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今はこれでいこうな

「ルカ……」


 私の前にルカが立っていた。


――トクン。


 その後は、感情を抑えるのに精一杯だった。


 ルカがいる。目の前に、会いたかったルカがいる。


「聖女寮に決まったの?」


 少し言葉遣いが乱れた。分かってる。でも、聖女らしい言葉は、今はもどかしい。


「うん……」


 ルカは左右を見回した。


「はい。こちらに決まりました」


 そう言うとルカは深くお辞儀をした。


「聖女様にお会いでき、誠に恭悦に存じます」


 私は必死になって、がっかりしているのを感じ取られないように努めた。


 だって――こんなのルカじゃない!すごくがっかりしてる。


 もちろん仕方ないのは分かってる。私は聖女寮の最高位になっている。ルカは新人の職員。立場が全く違う。


 それは分かっている。分かっているけど……私の知ってるルカは、もっとぶっきらぼうで、でも私のことをいつも気にしてくれている人。私に元気をくれる人。


「聖女様……」


 ルカが私に呼び掛けた。ハッと気づいた。今は聖女と職員の関係だ。


「これからよろしくお願いします」


 私はお辞儀を崩さないルカの脇を通りすぎた。


「今はこれでいこうな」


 ルカの呟きが聞こえた。


 お辞儀をしながら、恭しい態度を取りながら、でも心の中はルカだった。確認できた。嬉しかった。泣きそうになった。


 でもここで感情は出せない。心の中で「落ち着け、落ち着け」と念じた。


 私はなんとか我慢して、その場を離れた。


 * * *


 聖女には日替わりで当番の神官が付く。彼らは身の回りの世話をしてくれる。先代様は女性だったので当番神官は女性だったと聞く。今は男性神官の役回りだ。


 旬ごとに当番神官の割当表を見て、これで良いかと確認を求められる。「この人は外して下さい」と言うこともできるとのこと。だけれども、当番神官は皆さん誠実に取り組んで下さるのに、組換えをお願いすることは一度もない。


 当番神官割当表の確認は、これまでは本当に儀式でしかなかった。


 今は少し違う。ルカの名前を探してしまう。


 そしてとうとう。


「ルカ……ルカ……」


 私はルカの名前を探そうとして、彼の名前をつい口走った。


 割当表を持ってきて下さる神官は、驚いていた。


「ルカをご存じなのですか?」


 露呈してしまったら逆に度胸のようなものがついた。平然と「存じてます」と言った。


「どのようなご関係でしょうか?」


「単に同郷なだけです。でも気楽になるのは確かです」


 私はルカを単なる同郷とは見ていないのは自覚している。しかし、聖女が特定の神官に依存しているかのような態度を取ることはできない。


「同郷なんですか。なるほど」


「はい」


 私は表情を変えずに言った。


 * * *


 それから二か月後に、とうとう割当表に「ルカ」の名前を見つけた。


「以前お話のあったルカですが、ひととおり聖女寮での仕事を習わせたので、これから入れることになりました」


「そうですか。ご配慮ありがとうございます」


 私は感謝の言葉を述べた。


 そしてルカが当番になる日の朝、私は寝不足になっていた。しかし、お化粧を頑張って、目の下のくまなどをある程度隠した。


「失礼します」


 上司につれられて、ルカが私の部屋に来た。


「では、ルカ、しっかりな」


 上司はすぐに退室した。


 それからしばらく、私たちは全く身動きを取れなかった。


「あ、聖女様」


 ルカが先に話し始めた。


「本日のご予定は、朝食後は夕刻までお祈りです。その後は宰相殿との会食です」


「分かりました」


 ルカはいきなり立ち上がって、ドアを少し開けて、外の様子を確認した。


 その動きに、私は期待していた。


 ルカはすぐに戻ってきて、私の前に立って、満面の笑みを浮かべた。


「久しぶりだな、ノエル」


 その声を聞いて、私は目を閉じた。もう涙が出そうだった。


「ノエル、我慢して。いまは我慢して。ノエルが目を腫らしたらマズい」


 そうだった。ルカは新米神官。ここで私が泣いていたら、当番神官として失格の烙印を押されかねない。


「うん。我慢する」


「深呼吸してみよう?」


 ルカと私は深呼吸をした。


「落ち着いた?」


「うん」


 私は少し落ち着いてきた。


「確かすぐに朝食が来るよね?」


「うん」


「来たら一緒に食べような」


「うん」


 私はまだ落ち着いていなかった。返事がうわのそらだった。


 ルカは少し話すのを止めた。そしてすぐに再開した。


「俺が食べさせてやろうか?」


「うん」


 私は深く考えずに答えた。


「本当にいいか?」


 ルカに確認されてからようやく気付いた。


「あ……ダメ、それ、恥ずかしい……」


 私は顔を手で隠した。なんとか泣かないように泣かないようにと気持ちを落ち着かせていたけど、今度は笑いが止まらなくなりそうだった。


――コンコンコン。


 ノックの音が聞こえた。


「じゃあ、ここからは聖女様だよ」


 ルカはそう言うと、ドアを開けて朝食配膳係を招き入れた。


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