俺だと意識するのかな?
私はルカを前にして朝食を取っていた。
「何か不思議ね……」
私は呟いた。
ルカとは幼馴染で、毎日一緒に遊んでいた。でも、これまでに朝食を一緒に取ったことが無い。
「そういえば朝飯はないな……。遊びに行くのは朝飯食った後だったもんな」
「そうだったね」
私も小さいころのことを思い出してきた。
「そう言えば、晩飯は俺ん家で食ったことあるだろ?」
「え、えっと……あったかな?」
私はわざとらしく首をかしげた。ルカはにやにやしていた。
「遊んでて日が暮れた後、怖くて帰れなかったんだよ」
それは確かにあった。怖くて帰れないと泣いたのを覚えている。その後でルカのお家でお夕飯を頂いたのも、そしてルカが送ってくれたのも、全部覚えている。
「覚えてたよね?」
「うん、覚えてた……。あの時はありがとう」
朝食が終わると、着替えをする。着替えの時は、私は所定の位置に所定の方向を向いて、所定の姿勢で立つ。そこを当番神官が手早く寝間着を脱がせて、聖女の衣装を着させてくれる。
今日はルカが当番だ。
「ではお着替え、失礼します」
ルカが言った。着替えの時は他の神官も同じことを言っている。なのに違う。着替えの所作もいつもと同じ。なのに違う。
寝間着を脱がせて下さっている時に、ルカの呼吸が少し早くなっているのが分かった。
ルカの呼吸音に意識がいくだけでなかった。ルカの手が私に触れるたびに、そこに意識がいく。ルカが漏らす声にも意識がいく。ルカの全てに意識がいく。
――でもこんなところで意識するのはいけないこと。
私は目を閉じた。余計に想像力を掻き立てられた。やはり目を開けた。
「できました。いかがでしょうか?」
ルカが言った。少し得意気に言ってるようにも見えた。
「いいと思います。ありがとうね」
そうして祈祷部屋に向かった。
次に自室に帰ってきたのは夜だった。
「あの宰相は話が面白くないのよね……」
自室に戻るなり言った。ルカも苦笑しながら同意してくれた。
「そうだな。ほぼ自慢話だったな」
「よかった。ルカが同じ感覚でいてくれて」
夜も更けてきて、聖女らしい言葉遣いができなくなりつつあった。
「あのね、ルカ、聞いて」
ルカは聞いてくれそうだった。
「これまで半年以上祈りを捧げてきたのね」
「そうだね」
「これって役に立ってるかな?」
私の問いに、ルカは少し驚いたようだった。しかし、すぐに平静を取り戻した。
私は構わず続けた。
「一生懸命お祈りしても神様が聞いてくれないことが結構あるの。祈っても祈っても食料は増えないし、戦は減らないよね」
ルカは黙って頷いた。
「お祈りって、神様に本当に届いてるのかな?」
私は思ったままに言い切った。
ルカは、少しの間私を見てから、口を開いた。
「ノエルは、お祈りをしっかりしてるかい?」
「え?してるよ?」
私は答えたが、少し混乱した。一生懸命お祈りをしても、目に見える成果が無いことに疑問を持っていた。それに対する答ではないと思った。
私の表情を見て、ルカは再び口を開いた。
「真剣にお祈りするのが聖女の仕事だよね?」
「うん」
「聖女はこの国のどの人よりも、神様に近いところで、神様に届くようにお祈りすることができる。他の人には、したくてもできないことだよね?」
「うん」
「ノエル、いまお前ができることを一生懸命やるんだ。本当に一生懸命にやっているか?手を抜いていないか?慣れてしまって真剣さをなくしていないか?」
私は、そう問われると、完全に自信を持つことはできなかった。どこかで手を抜いているのは、本当は薄々思っていた。
「本当に聖女の仕事を全うしてからでも遅くないだろう?」
「……うん」
ルカは私の頭に手を乗せた。
「一回、頑張ってみて」
「うん。ありがとう」
私は目を閉じて、感謝の言葉を口にしつつ、ルカの手を感じていた。
「あ!そうだ!」
ルカは何かを思い出したようだ。声をあげた。
「どうしたの?」
「入浴!聖女様をお風呂に入れないと」
入浴の世話も当番神官がしてくれている。服を脱がせるけれども、入浴着で湯に浸かるので、恥ずかしくなることはない。
でも今日はルカだ。
「今日は、やめとこうよ……恥ずかしいよ……」
「そういうわけにもいかないだろ?」
「そうだけど……」
「問題ないだろ?毎日してることだし、入浴着しか見ないんだから」
「そうなんだけど……」
私の顔はおそらく真っ赤だ。顔が火照っているのが自分でも分かった。うつむいて、ルカに顔を見せないようにした。
それでもルカが私の顔を覗き込んだ。
「恥ずかしい?」
私は黙って頷いた。
「でも他の当番神官だと恥ずかしくないんでしょ?」
確かに、他の神官に入浴のお世話をしてもらっても、全く気にならない。
「俺だと意識するのかな?」
今のルカは意地悪だ。知ってて聞いてる。
でも私も知ってる。
「ルカの顔だって赤くなってるよね」
図星を突かれて、ルカもあたふたし始めた。
「ふふふ……ルカ?」
「な。なに?なんだ?」
「入浴のお世話、よろしくお願いします」
私はゆっくりとはっきりと言った。
「い、いいのか?」
「まさか入浴のお世話以上のことはしないでしょ?しないのなら大丈夫だよ」
ルカはやはり焦っている。それを見て喜んでる私も、随分と意地悪だ。




