お前がいるから
聖女になる直前の一時帰郷がもう少しで終わろうとしていた。
毎朝フィンのお墓に挨拶した。
その後は長期休暇で帰っているルカと、お話したり、街を歩いたりした。聖女だと知れたら人だかりができて、二人で掻い潜ったりもした。
「俺は明日、首都に帰る」
ルカが言った。
「そうですか……」
ルカが街を離れた後には、私もこの街を離れる。そんなに感傷に浸るものでもないはず。でも、ルカと会えなくなるのは、とても寂しく感じた。
「来月から俺は神官になれるんだ」
「そうなの?……おめでとう!とても素敵なことね」
私は手を叩いて喜んだ。
「それで、どちらに配属になりました?」
神官は国中の至るところに異動する可能性がある。
「まだ教えてもらってないんだ。希望は言ったんだけど……なかなか難しいみたいなんだ」
「そうなんですか……希望のところに行ければいいですね」
私は言った。私のいる聖女寮に来て頂けたら嬉しいけれども、そう我が儘は言っていられない。どこが希望かは知らないけれど、ルカの希望が通るのが一番良いことだ。
ルカは私の方をちらちら見てから、口を開いた。
「俺、聖女寮を希望したんだ」
私は強く驚いた。口元を手で隠した。
「あの、理由を聞いていい?」
ルカは黙った。私は期待しながらルカの横顔をちらちらと見た。
ルカはひとつため息をついた。そして言った。
「お前がいるから……」
その言葉を聞いて、私は照れた。ここまではっきり言うとは思わなかったから。私は黙ってうつむいた。
「こう言うの、だめだったか?」
ルカが不安そうに私を見た。私は首を横に振った。
「だめじゃないよ……」
私は声を振り絞った。
二人とも黙った。ルカは私を見たりよそ見をしたり、目の動きがせわしなかった。そして、私の顔を見つめた。ちょっと緊張する。
「ノエル、おまじないしようか?」
「はい……」
ルカが私の手を取った。
――トクン。
なぜか脈を打つ音が聞こえた。
ルカは繋いだ手を少しだけ上げた。
「ノエルは元気になる。ノエルは元気になる」
手を繋ぐだけで元気になるわけじゃないはずなのに、ルカの手から暖かさが伝わってきた。子どもの時にしてもらったおまじないよりも、もっと、優しい。
「ありがとう……」
私は言った。
「俺の方こそありがとう。俺もノエルから元気をもらえてる。聖女になる前からずっとね」
ルカが笑顔で言った。
「じゃあ祈りの力じゃないよね。なんの力なんでしょう?」
私が呟いた。
「さあね。未知の力なんじゃないかな」
ルカは冗談めかして言った。私はつられて笑った。
ひとしきり笑った後、ルカは私を見つめた。けど目が合ったらすぐにうつむいた。
「首都で会えたらいいな」
「うん……」
次の日、ルカは首都に旅立った。
* * *
「フィン……」
旅立ちの日の朝、僕はいつも通りフィンのお墓の前に立った。
「これから僕は聖女になるんだ。すごいでしょ?」
そう言うと、しばらく立ち尽くした。強めの風が僕の頬をなでた。
「またね」
そう言って私はフィンのお墓に背を向けた。
私は一年前と同じく、街の中心の広場で行われる出発式に参加した。
そして市長さんのお話が始まった。いわく「ノエル君は大変素晴らしい素質を持っている」「私は以前から注目していた」云々。
一年前と変わらなかった。
市長さんのお話が終わると、私は馬車に乗った。窓から外を見ると、家族が私を見ていた。無理に微笑みながら手を振った。
いつ帰ってくるか分からない。家族とは会えない。フィンももういない。私は行きたいとは思えなかった。
でも私は決めていた。少し前に母にも言った、聖女になると。
馬車が動き出した。私は集まって下さった皆さんにも手を振った。馬車はそのまま首都に向かった。
* * *
首都の聖女寮に着くなり、交代式が行われた。私の一代前の聖女は、私よりも年上の女性だった。
「あら、可愛らしいこと」
私を見て先代様は微笑みかけて下さった。私も挨拶して応えた。
「ノエルさんは男性でしたよね?」
「はい」
「お世話とかはどうなるのでしょう?」
先代様の疑問に神官長が答えた。
「さすがにノエル様の入浴を女性神官に任せるわけにはいきませんから、男性神官と入れ換えます。誰がどう異動するかは全て決定しております」
「そう。万端なのですね」
先代様が言った。
「明日、総入換えをいたします」
「これで私もここから出られるのですね……」
「あの、先代様……」
私が聞いた。
「なに?」
「聖女は大変……なのですよね?」
先代様は一旦口をつぐんだ。
……何か不適切なことを申してしまったのでしょうか?
「そりゃもう大変よ?祈りだ儀式だ、会食だ、もう暇がないのよ!しかも会食って良いもの食べるけど、高官がいたらおしとやかにしないといけなくて、味なんかしないから!?」
先代様は捲し立てるように言った。
私はポカンと先代様を見ていた。
「あっはっはっ!聖女様っぽくないでしょ?」
先代様は豪快に笑った。
「いい、ノエル?こんな女でも勤まったのよ?あなたも大丈夫だから!ね?頑張りなよ!」
そう言うと私に向いてウインクした。
「あ、はい!」
* * *
聖女になって半年が過ぎた。私は十八歳になっていた。
先代様の言われた通り、聖女は、祈祷、儀式、会食などで予定が一杯になる。
会食が思ったより大変で、愛想笑いを浮かべ、おしとやかに食べないといけない。食事は立派な反面、胃もたれする時もある。
細かいことは身の回りの神官達が迅速かつ確実に対応してくれる。そのため、祈祷と儀式で躓くことはない。
それに気晴らしもある。体力作りとして聖女寮の敷地内を走ることがある。これが思ったより楽しい。
ある日、私が走っていた時に、一人の神官が私に向かって頭を垂れた。
聖女が走る姿は見るべきではないとされ、神官は伏せ目で通り過ぎる不文律がある。しかしこの神官は、おそらく知らない。単にお辞儀をしただけだ。
――珍しい方ね。伏せ目で通らないなんて。新人さんかな。
私は深く考えずに神官の方を目で追いながら走り抜けようとした。
――いえ、見覚えがある。
その神官が顔を上げた。半年振りに見る顔だ。
「ルカ……」
思わず口にした。そして、色んな思いが出てきそうになった。




