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「ええ、また船に乗るの?!」
咲の村へ行くために船に乗らなければならないと言われて星とジャンティはげんなりした顔で咲を見た。船はもうこりごりだ。
一方ノイレンは涼しい顔をしている。もともと身体能力の高いノイレンは船酔いなどしない。ただ、ジーナからデジへの航海は彼女にとって初めての海原だった。どこまで進んでも見渡す限り陸地の見えない海原を目にして怖くなり酒に逃げた。結果ひどく酔ってしまったのだ。流石のノイレンも地に足がつかない状況が長く続くのには参った。しかし一度経験しているから今回の船旅はその怖さも克服できる自信があった。
咲は渋っている男2人には目もくれずに、
「船なら3日で戻れますが陸路だと10日はかかってしまいます。それに買い出しの荷物が多くて馬を使うと荷駄賃が高く付くので。」と、とりつく島もない。
絶海の海原でまた酔いと戦わねばならないのかと二人は気が重くなった。
気乗りしない重い足を気力で動かし荷物の積み込みを手伝う。ジーナからデジへ来た時とは違って大きな船だ。足の引っ掛かりを一定間隔で設けた長い板を桟橋から船梁へ掛けてある。幾人もの人が重い荷物を担ぎながらそこを登るとその足取りに合わせて板が撓む。ジャンティは桟橋と船の間の海にドボンと落ちそうになりながら行き来している。
昼前には積み終わり船は東の方へ向けて出港した。海岸沿いに進んでいく。ノイレンはデジ行きの轍を踏まないよう、酒は飲まずにデジで手に入れたジパンの菓子を口に運びながら景色を楽しんでいる。
一方男どもは積み込みを手伝っていたこともあり時間的に腹が減っていたが、海への贈り物を避けるため何も口にせず空腹に耐えながらノイレンの横でじっとしている。そんな2人をノイレンはチラッと見て、
「食べるかい?けっこういけるよ。」と、菓子を差し出す。
「結構です。」2人でハモった。
「あんたたち、(船を)下りるまで飲まず食わずでいるつもりかい?」
「もちろんです。」と、ジャンティが返す。
「情けないねえ。」
「なんとでも、ご自由に。」と、星が情けない声で繋いだ。
*
「風が気持ちいいですねえ。」
「全く。」
出航して3日目の朝、男2人が清々しい顔をして船旅を堪能している。デジの港を出たときの陰鬱さはどこへ捨ててきたのだろうか。
この2日間船はずっと海岸沿いに進んできた。しかも船体が大きい分揺れが小さい。それに1日毎に最寄りの港に停泊。乗客は陸に上がって宿を取った。だから船に弱い人でもそうそう酔わない。男2人はそのことに気づいてからは人が変わったように明るくなった。
2人がノイレンをじぃっと見る。
「もう全部食べちゃったからないよ。」
菓子を入れていた袋を逆さにしてみせる。
水平線に半分顔を沈めた太陽が世界を赤く染めている。
咲が3人に近づいてきた。
「もうすぐ着きますよ。そこから私の村、ゼキの里までは半日の道のりです。今日は港で泊まって明日の朝一で参りましょう。」
いよいよ刀鍛冶に会える。この3日間ジャンティはずっとノイレンの言葉を頭の中で繰り返していた。
『迷うな、動け。前を見て進め。』
*
咲の住んでいる村、ゼキの里の最寄りの港。船から下りた星は胸がざわついた。ジャンティとノイレンの二人にそっと近づき囁く。
「嫌な胸騒ぎがします。」
ノイレンが、
「例の聖剣が近いってわけか?」
「それもあるかと思いますが、違います。何か嫌な予感が。」
星は目の前に見える山の向こうへ視線を向けた。
「『魔』か、分身か。」そう呟き、こう付け加えた。
「できるだけ急いだ方が良さそうです。夜通し歩くのは危険ですが、ここで手をこまねいているよりはマシでしょう。」
ノイレンが咲を呼び止めた。
「お話は分かりました。けれど、今夜はここで夜明けを待ちましょう。」
きっぱりと咲が3人に言った。
「それだとあんたの村が危ないかも知れないって星は言ってるんだよ。」
ノイレンがじれったいのを我慢して説得しようとする。
「そうですよ。手遅れになってからでは遅いですから。」と、星もつなぐ。
「僕は、僕で役に立つなら咲さんの村の人々の助けになりたい。行きましょう。松明を絶やさなければ何とかなるでしょうから。」
ジャンティもなんとか説得に加わろうと口を開くが咲は首を横に振るだけだ。
咲はジパンへ来る前の3人のことを何も知らない。星の霊感が異常なほどに鋭いこともまだよく分かっていないし、『魔』のことも、聖剣の正体も聞かされていない。3人はただ珍しい刀を探して外国までやってきた、宝探しの冒険者くらいにしか思っていない。
「もし今から村へ戻るとしたら荷物はどうするのです?あれだけの荷物を載せるには何頭もの馬が必要です。夜の山道を歩くのは私たちだけでなく、馬やその馬を引く馬子さんたちまで危険にさらすことになります。」
3人の顔を順繰りに見ながら続けた。
「たしかに、兄や村の人たちのことは気になります。かといって荷物を持っていくこともできなければ、ここに置いていくわけにも行きません。あなた方のお話を聞いて私もできることなら先を急ぎたいですが、今は耐えるときです。」
そう言い切る咲の瞳に迷いの光はない。さすがに肝が据わっている。ノイレンより少し下くらいの若い女性なのに一人でデジまで買い付けに行くことを任されるだけのことはある。しかもデジではジャンティという見知らぬ少年に自ら声をかけ、親切心まで披露したくらいなのだから。
3人はそれ以上咲を説得できなかった。自分たちだけでも先行しようにも土地勘がない。星の勘も大体の方角しか分からない。それでは夜の山道で遭難することは目に見えている。
3人は焦れる心を抑えながらまんじりともせずに夜明けを待った。




