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ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。璃羽の予想通り空がべそをかき始めた。
ジャンティは急いで幌を張る。コダから領主の屋敷のあるエンゾのへそへ向かう街道の脇の草原に馬車を乗り入れて止めた。
璃羽と咲も幌の中に入って雨宿りする。ノイレンがたんまりと買い込んでおいた菓子を皆に振る舞った。
その菓子を一口食べながら星が思い出したように唐突に咲に話題を振った。
「そういえば咲さん、こないだの海賊船との戦いのさなかワグソードを使ったそうですね。」
星は左腕を斬られて気絶していたから、あの時咲がワグソードを振り回したことをあとから聞いたのだ。
「ごめんなさい、勝手に使ってしまって。でもあの時はみんなの役に立ちたくて・・・」
「謝らないでください、責めてなどいません。それよりも剣術はどこで習ったんですか?海賊を二人も斃したって聞きました。さすが咲さんですね。」
なにが”さすが”なのか咲には分からなかったがとりあえず微笑んで見せた。
咲の脳裏にあの時の様子が浮かんできた。
璃羽を柱に縛り付けていた縄を切って海賊退治に向かわせたあと、取り敢えず兄の言う通りにその場に残った。このままでいようかどうしようか迷っていると轟音と共に船体が大きく振動した。船室の窓を開けて外を見るとすれ違った海賊船が急反転してくるのが見えた。
部屋の扉の向こうからは悲鳴や怒声が聞こえてくる。咲は自分だけ安全な場所にいることにむず痒くなってきた。何かしたい、船に乗り合わせた皆の役に立ちたいという衝動を抑えきれなくなり部屋の中をぐるぐると歩き回りながら思案した。
思案に集中するあまり周りにある物が目に入らず、台の上に置いてあったジャンティの荷物に着物の袖を引っかけて落としてしまった。
ガシャンと床に落ちた音を聞いてそのことに気づき荷物を拾い上げようとしたら、そこに一振りの剣があるではないか。デジの港に来た外国船の船員が持っていそうな形の剣。柄の黄緑色の石に惹かれて手に取ってしまった。
他人の荷物を勝手に触ることに罪悪感は感じたがどうにも柄の石が気になってしようがない。
『ジャンティさんの持っている剣なら海賊退治に使えるかも』
そう直感が働いた。
咲はふうっと息を吐いた。その一息で気持ちは固まった。着物の袖の中から襷を取り出すと手慣れた手つきで結び、裾をたくし上げて帯にその先を挟み込んだ。
「よしっ!」
気合を入れて抜き身の剣を持ち部屋の外へ飛び出していった。
咲はじろっと璃羽を見て言った。
「剣術なんてやったことないです。やろうとすると兄が怒るんですもの、女のすることじゃないって。」
そのセリフにノイレンが噛み付いた。
「女が剣士になって何が悪い、んん?」
璃羽をじぃっと睨みつける。璃羽はノイレンからもらった菓子を慌てて飲み込んで弁明するが理由になってない。
「ノイレンさん、あんたは別だ。あんたはあんた、咲は咲だ。」
ジャンティと星、咲の3人は声に出さずに苦笑いしている。
璃羽はノイレンの機嫌を取り繕おうとして、「いやあ、あの時の咲はノイレンさんみたいで実に立派だった。うんうん。」と、大きく頷きながらそっとノイレンの顔を覗き込む。ノイレンはリスのように頬を膨らませて軽蔑の眼差しを璃羽に向けている。
璃羽は目の前にあった菓子の入っている袋を手に取ってノイレンに差し出す。
「これ、どうぞ。召し上がってください。」
「これはわたしのだ。」
璃羽から袋を奪いとるとぱくぱくと口に運ぶ。璃羽は罰が悪そうに荷台の隅っこに逃げた。
「ところで咲さん。ワグソードを振るってみて何か感じましたか?」
星が話題を逸らす。
「兄が普段打っている刀よりも軽くて扱いやすかったです。それに長さも私にはちょうどいい感じでした。」
星の顔に自信の表情が表れ、口角があがり、そしてジャンティを見た。ジャンティは静かに頷いた。星は次にノイレンを見た。ノイレンは口いっぱいに頬張った菓子を咀嚼しながら星に聞き返した。
「化けたか?」
「まだ弱いですが、その可能性がとても高いです。」
星が自信たっぷりに言い切った。
「いいねえ。」と、ノイレンは咀嚼したものを飲み込んで答えると、もう一つ菓子を指でつまんでそれをそのまま隅っこで大人しくしている璃羽に向けて、「で、こっちは?」と訊いた。
星は苦笑いするだけで何も答えない。
咲と璃羽は3人が何の話をしているのか分からずぽかんとしている。
ジャンティがジパンに来てからずっと気にかかっていた疑問を星にぶつけた。
「選ばれし者でなくても聖剣を扱えるんですか?」
星は真面目な顔で答えた。
「聖剣も剣であることに変わりはないので、だれでも扱えますよ。現に璃羽さんが使いましたよね。ジーナではタイロスさんも使いましたしね。」
「扱えるってことは剣に選ばれたってことにはならないんですか?」
「扱えることが選ばれたと言うなら、タイロスさんはなぜここにいないのでしょうか?」
ジャンティは「あ!」という顔をして納得した。
星はさらにこう続けた。
「ご先祖様の言い伝えでは選ばれし者でないと聖剣の真の力は発揮できないそうです。もっともそれに関してはご先祖様が故意に何も言葉を残していません。なんでもそれが世間の知るところとなればよからぬ者が聖剣を付け狙うようになるからだとか。」
ノイレンが口をもぐもぐさせながら言った。
「わたしと、ジャンティとあんたはその真の力を発揮させられるというわけだな。」
「はい、そうなります。」
星がはっきりと答えた。
ジャンティがぽかんとしている咲と璃羽を見たあとに星にもう一つ訊いた。
「『魔』を斃すのに4本の聖剣が揃っていれば真の力を発揮させられなくてもできるんでしょうか。」
「それは・・・・」
星は口ごもってしまった。いつもの星らしくない。いつもであれば、自信たっぷりに答えるか、素直に謝る彼だ。ジャンティは少し不安を覚えた。
咲が口を挟んできた。
「選ばれたとか、一体何の話ですか?それに私が化けるとはどういうことなのでしょうか?」
「蚊帳の外にしてしまって申し訳ありませんでした。実はですね、」と星が咲の疑問に答えた。
星の話を聞き終わって、咲はしばしの沈黙のあと、深呼吸してゆっくりと息を長く吐き出して、まっすぐに3人を見つめて決意表明した。
「わかりました。私が兄に変わって4人目になります。」
「それならば真の力を発揮できますよね?」と星に念を押した。
「それは・・・」
星は相変わらずこのことになると歯切れが悪い。
「何が問題なのでしょうか?」
咲は明確な答えを求めた。星は無言で璃羽の持っているタキシードソードを指さした。
皆が星の指の差した方向を見る。璃羽は自分が指さされたものと勘違いしてドギマギしている。
咲は「兄があの刀の使い手として選ばれていないというのですか?」と確認した。
「はい、私には何も感じられません。」と星が残念そうに言った。
「では私はどの剣に選ばれたというのでしょうか?」
咲が星に詰め寄る。
「これです。」
星はワグソードを指さして答えた。
「私はこの剣に選ばれはしましたが、剣術はからっきしなのでそれを補うのが咲さんなのだろうと思います。そう考えれば勘の囁きが弱いのも納得がいきます。」
荷台の隅っこにいて話を黙って聞いていた璃羽はタキシードソードを両手で握りしめてじっと4人を見つめ誰にというわけでもなくわめいた。
「俺は『魔』を斃して村を守る。それが咲を守ることに繋がるからだ。俺の目的は咲を守ることだ。それの何がいけないというんだ。」
ジャンティには璃羽の動機は自分のと似ていると思った。だから、彼が剣に選ばれないというのが納得いかなかった。




