55:祟りを恐れるネガティブなNPC。
「うふふ。うふふふふふふふ」
セシリアが怖い。
黄金の卵にずっと頬ずりしながら笑いっぱなしだ。
ライニャーを倒し終えると鳩モンスター達があっという間に森に戻っていき、眠らされていた連中もすぐに目を覚ました。
「な、何がどうなってるんだ。なんでセシリアさんは笑ってるんだ」
どうやら向こうのパーティーメンバーと、俺以外の連中はそれぞれ自己紹介をしていたようだ。お互い名前も覚えてるっていうね。
っち。こっちはNPCにスパルタされてたってのによ!
「セシリアってば、まさかのライニャー封印に成功したんばい……」
「うわっ。マジか!? ボスの封印に成功するとか、有り得ない」
「マジよマジ。私達もこの目で見たもんね」
「ねー」
マジマジと呼ばれた気がする。
でもあれは俺の名前を呼んだ訳ではない。ぐすん。
「いやぁ、凄いものを見せて貰いました。まさかポッポの大群が応援にやってくるとは……」
「ポッポ?」
トリトンさんがやって来て、さっきの鳩モンスターが『ポッポ』というモンスターだと教えてくれた。
当然、ピチョンと同種系で、ピチョンの下位のまた下位にあたるはずだと説明する。
うぉい、ピチョンって予想外に高レベルなのか?
ってかそれよりなにより、やっぱボスモンスターをゲットしたって事実が凄いだろ。
「あのライニャー、恐らくあと一撃と持たないほど瀕死状態だったようだ。その上で睡眠状態だ。幸運もあったのだろうが、絶好のタイミングだったとも言えよう」
「うふふ。セシリア様は幸せそうですね。よかったですわ」
と、合流したファリスとアイリスが解説する。
確かにHPは一割切っていた。その上で俺の攻撃を食らってたし、残りHP5%とか、それ以下だったのかもな。
「そうだな。ライニャーのHP、真っ黒だったし」
「うん。あれ? 死んでないの? って思うぐらい、真っ黒やったよ」
夢乃さんとドドンが言うと、
「そうですね、残りの生命力は1でしたから」
とトリトンさんがにこやかに言った。
「「いちいぃぃっ!?」」
「うふ。うふふふふ」
その場に木霊するプレイヤー達の叫び声。その中に、どっか意識が逝ってしまったような女の笑い声が混じっていた。
「つまりあのウッドマンは、木を切り過ぎた事で生まれたと?」
ボス戦をただ見ていただけのNPC軍団がしきりにそう話す。
確かに『怒りの』とはなっていたが……。切り過ぎるほど切ったか?
「いやぁ、マジックが失敗するのも想定して伐採してたからさー」
「そうそう」
と先着パーティーの面々がそう言う。
あれ?
「お、俺の名前、知ってるのか?」
「え? システムメニュー出してれば、視界に映ってる人の名前は解るんだけど。あれ、知らなかった?」
「おおぅ、知らなかったぜ」
そう言いつつ、名前で呼ばれた事が少し嬉しかったり。照れ隠しに視線を逸らしてみると――
「うおぉぃ!? な、なんだあの丸太の山!?」
失敗を想定して伐採?
いやいやいやいや、いくらなんでもあの本数は無いだろ。
切り開かれた森に積み上げられた丸太の数々。ざっと見ても三十本以上あるだろ。
「一人ノルマ十本ってことにしてたんだ」
「だいたい七本ぐらいぶった切ったぐらいだったよなぁ、ウッドマン出てきたの」
「私は八本切り終えてたわ」
「俺も」
「私は九本ばい」
「さすが生産組だなぁ。要領いいんだもんよ」
まてまて、そういう事じゃないだろ。
九人で伐採してたんだぞ。七本ずつだったとしても、六十三本という計算になるじゃねえか。
「切り過ぎたんだ」
「森がお怒りになったんだ」
ぼそぼそと呟くNPCの言葉も、なんとなく頷ける。
こいつら、切りすぎやがったんだ。
きっとまた襲われるだの、今度は川向こうの村も襲われるだの、NPCがどんどんネガティブ思考になっていく。
それはそれで襲撃イベントとして盛り上がるんだろうけど……
「せっかく安住の地を見つけたと思ったのに、また引越し先を考えねばならんな」
「村を発展させ、いつかは大きな町にと思っていたのに」
「もうダメだ。我らは森に殺されるんだ」
「祟りじゃ。森の祟りじゃぁぁ」
……こう暗いとなぁ。
禿げあがった森を見て、よくテレビなんかで見る光景を思い出す。
「なぁ。切り過ぎて森がお怒りになったってんなら、植林すればよくね?」
ボランティアなんかで見る、伐採して禿げた森に木を植える光景。その木が育てばまた伐採して資源とし、そしてまた植林をする。
まぁ普通によくある話しだ。
「あぁそうか。植林すればいいんだよな。ゲームだし、たぶん植林した木もすぐ育つな」
「村を開発するんならさ、どうせ木材が必要になるんだろ? だったら植林しながら伐採も出来るじゃん」
と他の連中も声を揃えて言う。
ここでお決まりのシンキングタイムの始まりだ。
結構長いこと止まっている。
「長いな、今回は」
と言う向こうのパーティーメンバー。
「あれ? もしかして他の人達もシンキングタイムの事知ってんの?」
そう尋ねると、何度もこういうのを見ているから大抵のプレイヤーは周知している事例だという。
その後、ようやくNPC達が動き出した。
「植林! それは素晴らしい案だ!」
「なるほど。しかも植林することで、森をより美しい状態にする事も出来るなっ」
「村の開発には木材は必須……森を守りつつ、必要な材料の確保も出来る。なんて見事なんだ」
「では早速、植林に必要な種子を集めよう」
そう言ってNPC達がわらわらと伐採された丸太の周辺に集まっていく。
どうやら切り倒した木から実を集めるようだ。っていうか、あったのか、そんなの。
無事に橋の修繕も終わると、俺達はようやく前進した。
辺りはもう薄暗い。早いところ村に到着しねえと。
だがその道中も俺たちの顔は緩みっぱなしだ。
なんせボス戦だったからな!
「くぅー。念願のレア素材ゲットだぜっ」
「っくしょう。武器の素材が欲しかったなぁ」
「そんな事言ってると、罰があたるわよ。いいじゃない、防具だって」
ウッドマンを倒した彼らは、全員が何かしらのレアアイテムを手に入れたようだ。
一人だけレア装備をゲットし、他は装備用のレア素材。他にもいろいろドロップしたらしい。
そして俺達は……
「卵に封印されると、倒したっていう扱いにはならんみたいやねぇ」
「うぅ、皆、申し訳ない。私のせいで直近のレアに有り付けなくって」
そう。
モンスターエッグに封印された進撃のライニャーは、倒していない――という扱いになっていた。
なので経験値もなく、当然ドロップも無い。戦闘中の技能経験値だけは入っているようで、習得したばかりの土属性技能のレベルは2になっていた。
が、それでも顔は緩む。
何故なら――
「にしても、まさかマジが一発入れたサハギンの攻撃が、有効打になってたとはなぁ」
そういいながら、ドドンは宙を見つめてグフグフと笑う。たぶん、インベントリ画面を開いているんだろう。
俺もインベントリを開いて、最後尾に納められたアイコンを見つめる。
杖のアイコンだ。
レベル40のレア杖――『激流のカウスロッド』。
「俺死んだのに、ドロップ権が発生してたのは何でなんだろう」
「パーティー組んでたからだろ」
「そうやね。パーティー組んでたから、私等にもドロップ権が発生してたんやと思うよ。もし全滅してたら権利は消えてたかもしれんけど」
なるほど。
パーティーでよかったぜ。
「これでお互い、レアがゲットできてめでたしめでたしだな」
「俺らだけだと橋の修繕イベント発生してなかっただろうし、そうなればウッドマンも出て来てなかっただろうしね。君達が来てくれて初めて発生したかもしれないボス討伐で、俺たちだけレア貰ってたら、なんか申し訳なさ過ぎるよ」
「そうよね。でもレベル40アイテムだし……」
そう、レベル40だ。当分使えない。
が……何もドロップは装備品だけじゃなかった。
アイテムもいろいろあるし、中には素材だってあった。寧ろ素材がほとんど?
ここは夢乃さんとドドンが大喜びである。
「ボスドロップだから装備品だろうなって思ってたけど、装備少な目でほとんど素材なんだな」
二つのパーティー合わせて十人。装備をゲットしたのは俺ともう一人だけである。
他全員、レア素材だ。
「うんうん。このゲームってね、直接装備をドロップするのって、確立的に低いんよ。そうでもしないと、生産が成り立たないでしょ」
「ネームドは装備が多いらしいんだけどな」
夢乃さんとドドンの話しを聞いて、なんとなく理解できる。
夢乃さんの言う生産が成り立たないは、ボスからレア装備がぽろぽろ出ると、生産に頼る必要性がまったくなくなるからな。
逆にぽろぽろ出るのが素材なら、生産職に頼んで作って貰えば良い。
ドドンの話しにしても、確かに戦ったネームドモンスターのアザラシは装備をくれた。
が、ネームドは数も少なく、遭遇できるかどうかが既にレアだからな。
遭遇できた事のお祝いみたいなものだろう。
そういえば、ネームドと今回のボス以外から装備品をドロップした記憶がまったく無いな。
もしかして通常のモンスターは、ノーマル装備すらドロップしない仕様なのか?
そう夢乃さんに尋ねてみると、彼女は頷く。
向こうのパーティーの人が補足して、
「クローズドとオープンでは、一切のドロップ情報が無かったから、たぶんそうじゃね?」
と言った。
「なるほど。じゃあ素材でもレアが出ればかなり幸運なんだな」
「そうそう。まぁ欲を言えば最上級のレジェンド素材が出ればなんだけどね」
アイテムの等級は下から、白い文字のノーマル。
緑色の文字のハイクラス。
青い文字のレア。
そして最上級はオレンジ色の文字で書かれたレジェンドだ。
俺もレジェンド欲しいぜ。
「40のレア素材……今すぐ何か作りたくてもレベル足りないし、作っても使えないし。うーん、やっぱ直近の素材も欲しかったなぁ」
「贅沢やねー、あんたは。私なんか、今からどんな衣装作ろうかって妄想するのが楽しくて仕方ないばい」
何故か背筋に悪寒を感じる。
装備と言わず、衣装と言ってるあたりがもうね。
「確かに俺らだけこんなに貰うのも、申し訳無い気がするな」
「うん。そうだね。レア素材はアレだけど、他のなら……」
「じゃあ――」
と言って先着パーティーの面々から素材アイテムが渡されてくる。
「え? い、いいのかよ!?」
「いいよ。自分用のレア素材はちゃんと残してあるし」
「換金できそうなのもな。夢さんとドドンの生産レベル上げる足しにでもしてくれ」
「ハイクラスの素材もあるから、そこそこいい装備作れると思うわよ。成功したらだけどね」
「うぅ、ありがたや〜。ありがたや〜」
素材はひとまず夢乃さんとドドンに――と思ったが断られてしまった。
「ごめん。インベントリもういっぱいなんよ」
「俺も、あと二種類ぐらいしか持てねえから」
「そっか。俺は案外余裕あるんだけどな。セシリアは?」
「インベントリ……うふふ。卵、ちゃんとある」
「もういい」
ダメだ。完全に逝っている。
どうやら向こうのパーティーメンバーも似たような状態で、実はインベントリの整理も兼ねて素材を寄こして来たらしい。
「なぁ、ペットって確か、インベントリ拡張機能があるって書いてたよな」
「あぁ、そういえば」
誰かの言葉で思い出した。
ぷぅをそっと摘まんで下ろして観察してみる。
うん。丸いな。やはりダイエットか。
「わっ。小さい鞄背負ってる!」
「え? どこどこ……あぁ、本当だ。やーん、かわい――痛いしっ」
ヒーラーさんと魔術師さんの二人がぷぅに近づき触ろうとした。
二人は女の子。
ぷぅが嘴で突いたのは言うまでもない。
ほぉほぉ、鞄ねぇ。ぉ、本当だ。
羽根に埋もれて見えていなかったようで、十円玉サイズの小さい鞄を背負ってやがる。リュックサックか。
しかし、この小さいリュックにいったい何を――
リュックに触れるとインベントリ画面が開く。
そこにはコボルトの毛やらアントの甲殻に触覚、蛇の鱗や毒牙といった、後半戦で出て来たモンスターのドロップ品が大量に入っていた。
俺のインベントリには同種のアイテムが一切入っていない。
つまり、こいつが拾ったアイテムは、全部こいつのインベントリに納まるってことか。
「こりゃいいや、インベントリに空きが出来るから安心して長時間の狩りもできるな」
《ぷぅ》
どうよあたち。役に立つでしょ。
とでも言っているのか、俺の掌でふんぞり返るぷぅ。
そしてそのまま後ろ向きに倒れ、起き上がれないでいる。
「ダイエット決定な」
《ぷっ!?》
じたばたもがくぷぅを見て、全員の顔に笑みが浮かぶ。
約一名、別の者を見て笑っている女がいるけどな。
「うふふふふふ」




