8-3
咲と3人は夜明けと共に里へ向かった。馬は咲がデジへ行く前から予め手配しておいたからすんなりと事が進んだ。
3人ははやる気持ちを抑えつつ咲に先導してもらう。馬子たちは里の場所を知っているから任せておいても問題なかった。無理せずゆっくり来るように伝えてある。
山の頂を越えると前方の麓に村が見えた。火の手が上がっている。ここまで木の焼けた臭いが漂っている。
ノイレンは咲にここで後方を進んでくる馬子たちを待つように伝えたあと、ジャンティと星に声をかけて駆けだした。
「いくぞ!」
馬を急かして下り道を勢いよく駆け降りていく。
「間に合えよ・・・」
ノイレンの背を追うジャンティの耳に悲痛な声が流れてきた。
*
村の入り口に血まみれの村人が数人斃れている。星がまだ息のある者を見つけて二人を呼ぶ。
「お、鬼だ・・・鬼が出た・・・」
村人はそれだけ言って事切れた。
「鬼?野盗じゃないのか?」ジャンティが呟く。星が、
「『魔』は時代や場所によって姿形を変えるとご先祖様が伝えています。ここの人たちには鬼に見えているのでしょう。」
その時まさに、鬼や化け物というのがぴったりな、異形が姿を現し3人に襲いかかってきた。ノイレンは異形に駆け寄りざまに剣を抜き斬り裂いた。異形が黒い霧となって消える。
「こんなところまで・・・」
ジャンティはわらわらとさらに湧いてきた異形と剣を交えた。黒い霧が立ち上っては散っていく。
「ジャンティうしろ!!」ノイレンの叫び声が届く、
目の前の異形に気を取られている間に別の異形にうしろをとられた。「殺られる」と覚悟したその時、星の放った矢が異形を貫いた。背に刺さった矢は胸まで突き抜けている。異形は動きを止め地面に倒れた。それをジャンティはレッドソードで一突きする。霧散して果てた。
「ありがとう、助かりました。」
星はジャンティのずっと向こうを睨み、次の矢を引きながら、
「礼を言うのはまだ早いですよ。向こうにうじゃうじゃいます。」
*
村の入り口とは反対側の奥まった場所に村長の家があった。その家の前で二人の若者が刀を手に異形と戦っていた。
「なんなんだこの鬼ども。斬っても斬っても起き上がってくる。」
少し背が低くく、体格の良いほうの若者がぜいぜいと肩で大きく息をしながら隣にいるもう一人の若者に愚痴をこぼす。
こぼされた隣の若者は彼より背が高く、見た目は優男といった感じの痩躯だが鍛えているのか引き締まっていて、けして痩せぎすではない。
「さあな、鬼って奴は不死身なんだろうさ。子供の時もっとばあちゃんの昔話聞いときゃよかったぜ。」
襲いかかってくる異形に刀を振り下ろす。斬られた異形はのけぞり後ろに倒れるが、しばらくすると起き上がってまた襲ってくる。きりがなかった。
背の低い方が「このままじゃ長を守れねえ。どうするよ璃羽?」
「斬って斬って斬りまくる。それしかないじゃないか。」
そういいながらも璃羽と呼ばれた優男にも妙案はない。彼もまた息が上がってきている。
「ぐあっっ!」
璃羽は仲間の悲鳴に視線を向けた。疲労で足がもつれて体勢を崩したところを斬られたらしい、異形の刀が左肩に深々と斬り込まれている。刃は彼の胸まで達している。璃羽はとっさにその異形の背に刀を突き刺した。異形の動きが止まる。
刺した刀はそのままに、璃羽は彼の側へ膝をつき、そっと体を支える。深々と食い込んでいる刀を抜き取りたいが、下手に抜くと出血が酷くなる。抜くに抜けない。
「しっかりしろ、こんな程度で死ぬようなタマじゃないだろ!」
「またまたぁ、こんな程度、じゃ、ないよ・・・んぐ、」息が細くなってきた。
「おいっ!」
「あとは・・頼んだぜ、璃羽。・・・最期にもう一度、咲ちゃんに会いたかったなあ。今日帰ってくるはずだもんな・・・」
咲は村の男衆に”里小町”と呼ばれていた。誰しもが嫁にと狙っていたとか。
「そうだ。だからそれまで踏ん張れ!でも妹は(嫁に)やらんけどな。」
「ははは・・・そこはうそでもやると言って欲しかったなあ・・・」
璃羽にほほえみかけたまま逝った。
璃羽は村長を家から連れ出した。
「長様、ここは危ない、どこか別の場所へ。」
すると長は、
「璃羽よ、わしを祠へ連れていけ。」
「祠?」
「里神様の祠じゃ。」
「承知!」
長を連れて家を出る際、異形の背に刺したままの自分の刀を抜いた。途端に異形がむくりと起き上がり、斃れた若者の肩に叩き込んでいた刀を抜き取り襲いかかってきた。
「なんだと!?」
璃羽は横薙ぎに払うがそれまでと同じで効果がない。璃羽は一瞬長を連れ出したことを後悔し、逡巡した。
異形が刀を上段から叩き込んできた。ためらいが璃羽の動きを鈍らせ、襲いかかる刃を防ぎきれずに胸元を切っ先がかすめていった。その時長が横から異形に体当たりを食らわした。異形は勢いよく転げていく。
「今の隙に行くぞ、璃羽よ!」
*
長の家の裏手、山を少しだけ登った場所に祠がある。村を一望できた。
長は祠に手を合わせて扉を開く。扉は二重になっていた。内扉も開けると中には一振りの刀が納められていた。
「里の守り刀じゃ。」
長は両手でかしこまりながら刀を取り出した。
「こんなものがあったんですか。」
村人たちは祠に手を触れることを固く禁じられていたため誰も中を見たことがない。年に一度の煤払いも村長の役目とされていた。
「この魔剣の存在を里の外に知られぬようにするため 、長にだけ代々伝えられてきたのじゃ。里神様の宿る魔剣じゃよ。」
「魔剣?宝剣ではなくて?」
長が魔剣と呼んだ一振りは、彼が普段打つ刀より長く、扱う人を選ぶと言えた。鍔は古い木瓜形で、柄も長く約一尺。拵も凝っていて柄頭に紫色の石が嵌まっている。璃羽はこんな柄は見たこともなかった。
「詳しいことはわしも知らぬ。先代もそのまた先代も、それぞれの先代からの言いつけをただただ守り、今に継ないできたのじゃ。」
「これが世に出れば災いをもたらす。じゃが、丁重に祀っておれば里をお守りくださるとな。」
璃羽は長と刀を交互に見て訊いた。
「そんな畏れ多いものをどうするつもりなのです?」
「村を襲っているあの異形たちはこの世のものとは思えん。それはお前も承知しとるじゃろ。」
璃羽は黙って頷く。
「魔物には魔剣を以って当たるが道理。璃羽よ、この刀を取れ。わしが許す。お前なら扱えるはずじゃ。」
「お前は刀を打つだけでなく、日々鍛錬もしとるではないか。もっともそれは里小町と名高い妹に悪い虫がつかぬようにするためじゃろうがの、ほっほっ。」
璃羽は村人たちから『妹ばか』と言われるほど妹を可愛がっている。
「妹ばかが役に立つときが来たのお。」
璃羽は打った刀がどんなに優れていてもきちんと扱えなければ鈍と同じだと考え、目に入れても痛くない妹を守るために見よう見まねで修行していた。
「わしはここで里神様に許しを乞うておく。さあ行け!璃羽よ。」




