだけで他には何もない狭い部屋。
5人は恐る恐る部屋へ入った。
咲が長テーブルの天面に人差し指をスっと這わせたその時テーブルの下の床が抜けた。咲はテーブルと共に開いた穴に落ちていく。咄嗟にそばにいたジャンティの手を掴んだが、彼も予期せぬ出来事に踏ん張れず一緒に落ちていった。
「咲ぃ!」
璃羽は躊躇いもなく穴に飛び込んだ。
「あのバカ、状況も確かめずに、」
ノイレンが穴の縁から下を覗き込んで3人の名を呼ぶが返事がない。星が隣に来てノイレンの顔を覗き込み、
「しかたありませんね。私たちも行きますか。」
ジャンティが澪の目を見ながら、その奥にいるリーミンに向かって話している。
「穴の底はぶよぶよしてて、それで助かったんだけど、その床から璃羽さんたちの村を襲った異形がどんどん湧いてきたんだ。最初はみんな戦ったけど次々に湧いてくるからキリがなくて僕たちは逃げた。」
ジャンティの意識の下で弥も黙って聞いている。弥が夢に見たのはその辺りまでで止まっていた。
「なんとかそこから逃げられたと思ったら、床が大量の水で濡れて滑るところに出た。今度はその水から海賊が湧き出てきた。もちろんみんな戦ったよ。咲さんなんか滑る床を逆に利用してすばしっこく動き回って何人か斬ったし。星だけは顔がひきつってた。片腕だからバランスが上手くとれなかったみたい。」
『それで?』
黙って聞いている澪の代わりに弥の意識がジャンティに問いかける。
ジャンティは澪から目を逸らして、
「僕が、床で滑って左足を斬られてしまった。」
***
「ジャンティ大丈夫か?!」
ノイレンが駆けつけてきた。
「今止血してやる。」と、自分の服の裾を破りジャンティの足に巻いた。
「ありがとう、ノイレン。」
「動けるか?」
「大丈夫。なんとか歩ける。」
「星のそばにいろ、激しく動くと傷口が広がるからな。」
「分かった。」
ジャンティは左足の斬られたあたりをズボンの上から触ってみた。痛みはないし、傷もないように感じた。
「この体、やっぱり僕じゃないのか?」
『ああ。』
『それよりもっと思い出せ。『魔』の本体とどう戦ったんだ?』
***
あのノイレンさえも息が上がっている。
「キリがないねえ。どれだけ分身を作れるんだ。」
ネオソードを握ったままの手で顔の汗を拭った。
咲は疲れのため少し動きが鈍くなっている。それでもマントを翻しながら足を軸に踊るように体を回転させてその勢いで斬り続けている。その剣舞のような振り回し方にダンス用の衣装が映える。ジャンティは酒場で見たノイレンのダンスを思い出した。
璃羽がその咲の隙をつかれないよう周りで立ち回っているのがダンスではなく戦っているのだと実感させた。左足を引きずるジャンティは星に肩を支えられながら近寄ってくる分身を斬った。
『それはもういい。そっからどうなったんだ?』
弥が少し痺れを切らして急いた。
「ああ、次々に湧いてくる海賊に押されて僕たちは部屋の隅に追い込まれた。逃げ道がなくなってみんなで壁に背を預けたら、アデナで見た喜劇みたいに壁が倒れて部屋の外へ転げた。そこは床がなくてみんなでまた下に落ちた。」
『よく落ちるな。』
「まるで今の僕たちみたいだ。こんなふうに地下深くの不思議な空間に落ちた。」
ジャンティはもう一度今いるこの不思議な空間全体を確かめるように見回して、
「そうだ、ここに落ちたんだ。」




