38:マジ、露出度が上がる。
『お帰りなさいませ、彗星マジック様。お手洗いには行かれましたか?』
ログインして開口一発目がまた便所ネタかよ。
だが――
「忘れてた」
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・
・
『お帰りなさいませ、彗星マジック様』
「ただいま。じゃあ行ってくるよ」
『はい。スッキリなされたようですし、存分にお楽しみください。尚、ゲーム内時間ですと、あと四時間五十七分程でオープンベータテストが終了いたしますので、その前に町などにお戻りになられることをお勧めします』
「サンキュー」
五時間弱か。セシリアがどのくらいでINしてくるか解らないが、四時間ぐらいレベリングできればいいな。
シンフォニアに見送られながら扉を潜り、港町へと舞い戻った。
「おっしゃ! これでレベル12だぜヒャッハー」
「マジおめー」
「マジック君おめでた〜」
「おめでとう彗星君。さぁ、お着替えの時間ばいっ」
何故そう鼻息が荒いんだ、夢乃さんよ。
ワンタップで装備ちぇんじが出来るとはいえ、こう凝視されてちゃあなんか恥ずかしくなってしまう。
ログインして早々、夢乃さんのメッセージを貰ってピリカの家前に集合し、ドドンと彼女を大賢者に紹介。
あっさり護衛クエストの受諾が出来たってんで、セシリアを工房で待った。
案外すぐに彼女もログインしてきたので、そのままさっきの森へと『テレポート』で直行したのが十分ほど前か。
昼飯時も終わったばかりってのもあるんだろうけど、狩場に他のプレイヤーの姿を見ないのが高効率を出せた要因かな。
「さぁ、早く着替えるばい!」
「今度はどんなハレンチな衣装を?」
「ぐふふ、ぐふふふ」
「うふふ」
ダメだこの女子は。どっちも腐ってやがる。
だが装備を変えなければ防御の底上げも出来ないしな。
はぁっと溜息を吐き捨ててからステータスを開き、装備を変更していく。
『黒楼羽根のロングコート(レア)』から『黒楼羽根のスパンコールロングコート(レア)』に……。
『黒楼のズボン(ノーマル)』から『黒光りする黒楼羽根のスリムパンツ(レア)』に……。
『黒楼羽根の手袋(レア)』から『派手ハデな黒楼羽根の手袋(レア)』に……。
『海獣のブーツ(レア)』から『オシャレな黒楼羽根のシューズ(レア)』に……。
全部『黒楼羽根』で統一されてやがる!
しかもスパンコールだの光るだの派手だのオシャレだの、不吉な文字が付いてるし!
わなわな震えながら全ての装備をセットし終えると、俺は自分の姿を今ほど見たくないと願った事は無い。
だのに、だ。
「彗星君、ステキばいー。こっち見てぇ」
「マ、マジック君。もうこれは……殴りマジではなく、マジシャンの領域……っぷくく」
「マ、マジサイコー。腹痛ぇ。マジサイコーッ」
「うっせぇ! そ、装備なんてのはなぁ、見た目より性能なんだよ、せい――」
振り向いた先に、でかい鏡が置いてあった。出したのはおそらく夢乃さん。絶対だ。絶対そうに決まっている。
鎖骨が見えるデザインは代わらず、中に着込んだシャツの色がワインレッドに変更された黒いロングコート。黒い鳥の羽根が各所でふさふさしているのも相変らずだが、問題はコート本体がキラキラしていること。
スパンコール……無駄に使い過ぎじゃね?
しかも全面をキラキラさせてるんじゃなく、なんつうか……スパンコールで絵を描いてるような?
「それね、後ろから見たら、火の鳥が羽ばたいとるように見えるんよ」
「見えるかそんなもの! ってか無駄に凝りすぎだろっ」
ズボンはその名の通り黒光りしているスリムパンツだが、何故か太ももの所がベルトで締められていて、そのベルトに鳥の羽根がふっさふっさ……。
手袋は指抜きになり、七色のグラデーション生地になっている。手首に黒い羽根は相変らずだ。
靴はデザインそのものは革靴みたいなんだが、ヘルメスの靴みたいに羽根が生えていて、それさえなければと思わずにはいられない。もちろん黒い羽根だ。
マジシャンか……うん、手品師だと言えば納得できるスタイルかもしれない。かもしれないが、それでも派手過ぎだろ!
「いやぁ、この時の為に『彫金』技能取っといたんよ。こんだけ大きい鏡作るの、苦労したんやけん」
やっぱり夢乃さんかよ。無駄な苦労しなくていいから……。
用が済んだ鏡は光の粒子になって彼女の腕時計へと吸い込まれていく。
「あのさぁ、このシャツって意味あんの? へそが辛うじて見えない程度にまで前おっぴろげだし、ぺらっぺらだし。防御力とかあんの?」
「シャツその物はノーマル素材で作っとるから、それ自体に防御力は無いと思うよ。いかんせんこのゲームの装備って、上半身下半身手足でしか部位が分かれてないから、当然上半身はシャツとコートセットで『上半身』扱いになるんよ」
「シャツに価値は無いのか……」
「そうやね。今んところはシャツ作成に使える素材が、綿花一択やけん」
打たれ弱いのが魔法使いの定番だが、実際のところ職業概念のないゲームだし、攻撃スタイルが魔法使い系でも鎧を着こんでたっていいんじゃね、とは思う。
まぁ見た目がアレだが。
「それがそうでもねえんだよなぁ」
「は? ドドン、どういう事だ?」
俺の疑問を口にすると、ドドンがにやついた顔で否定してきた。
「レベルの低い今なら、それも出来るんだけどさ。もう少しレベル上がってくると、防具に行動補正とかが付いてくるんだよ」
「重装備、つまり鎧系なんかだと防御力やHP補正が高い代わりにAGIにマイナス補正。まぁこれは低レベルの頃からあるけど、高レベルになったら補正数値も高くなるけんねぇ。ちなみに、布装備やったら防御力低いしHP補正も少ないけど、魔力アップ補正とかが入るんよ」
となると、魔法メインに戦闘するならやっぱ布装備なのか。
防御低いHP低いというデメリットをどうするかだなぁ。
「まぁマジの場合、ソロやと接近戦なんだし、鎧はやっぱ着ない方が良さそうだよな」
「うん、そうやね。でも早いうちに回避どうするか決めたほうがいいんやない?」
そうだよな。いつだってパーティーメインで行けるわけじゃないんだし。
火力面のINTを確保しつつ、サブステをどうするか。
「だな。――りだとやっぱあ――だろう――」
魔法使いらしく詠唱速度を――今のところそれで困った事もないしなぁ。
HP補強でVITか、回避でAGIか。
「AGIはいいぞ! 武闘家も――だと――し」
やっぱAGIだよなぁ。
INT先行AGI回避マジもいいよなぁ。
「それにしてもさ、こんだけ派手だと、光物好きなモンスターが寄ってきたりしてな」
「おいおい、そんな物騒なフラグ立てるなよドドン」
ちょっと狩場がヌルくなって気がしてきたので、もう少し森の奥へと入っていく。
木々の隙間から差し込む陽の光にスパンコールが反射して、無駄に……目立っているな。
ガサガサと音を立てる茂みに、新たな敵発見とばかりに近づくと――
《カァーッ!》
《カァカァーッ》
《カカーッ!》
「うおっ!? か、鴉?」
「マジの親戚じゃね?」
「うん。似ているな」
「似とるね」
止めろっ。しかも作成者本人が言うなっ。
黒い鴉と、全身真っ黒な俺。
髪の毛は銀髪系だが、肌の色はダークエルフだからもちろん褐色だし。だからって鴉の親戚じゃねえ!
《カアァーッ》
《カッカッ》
「だぁーっ。お前らも懐いてんじゃねえよっ」
群がって嘴で俺を突き始める鴉ども。地味に痛い。
「マジ、それ懐いてるんじゃなくって、攻撃されてるんだ」
「え?」
ふと視界の隅にあるHPバーを見ると、既に半分が無くなっていた。
地味に痛いんじゃなく、すっげー痛い!?
「ぎゃーっす! 『サンダーフレアッ』」
「きゃあぁーっ。マジック君が燃えてるぅ」
「落ち着くばい、セシリア。彗星君が超至近距離で範囲魔法使ったから、自分ごと燃えてるだけばいっ」
「姉貴、それセシリアちゃんが言ったのと同じ意味やから。見た目には燃えてても、実際には燃えてねえから大丈夫やけん」
「解説してないで、助けてくれよっ」
最初、鴉の数は三羽だったが、気づけば倍の六羽になっていた。多段HITの『サンダーフレア』だが、一撃で仕留める事は出来ず、相変らず俺は奴等に突かれている。
『ヒール』でまず回復し、その間にも仲間の攻撃で鴉が一羽ずつ落下していく。
「ぜぇ、ぜぇ。死ぬかと思った」
「やっぱ光物に――」
「やめろっ。フラグを立てるんじゃない!」
「まぁ普通に、この辺りはアクティブモンスターの生息圏ってことやろうね。一番近くにいた彗星君にヘイトが向いたのは、仕方ないばい」
ぐぅ。遂にアクティブモンスターの領域に入ったか。
以前やってたVRMMOは前衛職していたから、多少囲まれても回避できたし、HPもそこそこ高かった。装備による防御力も布装備とは比べ物にならないし。
布装備の補正はもう少しレベルが上がってからというなら、今は防御とHP補正重視で重装備でもいいんじゃないか?
で、想像してみる。
ガチガチのフルプレートを着込んだ俺が、左手に杖を持ってゼロ距離から魔法をぶっぱする姿を。
なにこの新種のモンスター?
やめよう。
代わりに他の手を考えないとな。
「マジってAGIあるのか?」
「今はまだ無い。そもそも火力ステを上げた後、何に振ろうか悩んでんだ。最初はひらりひらりと華麗に躱して魔法を駆使するスタイルが、かっこいいなぁとは思ったんだが」
「何故そこで魔法なのだ? パンチでいいじゃないか」
「何故ってセシリア……俺は魔法使いだぞ?」
なんで三人揃って首を傾げてるんだよ。まさか俺の事を……手品師だと思ってねえだろうな!
鴉は飛行系で弓使いの二人以外は戦闘がし辛いというのが解った為、別のエリアに移動する事になった。
今度の敵もアクティブで、『ヤンキーラビット』というサングラスをかけた兎や、農村近くで見たゴブリンだ。あの時のゴブリンと違い、今回の奴等は武器を手にしているし、皮製の防具も身に付けている。そしてアクティブだ。
まぁ農村方面の奴等も、積極的に牛を狙っていたし、ある意味アクティブ?
そんなアクティブゾーンで、俺はドドンの短足から繰り出されるステップに魅入っていた。
「ドドン。なんでそんなに足短いのに、華麗なバックステップが出来るんだよ」
「短いのはドワーフの誇り!」
「いや、そんなのどうでもいいから、なんだよそのバックステップ」
「……スキル」
え? スキル? 何それ新しいの!?
「俺、姉貴と違って生産と戦闘と、半々でやるタイプなんよ。だから鍛冶以外の初期技能は、戦闘系で固めてるんだ」
採掘はセシリア同様、農村で修得したらしい。もちろん鑑定は港町だ。
聞けば彼の初期技能は、『弓術』『集中力向上』『敏捷向上』『鍛冶』、そして『格闘術』だという。
なんだ、同じ技能が二つもあるじゃないか。それを話すと、『バックステップ』のスキル構造を教えてくれた。
「このゲームの売りである、スキル作成なんやけどさ。実は防御系スキルだと、IMPの消費が少ないんばい」
「え? マジで?」
「マジマジ。マジに向ってマジマジってダジャレかよ」
言わなきゃ気づかれないだろうに。こいつ、自分でつっこまなきゃ気がすまないタイプだな。
『バックステップ』は他のVRMMOはもちろん、昔のMMO時代からも登場している回避系スキルだ。
それをドドンは『格闘術』を媒体にして作ったと。
「消費したIMPは5だけ」
「5!? たったそれだけで作れたのか?」
頷くドドン。
「クローズドでもその件は検証されとるんばい。攻撃系スキルの場合、IMPの消費は単体攻撃でも15ぐらい取られるけど、防御系の、しかも動作系のは少ないポイントで作れるって」
「マジかっ」
「マジマジ。マジに向って――」
「二度目は無しな」
「すんません……」
しょぼんと項垂れるドドンを無視して、ちょっと防御系スキルを作ってみるかな。
まずどんなスキルにするか考えよう。
防御といっても、ガード系じゃなく回避系だよな。悔しいが、ドドンの二番煎じになってしまうけど。
「技能同士の組み合わせで新スキルも出来るから、『敏捷向上』と組み合わせてもっとスピーディーな回避運動できるようにすればよかったなと思っとるんやけど」
「そうか。二つの技能を媒体にした回避系か」
「私も作ろうかな。格闘も敏捷も持ってるし」
そういやセシリアはAGI剣士だったか。
ただ前衛職がバックステップで回避されると、火力職とかは困るんだよなぁ。
前衛が後ろに下がれば、モンスターも一緒について来る訳だろ?
後衛火力が前に出ると地雷認定されるように、前衛がモンスター引き連れて後ろに下がってくるなんて、地雷以外の何者でもねえよ。
そもそも、後ろに下がってもまた前に出て行って攻撃しなきゃならないわけじゃん?
無駄じゃね?
「それもそうか……じゃあガード系?」
「そうやねぇ。セシリアの場合はガード系や、その場でひらりと躱す回避系やね。彗星君もやろ?」
「え? 俺?」
「だって、前衛じゃん」
俺が、前衛、だと?
考え中……
考え中……
そうだ俺、ゼロ距離からしか魔法撃てないから、前衛ポジになるんじゃん!!
あれ、そうすると俺って……
魔法使いのくせに前に出てゼロ距離って、つまりは――
地雷?




