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「あれがデジの港だ。」
船長が舳先の前方に見える港を指してみせた。
「ジパンへ来た外国船は皆まずはあのデジの港へ寄らねばならない。あそこで寄港許可証を交付してもらえば他の港へも出入りできるんだ。」
「(船を)下りたらあとは自分たちで何とかしな。デジの街にはいろいろと集まっているから情報でも、物でも何でも手に入る。」
船は静かに港へ滑り込んでいった。
*
3人は船長に謝意を示して船を下りた。
「星さん、どこへ行けばいいか分かりますか?」
ジャンティが訊くと、
「東へ。」
「東へ行けと勘が囁いています。」
そうは言ったものの星にもそれ以上のことはまだ何も感じられていなかった。
「どっちにしろまずあしを何とかしないとな。」とノイレンが続ける。
3人は着の身着のままと言っていいような荷物の少なさだ。移動手段だけでなく、このままでは今夜の食事にもありつけない。
デジの港町は活気に溢れていた。さすがに全ての外国船が必ず寄港せねばならない場所だけあって賑わいが並ではない。しかも外国船が持ち込んできた珍しい品を目当てに国内の船も沢山集まってきている。通りには様々な『人』が大勢歩いているし、看板を上げている店だけでなく露天商もあちこちに店を開いている。取り扱っている物も多種多様だ。
「隊商のみんなが見たら狂喜しそうだな。」ノイレンが口角を上げてジャンティを見た。
「そうですね。すごいや。」
気圧されそうなほどの活気だ。
3人は通りを歩き、少し開けた場所へ出た。
「よし!ここでいいか。」
ノイレンはそう言うと、一人で大勢の前に飛び出して大きく手を叩く。周囲の人々の注目を集め、踊り始めた。少しずつ道行く人が足を止め始める。酒場で踊るときのような際どい服装ではないが人々はノイレンのスタイルの良い肢体が艶めく舞に魅せられていく。だんだんと人だかりが増えて、それがまた人を呼び、ジャンティたちも近づけないほどになった。
「では、私も。」と、それを見ていた星が懐から片手で握れる小さい水晶玉を取り出して、目の前を通りかかった人へ声をかけ始めた。
「そこの貴方、ちょっとお待ちなさい。」
いきなり声をかけられた人が怪訝そうに星を一瞥して通り過ぎようとする。
「貴方、仕事のことでお悩みですね。」落ち着いた声でそう続けた。
「え?!なぜ、分か・・・」
「私には見えます。貴方のお悩みが。そして私ならばそれを解決して差し上げることもできます。」と、わざとらしく左手で持った水晶玉を右手でさすりながら断言してみせる。
怪しさ満点だが星の場合ただの当てずっぽうではない。遠い先祖から連綿と受け継いだ鋭い霊感がある。水晶玉はいわば人々を信じ込ませるための小道具に過ぎないが、実際に星の頭の中で勘が囁いている。最初は不審に思っていた人も的確に言い当てられていくうちに彼の言葉に耳を傾けるようになる。
ジャンティは大勢の人々が行き交う中でぽつねんとした。全くの独りだった。
彼にはノイレンのような芸もなければ、星のような力も無い。あるのは鍛冶屋としての腕だけだ。しかし今は肝心の道具がない。隊商にいたときは馬車などの修理用に隊商が備えていた道具を借りて仕事をしていた。あの時は自分の道具を買うことなど気にもかけていなかった。剣術の練習と、どうしたらリーミンを探し出せるかそればかりに気を取られていた。
『今の僕には夕食代を稼ぐこともできない。働かざる者なんとかだ。』
ここへ来て自分の未熟さを改めて思い知らされた。
*
「あなた、どうしたの?大丈夫?」
落ち込み、いじけかけたジャンティに不意に声をかけてきた人がいる。
見ると、リーミンよりも小柄で、肩甲骨の下あたりまでの黒髪をうなじのあたりで簡単に束ね、着物を着ている、顔立ちはいかにもジパンの女性らしい面持ちの女性だ。ジャンティよりいくつか上か。
そこへたくさんの投げ銭を袋状にした服の裾に入れたノイレンと、袖の下を膨らませた星が戻ってきた。
「誰だい、この子?」ノイレンがその女性を見る。ノイレンにしてみればジャンティと同じくらいにしか見えない。
「し、知らない・・・」ジャンティはそれだけしか言えない。
星がその女性の顔を穴が開くほどに見つめる。どうやらピンときているようだ。
「お嬢さん、貴女は私たちを導いてくれるかも知れない。」
女性はキョトンとして星を見た。
*
「私は咲と言います。」
その女性が名乗った。村の仕事に必要な材料の仕入れのためにわざわざ3日かけてこの港町まで買い出しに来たそうだ。
「デジなら舶来品も安く手に入るので重宝するんです。」
その咲に紹介してもらった良心的な宿へ3人は泊まることにし、ついでに東へ行くための相談をした。
「あなた方は何をしに東へ向かうのですか?」
当然の問いだ。
だが、3人は『魔』の話は避けた。会ったばかりの人にいらぬ心配をかけさせたくなかった。星が、
「剣を探しています。今はどんな形をしているかは不明ですが、柄にスギライトのような深い紫の半透明の石が嵌まっているはずです。」
咲は少し考えて、
「スギライトというのはよくわかりませんが、紫色の石なのですね。申し訳ありませんが、そんな刀は見たことありません。」
「そうですか。」落胆する星。自分の勘が外れた試しはないのにと。
「でも、うちの村へ来れば何か分かるかも知れません。うちの村はよそには刀鍛冶の里と呼ばれています。国中から注文を受けて色々な刀や刃物を作っていますので。」
それだ!とでも言わんばかりに星がにこやかな表情を咲に向けた。
村中刀鍛冶と聞いて、刀鍛冶に憧れるジャンティは好奇心を抱きつつも、さらに落ち込んだ。
アデナで親方の元で鍛冶屋をしていたとき、毎日のように眺めに行っていたレッドソード。いつかこんな立派な剣を打ちたいと思いを馳せていた。ジャンティは鍛冶屋としてはそこそこの腕前だが、上等な剣を打つにはまだ修行が足りなかった。
昼間ノイレンや星が、やってきたばかりの見知らぬ土地でいきなり自分の力で稼ぐのを見せられて、自分の未熟さを痛感したばかりだというのに、今度は知り合ったばかりの人の家族や知り合いがこぞって自分の目指している刀鍛冶をしていると聞き、好奇心よりも自分の足りなさを痛いほど思い知らされた。
皆の話の輪に入れずに黙りしていた。
その様子を察したノイレンがジャンティの頭に手を置いて軽く揺さぶりながら、
「なんて顔をしているんだ。迷うな、動け。馬車になれって言ったろ、前を向け。」
ジャンティは下を向きながらも頷いた。
*
病室のドアを医師と女性看護師の二人が塞いで立っている。
「あの帰りたいんですけど・・・」と弥が言うと、
「何を馬鹿なことを言っているんだ。脳に異常が無くても、君の怪我は相当なものだ。数日入院して治療しなさい。」と医師が怒る。
「だいたい、君のその姿は、」と続けると隣にいる看護師が台詞を奪い、
「ここへ運ばれてきたときは金髪だったのになんで黒髪になっているの?」
「あなたもしかしてスーパー地球人?!」と叫ぶ。
「・・・いや、それマンガの読み過ぎ。」
弥と澪の二人して苦笑いする。実際、弥にも変化する理由がわからないのだから笑うしかない。
看護師のヲタクな発言に医師はめまいを感じながらもこう続けた。
「過度のストレスで髪が白くなる現象はある。マリー・アントワネット症候群という。彼女が処刑される前にそうなったという話からそのように呼ばれている。」
「けれども、君の場合は白ではなく黒くなっている。そんなことはあり得ん。」
「先生、だからスーパー・・」と言う看護師を無視して、
「君の身体をぜひ研究させて欲しい。」
弥と澪は顔を見合わせる。研究されても理由が判明するはずもない、間違いなく精神科へ送られるだろうと思った。
澪がなんとかその場を取り繕おうとして、逆に医師の興味をそそるようなことを口走る。
「でも、先生、弥がこうなるのは2度目で、2回ともその日のうちに元に戻っているんです。それで、」
澪がまだ話し終わってないのに弥が言葉を遮ってツッコミを入れた。
「そうなんです、澪のねこぱんちで!」
澪は真っ赤になり医師達の顔が見られなくなった。
「ほう、ますます面白い。ところでねこぱんちとはどのような具合に?」と医師は身を乗り出す。
看護師はスーパー地球人説は無視するのにねこぱんちには反応するのかと口をあんぐりさせて医師を見ている。
弥が澪のねこぱんちを真似て、そして自分の顔面にそれを喰らわす振りをしてみせる。
真っ赤っかになった澪が弥の脇腹を思い切りつねった。
「痛っっっってーー!!」
弥は痛さで飛び上がる。大きな声を出したものだからそれでまた額の傷口が開いてしまった。




